第33話 師匠
「へえ、リツキ、第3試練に進めるみたいだね」
「うん」
魔法都市ヴィザレットを出て約1kmほどの地点で、マノンとライリーは第2試練合格を喜ぶリツキの姿を見守っていた。
2人がいるところからリツキの試験会場までは、1日歩いても辿り着かないほどの距離がある。
しかし、マノンは遠視の魔法で、ライリーは獣族特有の視力の良さで、リツキの様子がハッキリと見えていた。
「ま、リツキならいけると思ってたけどねー」
「リツキ、出来る子」
マノンは普段リツキを雑に扱うが、それは弟子であるが故であり、心の内では大事に思っているし認めている。
だからこそ、どこか得意げな顔で試験会場の様子を眺めていた。
対してライリーは、リツキを幼い頃から見守ってきたいわば孫のように思っている。
だからこそ、いつも通り無表情でありながらふすっと鼻息荒くうなずいていた。
「ライリー、前回、リツキは初めて挫折を経験したのよね?」
「うん。あんな風に泣くリツキ、初めて、見た」
「そっか」
マノンは目を細めてリツキを見守り、ふっとまぶたを閉じた。
「じゃ、あとはよろしくね。ライリー。またなんか落ち込んでたら、尻引っぱたいてやって」
「まかせて」
ライリーの答えを聞いたマノンは、もう充分だとその場を去って行く。
その後ろ姿に、ライリーがそっと声をかけた。
「マノン、これから、どうするの」
マノンはぴたりと動きを止め、うーんとうなった。
「そうだなあ。まだ何も決めてない、けど」
マノンは不意にヴィザレットの方を見る。その視線の先にいるのはおそらくリツキ、ではなく
「そろそろ決着、つけないとね」
ぽつりと呟かれた言葉が、空気に溶けて消える。
マノンは歩みを再開し、ライリーもそれ以上止めることはしない。
ライリーは横目にマノンの背を見つめ、その背が見えなくなるとヴィザレットへと目を向けた。
「出迎え、しなきゃ」
頭に浮かぶのは、リツキの顔だ。
またケガをしているのでは、落ち込んでいるのでは、と心配しながら、とんと地面を蹴ってヴィザレットへと向かった。
〇〇〇
「ミオン様、どうかされましたか?」
シルクは、唐突に窓の外に鋭い視線を向けたミオンに驚いて目を丸くした。
ミオンはじっと遠くを見つめると、しばらくして手元の書類に視線を戻す。
「なんでもない」
シルクは怪訝そうに眉根を寄せるが、ミオンがなにがあったのか教えることはない。
シルクは軽くため息をつくと、手にしていた書類の山をミオンの執務机の上に置いた。
「・・・・・・まだ、あるの?」
「今日はこれが最後です」
「そう」
嫌そうに顔をしかめたミオンが、さらに積み上がった書類の山を見上げる。
「ねえ、これ、ほんとに必要?明日じゃだめ?」
「明日からは最終試練の事前の調整があります。もっと忙しくなりますよ」
ミオンはさらに顔をしかめ、諦めたのか書類の一番上を手に取った。
昼間は魔法大会を見守り、夜間は書類仕事に追われる。
まったくもって、代表者も楽じゃない。
「ねえ、シルク」
「はい」
「ナオは、どうしてる?」
「それは」
今度は、シルクが言葉を濁す番だった。
視線をさまよわせながら、言葉を選ぶ。
「シルク」
ミオンに強く見つめられ、シルクは観念したようにコホンと咳払いをした。
「ナオは今、部屋にこもりっきりで私も行動を把握できていません。時々、外に出てはいるようなのですが・・・・・・」
「”還らずの森”に行ってるんでしょ。問題ないわ」
「はい?」
ミオンの言葉に、シルクは目を丸くする。
「え、か、"還らずの森”ですか!?そんな、危険で」
「ナオの実力なら心配ない。それに、昔からよくあそこは修行の場所として使っていたし」
「それは、ミオン様がいらっしゃったからで。ナオ1人ではもしものときに」
「問題ない、と言ってるの」
ミオンのキッパリとした声音に、シルクは閉口するしかない。
それでも、せめてもの思いで呟くように言葉を紡ぐ。
「ナオは、危うい。1人にするのは、心配です」
「・・・・・・」
シルクはナオに対して、複雑な思いを抱いている。
正直なところ不気味だと思うこともあるし、ミオンの腹心としても心から信頼はできない。
けど、ナオはまだ子どもなのだ。
どんな思いをナオに対して抱こうが、大人が、子どもを守らなくてどうする。
ミオンは手を止めると視線をさまよわせて、小さく息を吐いた。
「・・・・・・"還らずの森”で異常があれば、私が感知できる。それに、ナオが森に入ったときから、なんとなくだけど注意はしてる。いざというときは、すぐにでも駆けつけられる」
今度は、シルクが動きを止める番だった。
だが、すぐさまハッとして勢いよく頭を下げた。
「申し訳ございません!差し出がましいことを」
「いいよ、別に。私も言い方が良くなかった」
ミオンは少し気まずげに咳払いすると、シルクに頭を上げるよう促す。
「・・・・・・私が聞きたかったのは、ナオの最近の様子はどうかっていうこと。ヴィザレットか"還らずの森”にいる分にはなにをしているか分かるけど、どんな様子かまでは分からないでしょ」
シルクがまじまじとミオンを見返せば、ほんのりと頬が赤くなっていることに気づいた。
ミオンはミオンなりに、弟子のことを気にかけているらしい。
シルクは微笑ましくなりながら、小さく笑みを浮かべる。
だが、ミオンが顔を曇らせたのを見て、シルクも真剣な顔つきにすぐさま戻す。
「あの子は、ナオは、初めて負けた。負けることに、慣れてないの」
「ミオン様、ナオは負けたわけじゃ」
「負けたよ」
ミオンはグッと拳を握ると、吐き捨てるように言う。
「負けた。ナオは、リツキよりも先に魔力切れになって負けた。それは、事実よ」
「・・・・・・」
「ナオは、負けとの向き合い方を知らない。・・・・・・あの子が危ういというのはその通りね」
「ミオン様」
ミオンは鼻で笑った。たぶん、自分の事を笑ったのだ。
ミオンは手元の書類に視線を落とすと、ぽつりと呟く。
「シルク、ナオのことを、見ておいてあげて。私じゃ、ずっとは見ていてあげられない」
「かしこまりました」
これで話は終わりだと言いたげに、ミオンは書類仕事を再開する。
そんなに頭を深く下げ、シルクは静かに部屋をあとにした。




