第29話 名前
「なんで、僕が君の言うことを聞かないといけないの?」
心から不思議そうな声音でそう言う白髪の少年に、僕はなにも言わずにらみ返す。
「僕、弱い人に興味ないから。今あっち行けば見逃してあげる。この先に行きたいんでしょ?」
「行かないよ」
僕が間髪いれずに答えると、彼はピクリと眉を動かす。
こんなやりとりを、第1試練の時にもしたなと思いながら、あの時と同じようにまっすぐ彼を見つめる。
「第1試練の時も言ったはずだ。僕は、逃げない」
彼は平坦な瞳で僕を見ると、スッと腕を持ち上げた。
――――くる!
「結界!」
僕が結界を張った瞬間、不可視の風の刃が襲ってくる。
ピシピシと嫌な音が耳朶を打った。
「・・・・・・第1試練の時・・・・・・?君、僕と会ったことあったっけ」
「ちっ」
分かっていたが、僕のことを覚えちゃいないんだな。
たぶん、彼にとっては誰も彼もが皆一律にどうでもいい存在なんだろう。
彼はそれほどの実力をもっていて。彼から見れば、大抵の魔法使いが塵芥なのだ。
だからって、負けるつもりもないが。
「おいリツキ!なんなんだ、こいつは!」
「無詠唱が使える天才です!今はそれで納得してください。とにかくダイスさんは」
「ああ、ったく。才能ある年下しかいねえのかよ!土の精霊よ――――岩壁!」
ダイスさんは叫びながら、僕たちを半円状に囲うように岩壁を出現させる。
次いで、風の刃の追撃の音が響いた。
「ダイスさん、ありがとうございま」
「そーいうの、いいから!防御は俺に任せて攻撃に専念しろ!年下に追い抜かされてばっかりでたまっかよ!!」
ダイスさんの叫びに、僕は目を見開いてふっと笑みを浮かべた。
「任せました!」
「おうっ」
これで防御は大丈夫。
なら、僕がすべきは
「ガウアッ」
トワの鳴き声にハッとして頭上を見ると、轟々と風が渦巻いているところだった。
「おいおいおいおい。マジかよ」
ダイスさんが頬を引きつらせる横で、僕はすうっと目を細めた。
「ダイスさんはそのまま防御を続けてください。あれは、僕がなんとかします」
「お、おい。なんとかって」
「氷」
僕は氷で足場を作ると、一気に駆け上がる。トワがぴょいと僕の肩に乗ったことを確認し、グッと上を見上げた。
そしてそのまま竜巻へ――――つっこむ!
「結界!」
竜巻の中心に飛び込む直前に、球状の結界を展開して全身を覆う。
吹き荒れる風に乗って、砂や小石がビシビシと当たる。普段であれば大した脅威ではないそれらも、竜巻の風に巻き上げられると鋭い攻撃になる。
竜巻の中に入れば、結界はすぐにひび割れ始めた。
「おい、やべえぞ!」
「分かってる!――――浮遊」
僕はふわりとした浮遊感を全身に感じると、前方に飛び出し竜巻を抜ける。そしてすぐさま竜巻に向き直った。
「竜巻!」
全力で詠唱を唱えると、ダイスさんの頭上にある竜巻の横に、新しい竜巻ができあがる。
その新しい竜巻は徐々にもうひとつの竜巻へと近づていく。
「おいおいおいおいっ。大丈夫なのかよ、これ!」
岩壁の向こうからダイスさんの悲鳴が聞こえるが、僕はすでに竜巻からは視線を外し、すぐそこにいる白髪の少年をにらみつけた。
なぜなら、竜巻は、もうすぐ、消えるから。
2つの竜巻がぶつかるとお互いを相殺し、数秒ほど爆音を響かせると、おどろく程あっさりと消え失せてしまう。
「へえ」
それを見た少年は軽く眉を動かすが、さして残念そうでもない。少し意外な結果になったな、くらいの表情だ。
対して、僕は当たり前のことをしたと言いたげな顔を取り繕いながら、内心はバクバクと心臓をならしていた。
よ、よかったああああ。うまくいったあっ。
正直なところ、本当にうまくいくかなど分からなかった。
それになにより、僕は風魔法が得意じゃないんだ!
僕は額を流れる汗をそっとぬぐいつつ、白髪の少年から視線を外すまいと目元に力を込める。
彼相手に、一瞬でも気を抜いてはいけない。彼の一挙手一投足から目を離してはいけない。
僕はじっと彼を見つめながら、ゆっくりと口を開く。
「なあ」
「・・・・・・」
「1つだけ、教えてくれないか」
「・・・・・・」
話しかけても、彼の反応はない。
常に気だるげで、めんどくさそうに頭をかいている。その灰色の瞳に、汚れなど一切無い。
僕は彼の後ろにある人の山をちらと見てから、改めてその瞳をまっすぐに見つめた。
「君の名前は、なに?」
「・・・・・・」
「僕はリツキ。名前くらい、教えてくれたって良いだろ?」
「・・・・・・それが、なんになるの」
初めて返されたまっとうな返答に、僕は一瞬目を見開く。そして逡巡した後に、再び口を開いた。
「別に、なにかになる、とかじゃない。ただ、知りたいんだ」
「・・・・・・ナオ」
ぽつりと呟かれた声に、「ナオ」と口の中で復唱する。
そうか、ナオか。僕が越えたいと、負けて悔しいと思った相手は、ナオというのか。
僕はふっと口元に笑みを浮かべると、ビシッと指を突きつけ宣言する。
「僕は君に勝つよ。ナオ」




