第35話 第3試練
予定通り、です!
第3試練の開始が近づくにつれ、闘技場の人がまばらになっていき、やがてほとんどが観覧席に移動していった。
闘技場に残ったのは、第2試練を突破した10人。
その中にはもちろん、ナオの姿もある。
僕は彼の白髪が見え始めたときから、その気配を意識し続けていた。
心なしか、ナオも僕のことを気にしているような気がする。
ピリピリとした空気をナオから向けられている感じがするのだ。
それは、少し、嬉しいかもしれない。
「みな、静粛に!」
唐突に響いた声に、僕はきょろきょろと視線を動かす。
今のは間違いなく、シルクさんの声。にもかかわらず、シルクさんの姿はどこにもない。
周りの人たちも視線をさまよわせ、声の発生源を探している。
僕も同じように辺りを見渡していたが、ふと、ナオが一点を見つめていることに気がついた。
ナオの視線を辿った先は、ただの空中。
ナオは、一体なにを見て――――
そう思った、瞬間。
宙に桃色の魔法陣が輝き、なにもなかったところから、シルクさんとミオン姉さんが姿を現す。
その場にいた全員が、息をのむ音がした。
「転移魔法だ」
誰かが、ため息をつくようにそう言った。
そうだ。これは転移魔法だ。
けれど、こんなにも静かで精錬された美しい魔法を、その他大勢の転移魔法と同じだと言うことはできない。
転移魔法は、消費魔力も桁違いで、魔力操作も最難関と言われている。
魔力量が充分でない者は、1回の転移魔法で魔力切れになる程だ。
これが、ミオン姉さんの魔法か。
畏怖、好奇、尊敬。様々な色味をおびた視線を浴びながら、堂々とした態度でミオン姉さんは口を開く。
「みなさん、お集まりいただきありがとうございます。いよいよ、魔法大会も大詰め。第3試練となりました」
闘技場に集まった魔法使いは、皆一様に空中にとどまるミオン姉さんの方を向き、その言葉を一言も逃すまいと耳を傾けている。
僕も、ミオン姉さんのことをまっすぐに見つめていた。
ミオン姉さんは僕のことを見ようとしない。いや、だれか特定の人を見ることをしていない。
ミオン姉さんは、全体を俯瞰しているような澄んだ目で眼下を見渡していた。
「第3試練はトーナメント形式で行う個人戦です。先に戦闘不能、もしくは降参した方が負けといたします。対戦カードはこちら」
ミオン姉さんの言葉にあわせて、闘技場にいる10人の魔法使いたちの手元に手のひらサイズのカードが舞い降りた。
僕はそのカードをまじまじと見つめる。
僕のカードは、真ん中に大きく緑色で「3」と書かれていた。
ちらりと他の人のカードを見ると、それぞれ書かれている数字とその色が違うようだった。
「その数字は、対戦順を表わしています。第1試合では、同じ数字を持つ人と戦っていただきます」
ミオン姉さんがそう言った瞬間、魔法使いたちの視線が鋭くなる。
お互いのカードを盗み見るようにして、自分の対戦相手を探ろうとしていた。
かくいう僕も、反射的にナオのカードに目をこらしてしまった。
ちらっと見えた感じ、対戦相手じゃ、ない・・・・・・?
「個人戦は『1』のカードをもつ者から始めます。開始は10分後。決着がつき次第、次の対戦へと進めていきます」
ミオン姉さんはそこで言葉を切ると、スッと隣のシルクさんに視線を向けた。
シルクさんは小さくうなずき、前に進み出る。
「それでは、『1』のカードを持つ者。前へ!」
そこで前に進み出た2人は、僕は知らない人たちだった。
ナオは1番目ではないようだ。
「それでは、2人は準備を。他の者たちは裏で待機。説明は以上だが、質問のある者はいないな・・・・・・では、解散!」
シルクさんのかけ声を合図に、一斉に動き出す僕たち。
裏とはどこだろう、と思っていたら、魔法連盟本部で働いていた受付嬢たちが案内をしてくれた。
どうやら、観覧席の下に関係者が入れる待合室のようなものがあるらしい。
僕は受付嬢さんの後ろをついて歩きながら、そっとミオン姉さんに目を向ける。
ミオン姉さんは闘技場にシルクさんを残し、上の少し特別仕様な席に向かっていた。
師匠に頼まれていたのに、結局ちゃんと話せていない。
この第3試練の終わりに、もしくは最中でも、話せる機会があればいいのだが。
僕はミオン姉さんから視線を外し、第3試練に向けて切り替えようと気を引き締めた。
〇〇〇
闘技場の裏は、案外綺麗で整然としていた。
ふかふかとした長椅子も用意され、普段であればリラックスできそうな空間だ。が、これから第3試練に臨む魔法使いたちのピリピリとした空気がそうはさせなかった。
他の魔法使いの様子をつぶさに観察していたり、自分の中で集中を高めたり、各々好きなように過ごしている。
ナオの姿はここにはなかった。どのタイミングで離れたのかは分からないが、別の場所にいるのだろうか。
僕は極力他の魔法使いのことを気にしないようにしながら、トワのふわふわの毛並みをなでていた。
「グルルルル」
微妙にトワがうなっているような気もするが、無視してなで続ける。
トワのふわふわの毛並みはさわり心地がよく、気持ちが落ち着くのだ。
ワアアアアッ
その時、表の方から空気が揺れるような歓声が聞こえた。
僕たちは一斉に顔を上げると、部屋の壁に投影された闘技場の様子に釘付けになる。
これは、伝心魔法と水魔法の複合魔法だ。
部屋にいる受付嬢さんが行使している。
闘技場では、今まさに第1試合が始まろうとしていた。
向かい合う2人の魔法使いと、その間に立つシルクさん。
そして、3人を見下ろす形でイスに座るミオン姉さん。
『それでは、これより第1試合を始める。――――ミオン様』
シルクさんが声をかけると、ミオン姉さんは一度かかとをならした。
と、試合の余波から観客席を守るようにドーム状の結界が展開する。
結界は一度桃色に輝くと、すうっと色味をなくした。
直接見なくても分かる。あれは、ちょっとやそっとで壊れるような代物ではない。
シルクさんは結界を確認すると、小さくうなずき、2人の魔法使いに向き直った。
『2人とも、用意はいいか。それでは――――始め!』
『霧!』
『炎剣』
開始の合図と共に、2人の魔力がぶつかり合う。
1人は霧を起こして目くらましをし、1人は剣を炎でおおった。
2人とも、当たり前のように単詠唱を使っている。
第3試練に進めるような人たちは、単詠唱くらい、当然に使えるのだろう。
第1試練や第2試練でぶつかった人たちとは訳が違う。
本気で、ミオン姉さんに挑もうとしている人たちなのだ。




