第17話 涙
「逃げないよ」
そう、言った瞬間、視界が一面炎で埋まった。
「~~~~っ」
やば・・・・・・っ
真紅の炎に焼き焦がされそうになる、その一瞬。
僕は、首元をクンッと引かれる感覚を覚えた。
なにごとかと思うが、僕を助けてくれた正体は、すぐに分かる。
「トワ!」
トワが、服の襟をくわえて炎を避けてくれていた。
だが
「トワ、僕の後ろにいた人たちが!」
僕は焦ってトワを見るが、トワが安心しろというように視線を森林の中に向けた。
そこには、僕が彼と会話している間に、トワがせっせと移動させてくれていたのだろう魔法使いたちと、彼らを守る黒い結界があった。
あの結界は、きっとトワが張ったもの
「~~っ、ありがとう、トワ!」
「ふんっ」
トワは一度足を止め、僕を地面に下ろしてくれる。
彼は、僕たちの方をほんの少しだけ驚いたように見つめていた。
「ちょっと、めんどう」
僕は、今度こそ油断するものか、と隙を見せない構えをとる。
――――が
「お前、邪魔」
風が、僕の顔の横を通り過ぎた。
僕には、その程度の認識しかできなかった。
血のにおいと、次いで、何かが木に叩きつけられた音。
その音の意味を、理解して、僕は後ろを振り返る。
「ト、ワ・・・・・・?」
トワが、木に叩きつけられ、気絶していた。
それに、腹からどくどくと血を流している。
先ほどの魔法は、おそらく風を刃のようにするものだったのだろう。
僕は、頭が真っ白になった。
「次は、き――――」
「霧」
辺り一帯が、霧で包まれる。
そしてまばたきする間に、ためらいなく彼の懐に入り込む。
一瞬、ほんの一瞬。彼との視線が交わった。
「氷」
超至近距離から、氷の礫をたたき込んだ。
僕は、身体が沸騰してしまいそうな程に熱くなりながらも、頭の芯が冷え切っていくのを感じる。
落ち着け。我を失うな。
無詠唱レベルを相手に冷静さを欠けば、勝ち目はない。
師匠と相対した時を思い出せ。
僕は、油断なく前を見据える。
あの程度で彼が倒れるとは思わない。
霧が晴れたら、もう一回、一気に魔法を連投する。
攻撃をさばけないのなら、攻撃をさせなければいい。
そう思って、僕は目を細めて霧が晴れるのを、待つ。
はたして、見えた光景は
「は?」
そこに、彼はいなかった。
刹那、僕はほぼ勘で身をよじる。
僕の脇腹すれすれを風の刃が通り過ぎた。
「あれ、よけたの?」
僕の真後ろから、声が聞こえた。
僕は、咄嗟に後ろを振り返る。
そこには、変わらぬ表情でたたずむ白髪の少年がいた。
どうして。あの一瞬で、どうやって移動を。
まさか、転移魔法か?あの、あのレベルの魔法を無詠唱でできるのか?
「まあ、いいや。どうせ、もって30秒だし」
「――――は?」
耳が、風きり音を、捉えた。
「結界!!!」
攻撃がくる方向など、分からない。
だから、全方位に結界を展開する。
不可視の刃が、結界にはじかれる音が聞こえる。
だが、一撃一撃が重いのだろう。結界は、すぐに使い物にならなくなる。
「結界!結界!」
防戦一方。
ひたすらに、結界の補充だけをする。
だが、それもやがて限界がやってくる。
「・・・・・・っ」
結界の補完が間に合わない隙に、風の刃がすりぬけ僕の皮膚を割く。
結果、僕の集中は一瞬途切れ、あからさまな隙ができてしまう。
白髪の少年は、それを見逃すようなレベルの魔法使いではなかった。
「しまっ」
真紅の炎が、視界を埋め尽くした。
――――
「はっ・・・・・・はっ・・・・・・」
僕は、なにをしている・・・・・・?
地面が、目の前に広がっている。
頬に、湿ってべちょっとした嫌な感覚が伝わる。
むわっとした土のにおいが、鼻につく。
僕は、立ち上がれずに、地面にはいつくばっていた。
「1分。思ったより、もったね」
頭上から、白髪の少年の平坦な声が降ってくる。
――――もう、だめ、なのかな。
頭に浮かぶのは師匠たち、旧魔王城で共に生活する“元”代表者の顔だ。
また、会いたいな。
毎日毎日、食事を作って、掃除して、修行して。
今となっては、あの騒がしさが懐かしい。
師匠、すみません。僕、ここでおしまいみたいです。
師匠の期待に、答えたかったんですけど、なんだかもう、無理そうです。
・・・・・・悔しい。悔しいなあ。
・・・・・・・・・・・・。
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!死にたくない!
僕は、もっともっとすごい魔法使いになるんだ!師匠の期待に、応えるんだ!!
トワとも連係をとれるようになって、使える魔法も増えてきて。
やっと、やっと強くなれてきたのかも、と思っていたのに。
こんな、こんな奴に負けたくない。僕は、もっと、もっとつよ
「じゃあね」
彼の手のひらが、こちらに向けられた
フィ――――
ピタリと、彼の動きが止まる。
彼は、甲高い笛の音が鳴った方向に顔を向けた。
フィ――――
「時間」
それだけ呟くと、白髪の少年は僕を一瞥もせずに、森の外に向かう。
僕のことなど、欠片も視界に入っていない。
一気に興味がうせたようだった。
「ま、て・・・・・・」
手を伸ばすが、届かない。
声も、届かない。
僕は、惨めに這いつくばったまま、白髪の少年を見送った。
どのくらい、たっただろうか。
「僕も、行かなきゃ」
あの笛の音は、制限時間間近であることを示す合図だ。
僕も早く行かなければ不合格になってしまう。
僕は痛む身体を引きずりながら、なんとか立ち上がる。
視界に入った枝を拾って、それを杖にする。
「トワ、トワ」
トワの方に歩み寄ると、トワは子犬の状態で気を失っているようだった。
「気絶してる、だけ。ケガ、は」
あの時切られた傷は、もうすでにふさがりかけていた。
「よかっ、た」
魔族の身体の丈夫さが、ここに来て吉と出た。
だが、ゴールまで向かうのに、トワの力は頼れない。
僕はトワを片手で抱えて、一歩ずつ、前に進む。
「ひっ・・・・・・ふっ・・・・・・」
大粒の涙が、頬を転げ落ちる。
なぜかは、よく分からない。
悔しさからか、痛みからか。
両手がふさがっているから、拭うことも出来ずに。
涙を流したままに、ひたすらに、前へと進んだ。




