第48話 始動
「こっち」
僕たち6人は、夜の闇に紛れて、港のすぐ側にある倉庫群に来ていた。
先頭を走るのは師匠で、僕はその後に続く。
師匠は迷いのない足取りで、迷路のような倉庫の間をすいすいと進んでいく。
ハーフェンの中心である商店街から最も離れたところで、師匠がピタリと足を止めた。
師匠は拳を握り、スッと腕を曲げて上に上げる。
静かな沈黙が支配する中、音もなく師匠の腕に降り立つ者がいた。
カラスだ。
夜の闇よりも暗い漆黒のカラスが、師匠の腕にしっかりと止まっている。
「カーくん」
僕はそのカラスを知っていた。
師匠の使い魔の一体だ。師匠の使い魔は、全部で4体。みんな世界中に散って師匠の眼となり、耳となっている。
まさか、カーくんがハーフェンにいるとは。
「カーくん、この先?」
カーくんは、変に甲高いような低いようなガラガラ声で師匠の求めに答える。
「カーッ。テキ、コノサキ。サンバンソウコ。マジュウ、コドモ、イッパイ。カー」
「分かった。カーくんは、引き続き上空からの情報伝達お願い」
「カー。アルジ様。マカセテ。カー」
マノンはひとつうなずくと、ふわりと腕を振った。
カーくんは、腕の動きに合わせて再び飛び立つ。
カーくんが空にいてくれるなら、外の警戒は問題ないだろう。
僕たちは、全員で顔を見合わせ、うなずき合う。
「それじゃあ、予定通りにね」
アイヴィーさんの言葉で、一斉に行動を開始する。
アイヴィーさんとルネさんは、オークションが行われるという3番倉庫へ一直線にゆったりと。
「うふふっ。久々に暴れられるのね。楽しみだわ」
「ルネもっ、全力でいくよっ」
アサヒさんとユーシサスさんは、3番倉庫の真反対、港に向かって全速力で。
「ユース。行くぜ!」
「ああ、・・・・・・アサヒと共闘も、久しぶりだな」
僕と師匠は、3番倉庫の裏、コンテナが積まれているところへ身を潜めながら。
「師匠、無茶はしないでくださいね!」
「それはこっちのセリフでしょ!頼りにしてるわよ、リツキ!」
オークションをぶっ壊すための作戦が始まった。
倉庫と倉庫の間、ひんやりとした空気が頬をなでる。
僕は、前を行く師匠を見つめながら、口を開いた。
「師匠、そういえば、なんですけど」
「んー」
「師匠が手に入れた情報って、なんですか?」
「ああ、あれ」
僕がずっと気になっていたことだった。
師匠がハーフェンに来た理由として口にした、ある情報。
今回の騒動に関わることみたいだが。
「カーくんがね、ハーフェンに魔獣と子どもが集められていることに気づいたの。さすがに、オークションに出すためだってことは分からなかったけど」
「へえ、へ?」
さらりと告げられ納得しかけるが、なにか引っかかる。
「え、じゃあ、師匠たちは元々ハーフェンに注意してたって事ですか?」
「さーねー」
「えー・・・」
とぼける師匠をこれ以上問い詰めても無駄だろう。
そもそも、ハーフェンに注目していなければカーくんを配置することもないし、魔獣や子どもが集められているなんて気づきようがないのだ。
いつ師匠が、いや、師匠たちがハーフェンを気にするようになったのか、といったら、以前師匠と2人で買い出しに来た時の魔獣騒動だろうけど・・・。
ちらりと師匠の横顔を盗み見る。
僕のため、かな。
この人たちは、自分のためではなく、人のために動いてしまうのだ。
「なあに、リツキ」
「いいえ、なんでも。ほら、見えてきましたよ」
師匠が流し目で視線をよこしたが、それをスルリとかわして先を指さす。
僕が指さした先は、3番倉庫の裏にある、コンテナだ。
コンテナはいくつかあり、重なって集合住宅のような形を作っていた。
僕たちは、倉庫の影に身を潜めながらコンテナの方を覗く。
コンテナの前には物々しい雰囲気の男たちが何人も立っていた。
その手には拳銃やナイフが握られ、お祭りを楽しみな一般人ではないことは一目瞭然だ。
その異様さは、僕たちの判断が正解であったことを示唆する。
「カーくんの情報は、正解だったみたいですね」
「あったりまえでしょ。予定通りにいくよ」
「はい」
僕と師匠の担当は、子どもたちの解放。さしずめ、子ども担当といったところか。
あのコンテナの中に、攫われた子どもたちはいるはずだ。
僕たちは、一刻も早く子どもたちを助け出すべく動き出した。
「うふふ、ふふふっ」
「楽しそうだねっ、アイヴィー」
「あら、ええ。楽しいわ」
ルネとアイヴィーは、並んでまっすぐに第3倉庫に向かっていた。
隠れるそぶりはひとつもない。
ゆったりと、淑やかな足取りで入り口を目指す。
倉庫を目前にすると、当然、武装した男たちに囲まれた。
アイヴィーは、自身をぐるりと囲う男たちをみて、動揺ひとつせずに妖艶に笑う。
ルネはすでに、隠密魔法で自身の姿を見えないようにしていた。
「あらあら。なんだか物騒な歓迎ね」
「レディー、招待状をお持ちですか?」
男たちは、アイヴィーのあまりに堂々とした態度に、侵入者であるという判断をすぐには下せなかったらしい。
もしくは、こんな女1人くらいいつでもどうにでも出来るという慢心か。
警戒はしながらも、下出に出て、様子をうかがっている。中には、アイヴィーの胸のあたりをチラチラと見ている者も。
それが、命取りだとも知らずに。
「あなたたちの敗因は」
「は?」
「私を前にすぐに動かなかった事よ」
アイヴィーの言葉に、底知れない不気味さを感じた男たちは動き出すが、もう、遅い。
アイヴィーは唇に人差し指をあて、世界中を蕩かしてしまうような極上の微笑みをたたえる。
「【通しなさい】」
びくりと男たちの体が震えると、さっと脇によけ、アイヴィーの前に道を作る。
男たちは自分の行動に訳も分からず、瞳を揺らしていた。
まるで、糸で操られているかのよう。
自分の意思で体を動かせず、ただアイヴィーの意のままに操られる人形。
アイヴィーは男たちによって作られた道を、悠々と通り抜けた。
もはや、第3倉庫の中に入ろうとするアイヴィーを止める者などだれもいない。
男たちの間を抜けきると、アイヴィーはくるりと回って再び男たちに目を向けた。
男たちの顔は恐怖に染まっている。
「ご苦労様。それじゃあ少しの間【眠りなさい】」
ぷつりと、糸が切れた人形のように男たちがその場に倒れ込む。
全員1人残らず、すやすやと気持ちよさそうに寝息を立てていた。
アイヴィーはその様子を一瞥すると、倉庫の中へ足を踏み入れた。
「さすがだねっ、アイヴィー」
「ルネ」
どこからともなく現れたルネがアイヴィーに頬を寄せる。
「アイヴィーの言霊の魔法は、いつ見ても強力だよっ」
「ふふっ、当然ね」
そんな風に言葉を交わしながら、だれもいない通路を進む。
だんだんと、騒々しい声が聞こえてきた。
「私たちの役目は、オークション会場の攪乱と来ている客の確保。会場担当とでも言っておきましょうか」
「ルネ、がんばるよっ」
ルネとアイヴィーは、興奮に沸き立つ会場を混乱で満たすべく動きだした。
アサヒとユーシサスは、港にうかぶ一隻の船に向かって全速力で駆けていた。
「ユース、あれ」
「ああ、間違いないな」
船は時々不自然に揺れている。
夜の闇に紛れてわかりずらいが、うっすらと瘴気が漏れ出ていた。
「ここに、魔獣がいる」
瘴気がもれているとはつまり、船の中に魔獣がいることの証左に他ならない。
ユーシサスは自身の中で、ふつふつと怒りが沸き起こってくるのを感じた。
「ユース」
「大丈夫だ」
アサヒはユーシサスの内の揺らぎを感じ取っているらしい。
ユーシサスを見透かすように、まっすぐ視線を向けている。
この目を、気に入ったんだったな。なんて、場違いな思いも浮かんできて、ユーシサスは自分が冷静さを取り戻してきたことを悟った。
「なあ、ユース」
「ん?」
「少し様子がおかしくないか?」
ユーシサスは、アサヒの言葉に再び船の方を見やる。
「――・・・」
瘴気の方にばかり注意してしまっていたが、確かに。
「静かすぎるな」
船の周りに、誰1人として人がいない。
アサヒとユーシサスが船の目前に迫っているというのに、誰かが出てくる気配すらしない。
魔獣、商品がある船に、警備の1人もおかないなんてそんなこと、ありえるのだろうか。
魔獣を怖がって、誰もここで警備をしたがらなかったのかもしれないが
「ユース!」
鋭いアサヒの声が聞こえて、反射的に身を引く。
数瞬遅れて、耳の端に鋭い痛みが走った。
耳を押さえて、先ほどまで自分がいたところを見る。
「ああ?あれ、仕留め損なった?嘘だろ?」
そこには、細身の褐色の肌をした1人の青年が立っていた。
いや、青年と言っていいものだろうか。
ユーシサスは、一目で彼が人間でないことが分かった。
魔獣をここに連れて来られた理由を察し、思わず顔をしかめた。
落ち着いていたはずの心が、ざわめく。
「まあ、いっか。たまたまだろ。次は殺す」
嗜虐的な笑みを浮かべる青年を、こみ上げる激情を抑えながら見据えた。
「ユース。あいつは」
「ああ、魔族だ」
アサヒとユーシサスは、魔獣の掃討を担う、魔獣担当の予定だった。が、魔族が現れたことでその役割は少しだけ変わる。
魔獣の掃討、及び、魔族の確保。アサヒとユーシサスはこの2つを達成すべく、動きだした。




