第48話 瘴気
数分前にさかのぼろう。
僕――――リツキは、闘技場に向かって疾駆するライリーさんの背にしがみついていた。
「ひうっ、ひいっ」
時折口の端から情けない悲鳴をもらしつつ、僕はなんとか闘技場の真下――――つまり、魔法連盟本部に辿り着いたのだ。
「リツキ、どうするの?さすがにあたし、もこの壁は、登れない」
人型に戻ったライリーさんが困ったように小首をかしげるが、僕もこの高さを登るなんて芸当は一切考えていなかったので安心して欲しいと思う。
むしろ、壁を登れるかどうか少しでも考えたのか、と言いたい。
と、そんなことはさておいて、今はどうやって闘技場に突入するかが問題だ。
正規のルート、魔法連盟本部の昇降機を使っての登場でもいいが、それでは少し遅い。
僕はこうして考えている時間すら惜しいのだ。
今すぐにでも、師匠の元に行かなくては。
「・・・・・・やる、か」
僕はひとつの覚悟を決めると、ライリーさんに視線を向ける。
「転移魔法を、使います」
「リツキ、転移魔法、って」
「はい。・・・・・・僕も、ちゃんと使ったことはないんですけどね」
当たり前だが、練習自体は何度か行っている。
師匠が見守っている中で、かつ補助をしてもらいながら、だが。
僕ひとりで、それも師匠の見ていないところでの転移魔法など、一度もやったことがない。
転移魔法は強力であり、便利な魔法だが、その分危険性も大きい。僕が、正しく使えるかどうか。
「・・・・・・」
僕は拳を握り込むと、大きく深呼吸する。
そして、静かに僕を見守ってくれていたライリーさんの元に歩み寄り、その背におぶわれた人型のトワに額を当てた。
人型のトワは体格もよく、筋肉質だ。僕はそんな青年姿のトワの肩口に額をあて、祈るように瞳を閉じている。
――――トワ、僕、やるよ。
「ライリーさん、いってきます」
「本当、に、大丈夫・・・・・・?」
ライリーさんは、不安そうに瞳を揺らしている。だから僕は、眉を下げた笑みで答えた。
「がんばります!僕、師匠のむちゃぶりにも慣れてますから。このくらい、へっちゃらです!」
「・・・・・・そっか」
へっちゃら、なんて嘘である。
真っ赤な嘘、というわけではないが、強がりであることなどバレバレだ。
それでもライリーさんはそれ以上なにか言うこともなく、僕の背をぽんと叩いてくれた。
「いってらっしゃい、リツキ」
「はい、いってきます!」
僕はライリーさんとトワに背を向けると、己の内に集中する。
転移魔法において重要なのは、座標軸だ。
今いる座標と、転移する座標。これを間違えるととんでもないことになってしまう。
僕は冷静に、世界を上空から俯瞰するような心地になりながら、2つの座標を把握する。
・・・・・・ここだ!
「転移!」
詠唱と同時、僕の足下にピシリと音を立てて空間のひずみが出現する。
心の準備なんてする間もなく、僕はそのひずみに吸い込まれていった。
「うぁぁぁああああああああああ」
突然の急降下に、思わず間抜けな叫び声を上げる。
ひずみの中は、空気が歪んだなんともいえない異空間だ。
僕はその異空間の中を真っ逆さまに落ちている、ような気がしながら、必死になって出口にあたる空間のひずみを探した。
(見つけた!!)
出口は、思いのほかあっさりと見つかった。
縦に裂けているような空間のひずみが、煌々と光って僕を迎え入れているようだ。
僕は重力に従って、そのひずみから外に飛び出し
「うおっ、うわあああああああ」
盛大に地面に転がり落ちた。
転移魔法の後の姿勢が整っている魔法使いなんて、一握りなものだ。
おそらく端から見たらとても滑稽な着地方法で、僕は外に出たのだった。
さて、ちゃんと目的地に到着したかを確認しなくては。
そう思って、僕はキョロキョロとあたりを見回す。
グルリと囲うように高いところに位置する観客席と、魔法使いたちが戦うためのだだっ広い更地。
そして、戦いの余波から観客を守るための結界。
そこは紛うことなく、闘技場だった。
「あっ、あっ、転移魔法、成功したっ?」
喜んで良いやら、大勢の前での失態を恥じるべきだかも分からず、甲高い声でそんなことを口走る。
そして、なんとなく後ろを振り向いて
「って、うわっ、ナオ!?」
様子のおかしいナオの姿にギョッとする。
ナオは僕のことを刺してきたし、1回話さないとなと思っていたのだが、一体どうしてしまったのだ。
なんか、とにかく、目が変だ。正気じゃない。
それに、体から黒いモヤが出ていて・・・・・・あれって、瘴気じゃないのか。
「リツキ!!」
「っあ、師匠!!」
ナオの凶変ぶりに驚愕していると、唐突に師匠の声がして声がひっくり返る。
声がした方を向けば、にやりと口元をゆがめた師匠と目が合った。そばには、ミオン姉さんもいる。
「ナオのこと、止められるよね!?」
転移してきてすぐのリツキに求めるには壮大すぎるむちゃぶりに、じわりと目を見開く。
師匠は本当に、人使いが荒い。
今だって、僕がナオを止めると信じて疑わないような目をしている。
本当に、仕方のない人だ。
けど、師匠からの信頼を、心底嬉しいと思ってしまう僕もまた、仕方のない人間だ。
師匠の言葉を聞いたときこそ目元を険しくしてしまったが、徐々に覚悟を決めていく。覚悟を決めた目つきに、なっていく。
「はいっ!!!」
僕は、僕の師匠の信頼に応えるために、全身全霊をもって臨むのだ。
〇〇〇
ナオは、ぼんやりとここではない虚空を見つめながらぼうっとたたずんでいる。
僕はナオの動向を注視ししつつ、周りの状況も探った。
闘技場の更地には、僕とナオ、それから少し遠くにシルクさんとノノさんの姿があった。
ノノさんはなにがあったのか、意識を失っているようでシルクさんに介抱されている。
どうやら僕がナオに刺されてからも、いろいろとあったらしい。
ノノさんのことは心配だが、今はナオに集中しなくては。
僕は手のひらに魔力を集め、口を開く。
「アイ・・・・・・っ!」
詠唱をしようとした瞬間、風の刃が耳元を通り過ぎ反射的に身をのけぞらせる。
ナオお得意の風魔法。それは何度も受けた魔法ではあるが、なにかが違うと僕の本能が警報を鳴らしていた。
それがなにか――――なんて考える暇もないほどに、不可視の刃がとどめなく振り下ろされる。
その攻撃は前にも受けたことがあるもので、回避自体はそれほど難しくはない。難しくはない、が
「なんっだ・・・・・・よっ、この、魔力みつ、ど・・・・・・っ」
風の刃ひとつひとつに込められた魔力密度が、前回の比にならなかった。
うっすらと瘴気もまとっているその刃は、殺傷能力が恐ろしいほど高い。
あれを一撃でもくらえば、傷口から魔力が流れ出ていってしまうだろう。
まさに、致命傷を与える攻撃。
かといって、防御に徹していたら勝てる物も勝てない。
「・・・・・・っ、氷・・・・・・っ」
僕はなんとか詠唱を唱え、手の中に氷の剣を出現させる。
・・・・・・って、ちっさ!!!
余裕がなかったからなのか、氷の剣は剣というより短剣のサイズだった。
僕は内心で焦りながらも、短剣で風の刃をはじく。
その際に、ジュッと音を立ててちょっと短剣が溶けた。
「ふへっ!?」
瘴気だ。瘴気が、魔法で作った短剣を溶かしたのだ。
こうなってくると、短剣で風の刃をはじくという戦法も使えなくなってくる。
結界で防ぐのもあやしい。
えーっと、これって、ちょっと、ピンチ?
「コロス」
「っ!?」
その時、風の刃の数が1段階増える。
僕は後退をよぎなくされた。
「コロスコロスコロスッ!」
「ほんっと、どうしちゃったんだよ、ナオ!」
人間が瘴気をまとっているというのも大分おかしいが、完全に正気を失ってしまっている。
この様子・・・・・・ユーシサスさんが言っていた、トワの様子に似ているな。
以前、ハーフェンでの人攫いの騒動の時、ユーシサスさんは魔獣のように瘴気をまとったトワと対峙したという。
その時のトワは、正気を失っている様子で「コロス」ことだけに執着していたとか。まさに、今のナオのように。
なにか、トワとナオをこうした原因がある?
「・・・・・・っ」
その時、僕の腕が風の刃によってザックリと切られた。
傷口から血とともに魔力が溢れ、すぐにでも魔力切れを起こしてしまいそうだ。
幸い、僕は魔力量が常人よりも圧倒的に多いから、時間的猶予はある。
それでも、つい先ほど死にかけたダメージはまだ引きずっているのだ。
僕は絶えず追撃してくる風の刃をいなしながら、必死に考えを巡らせた。
今、ここにトワはいない。
これまでの魔法大会のように、トワの力を借りるわけにはいかないのだ。
観察、観察だ。ナオを、観察。
「・・・・・・あ」
ある、ひとつのことに気がついて僕はじわりと目を見開く。
勝てる。今のナオを見ていて気がついた。これなら、勝てるっ。
勝機を見出した僕は、グッと口元に力を込めた。
これで、チャンスは作れる。ただし、まだ解決していない問題があった。
あの、瘴気の晴らし方である。
通常瘴気とは、その個体から引き剥がしたり浄化したりは難しいものだ。
だからこそ、魔獣は討伐対象であるし、出会ったら迷わず討てと教えられる。
だが、僕はひとつだけ、例外を知っていた。
・・・・・・ユーシサスさんはどうやって、トワの瘴気を晴らしたと言っていたんだっけ。
「・・・・・・」
絶え間ない、攻撃の嵐の中、僕は目をこらす。
ナオは僕が、解放してやる。




