第20話 宿屋
「こんなもんかな」
もうすっかり日は落ちて、空は真っ暗だ。けれども、商店街の店はまだ明かりを煌々とつけていて、夜なのに昼のような明るさだ。
そんな中、僕は手に持った紙袋の中をのぞき込み独りごちた。
今日の夕食だ。
まだアサヒさんから連絡は来ていない。まだ宿が見つからないのだろうか、と不安になっていると胸元のピンブローチが青く点滅した。
ハッとしてそれを握り込むと、光は徐々に収まって、やがて一筋の光の線を作った。光の線はどこかへ向かってまっすぐに伸びている。
どうやら、アサヒさんは今夜の宿を見つけたらしい。
危うく野宿になるかと思った。
ほっと一息ついて光の線をたどって歩き始める。
商店街は、仕事帰りの労働者でごった返しているが、誰もこの光に気づく気配はない。
この光は微細な魔力でできているため、よっぱどの事がない限り、他の人が認識することはないのだ。
僕は、人とぶつからないよう気をつけながらも早歩きで商店街を後にした。
光の線が指し示した宿屋は、お世辞にも綺麗とは言いがたいものだった。
商店街から歩いてだいたい10分。どんどん人気のない方に進ませるから、不安が募っていたころだった。
ピンブローチは、もう役目は終わったとばかりに光を消している。
すっと首を上に向けるのと、宿屋の2階の窓が開くのは同時だった。
「ああ、リツキやっと来た!早くこっちこーい」
窓から身をだし、緩く手を振るのはアサヒさんだ。
「ちょっと、何のんびりしてんですか。少しは手伝おうとか考えてください」
「あはは、わりぃわりぃ」
そう言いながら、アサヒさんには1ミリも動く気配がない。
はあ、とため息をついて顔を上げる。
「今行くんで、待っててください」
「おう」
僕は宿屋の中に入り、アサヒさんのいる部屋へと向かった。
部屋に入ると、まずはつんと鼻をつくような匂いを感じた。
あまり良い匂いとは言えず、思わず顔をしかめる。
「リツキ、早く夕飯にしようぜ」
部屋の中は、ベットが2つおいてあるだけで、机のようなものは1つもない。
アサヒさんは右側のベットの上にあぐらをかいていた。
ベットの上で食事をするのは気が引けるが、他に方法もないので仕方なく僕も空いている方に腰をかける。
そのまま紙袋の中身をアサヒさんに手渡した。
「おっ、うまそうな匂いがするな」
「はい、この街の名物のひとつ、フィッシュアンドチップスですよ。値段も手頃で、何より商店街の方に持ち帰りならこれが1番おすすめだと言われたので」
「へえ、リツキが夜に脂っこいものって選ばないからちょっと意外だな」
「僕だって、無性に脂っこいものが食べたくなるときがあるんですよ」
そんな風に言葉を交わしながら、紙袋からアサヒさんに手渡したものと同じものを取り出す。
それは、茶色の紙製の箱で、蓋をあけると、香ばしい揚げ物の香りがふわっと鼻孔をくすぐった。
綺麗なきつね色のフィッシュと黄金色のチップスが顔をのぞかせる。
僕たちは一時言葉を忘れる。
そっと指先でそれを持ち上げ、豪快に口へ放り込んだ。
「・・・っ!」
「うまいな、これ!」
最初に感じたのは、サクッとした衣の食感。次に魚の素朴なうまみが口いっぱいに広がった。
僕たちは、一瞬でフィッシュアンドチップスの虜となり、無心で食べ進めた。
「ふー」
「食べた食べた」
紙袋いっぱいにあったフィッシュアンドチップスはあれよあれよとなくなってしまった。
僕たちは食後の満足感に存分に浸りながら、笑みを浮かべる。
「リツキ、今日の選択は大正解だったな」
「はい、探した甲斐がありました」
ふっと微笑んでアサヒさんを見てから、先ほどまで食べることに夢中で忘れていたことを思い出す。
正直、忘れていたかったが、思い出してしまったので気になってしょうがない。
そこで、僕はおいしいものを頬張って幸せそうなアサヒさんに向かって口を開いた。
「あの、聞きたかったんですけど」
「ん?」
「なんで、この宿選んだんです?」
「え、あー・・・」
僕の問いに、アサヒさんはバツが悪そうに顔を背けた。
そう、この宿屋は来たときに思ったように、お世辞にも綺麗とは言いがたい。
部屋の隅に蜘蛛の巣が張っているのもみえるし、床は一歩踏み出すごとにぎいっときしむ。
部屋に入ったとき感じた鼻をつく匂いは、おそらくカビの匂いだろう。
「えーっと、だな。ここは、毎日のように商人が集まる街、でな。宿屋はここしか空いてなくて・・・すまん!」
アサヒさんは勢いよく手を合わせると、その隙間からこちらの顔色をうかがうようにうるんだ目をのぞかせた。
僕はその目に思わずひるむ。
そんな目、僕の方がいじめてるみたいじゃないか・・・!
「ああもう、別に責めてないですよ。ただ、これからは事前にそういうことは調べておいてほしいですけど」
「ありがとう、リツキ!」
だから、その心の底から嬉しそうなキラキラした目はやめていただきたい。
うーっと思わずうなってしまう。辺りに夜の静けさが満ちた。
刹那、僕とアサヒさんはそろって警戒態勢をとる。
2人で部屋の中央で背を合わせるようにして立ち、いつでも戦える状態になった。
「この気配、魔力、ですよね」
「ああ、けど、この感じは・・・」
ボフンッ
突如、頭上で破裂音が響く。
反射でそちらを見ると、一枚の紙切れがふわふわと落ちてくるところだった。
「あー、これは」
その紙を見ると、アサヒさんは警戒態勢を解き、すっとその紙をつかみ取った。
僕もそんなアサヒさんの様子を見て、警戒態勢をゆっくりと解く。
アサヒさんは紙を一瞥するとなにやら苦々しげな表情を浮かべた。
アサヒさんがそんな顔をするのは珍しい。
何事かと思って僕もその紙をのぞき込み、思わず顔をしかめる。
その紙切れは、いうなれば手紙だった。師匠からの。
『アサヒとリツキへ
おーい、2人とも元気にしてるー?夕飯はちゃんと食べた?もう寝てるかな?2人だけだとなんだか心配だよー!もし、なんかあったらすぐに私を呼ぶこと!いい?あ、ちなみにこっちはだいじょーぶ!夕飯はユーシサスが準備してくれたし、私も少しは手伝ったよ!とにかく2人とも気をつけて、明日ちゃんと帰ってくるんだよ!なるべく遅くなんないようにね!
マノン』
「うっわあ」
なんだか、師匠はほんと、変なところで過保護だよな。
僕ももう子どもじゃないって言ってるのに。
それに、僕一人だけならまだしも、アサヒさんだって一緒なのだ。
この文面だと、師匠はアサヒさんのことも心配しているように感じる。
すっと横目でアサヒさんを見やると、アサヒさんは苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
「マノンも、相変わらずだな・・・」
「あの、これっていつものことなんですか。はっ、まさか師匠、ユーシサスさんたちが出かけてるときもこんな手紙送ってたんじゃ・・・!」
まさかと思いそう言うと、アサヒさんは首を横に振った。
「いや、ユーシサスたちの時はやってないはずだ。マノンがこれを送ってきたのは多分、俺とリツキだけだからだろうな」
「え、なんで」
それでは、師匠がアサヒさんを信用していないみたいだ。
けれど、そんなことはありえない。
師匠が旧魔王城で住む人たちのことを心から信頼していることは、普段の言動からよく分かっている。
そんな思いが顔に出ていたのか、アサヒさんが苦笑しながら教えてくれた。
「マノンは、俺のことをまだ小さい子どものように思ってる節があるんだよ」
「え、え!?」
「ま、しょーがないんだけどな。なんせ、マノンは俺を産まれた瞬間から知ってるわけだし。俺の名付け親はマノンだし」
「はい!?」
「これでもだいぶ対等に見てくれるようになったんだけどな-」
初めて知らされた新事実にポカンとする。今、僕は情けない顔をしているはずだ。
というか、師匠ってほんと何歳なんだろ・・・
「あはは、わり、驚かせちまったな」
「いや、驚きました、けど」
「そろそろ寝よーぜ。明日は朝早いから」
アサヒさんはそう言うと、そそくさと布団のなかに潜ってしまった。
「えー・・・」
僕は一体どうするべきかと考えて、考えても仕方ないなと思った。
とりあえず、明日の朝は早いらしい。
そうなれば、やることは1つだ。
「おやすみなさい」
「ん、おやすみ」
僕は、薄っぺらい布団の中に体を潜り込ませ、明日に備えようと目を閉じた。




