第47話 弟子
マノンは、目の前にいるかつての弟子を静かに見据えていた。
耳の下でふたつに結われた薄桃の髪と、意志の強そうな蜂蜜色の瞳は、昔から変わらない。
けれど、最強魔女として積み上げてきたものに裏付けされた威厳と気高さは、マノンの知らないミオンの顔だ。
最強魔女という名の重みを背負った、人間の顔。
ノーザンモーストで出会った物盗りの子どもはもう、どこにもいない。
マノンは元々、その重みをミオンに背負わせるつもりなどさらさらなかった。
なかったのに、ミオン自ら背負わせることになってしまった。
マノンの弱さが、ミオンをそうさせた。
「ミオン、ごめんね。あの時、ミオンに全部背負わせてしまって」
「ちがう!!背負ってないっ。私は、マノンが――――」
「私は、ずっと話したかった。ミオンと」
マノンはなるべくまっすぐミオンを見ようと、そう思って蜂蜜色の瞳をのぞきこむ。
かつての自分は、ミオンの話を聞こうとしなかった。自分の正義を、押しつけてしまった。ミオンと、ぶつかることを避けてしまった。
今さらだと、思われるかもしれない。
それでも、ぶつからないといけないと、思った。
ミオンに向き合わなくてはいけないと、思った。
師匠として。
「ねえ、ミオン。本当に、ごめんなさい」
「・・・・・・っ、うるさい!うるさい!うるさい!」
ミオンは駄々をこねる子どものように頭を振ると、キッとこちらをにらみつける。
そしてすぐにその視線は、マノンの横を通り抜けミオンの弟子であり、今はマノンの魔法で拘束されているナオに向けられる。
マノンは第3試練で起こった一連の出来事を見ていて、すでにミオンがマノンと同じような間違いを犯していたことに気づいていた。
本来なら魔法大会の間、いや、金輪際ミオンの前に姿を現すつもりなどなかったのだ。
けれど、ミオンとナオの様子を見ていて、ミオンも弟子であるナオのことを見られていないことに気づいた。
ミオンは、マノンと同じ間違いを犯している。
ならば、その間違いを正すのは、先に間違いを改めるのは、師匠であるマノンでなくてはならない。
「ねえ、ミオン」
「うるさいって、言っているでしょっ!」
その叫び声と同時に、鋭い風が吹き抜ける。
それは、不可視の風の刃だった。
無詠唱で展開されたその魔法は、マノンの体をいとも簡単に切り裂いた。
頬に薄く赤い線が引かれる。
それでも、目だけはそらすまいと決めていた。
「なんで、なんで、防御しないの」
「ミオン、強くなったね。私が、反応できないくらい」
「嘘」
「嘘じゃないよ」
本当に、嘘ではなかった。
ミオンの魔法は、マノンが容易に防げないくらいに、洗礼されていた。
強くなったな、と思う。
がんばったな、と思う。
この少しのやりとりだけで、ミオンの50年間のがんばりが透けて見える。
「すごいね、ミオンは」
「ほめ、ないでよ。もう、師匠じゃないくせに」
「・・・・・・そうだね」
ミオンは、自分で師匠じゃないと言ったくせに、私がそれを肯定したことにひどく傷ついたような顔をした。
それをマノンは少しだけ、嬉しい、と感じてしまった。
「ねえ、ミオン――――」
もしかしたら、もう一度やり直せるかもしれない。
そんな希望を胸に、一歩を踏み出したとき
「ギアアアアアアア」
人間が発したとは思えないような叫び声が、闘技場に響き渡った。
その声の主は、わかりきっている。
「ナオッ」
ミオンが手すりに駆け寄ると、すがりつくようにして身を乗り出した。
マノンも視線だけでナオの方を確認し、小さく舌打ちする。
「もう、ダメか」
マノンがナオに施した拘束魔法は、決してやわではない。
そんじょそこらの魔法使いでは、絶対に逃れられないであろうほどの頑丈さを誇っている。
けれども、ナオの前では20分程度しかもたなかったようだ。
彼は、魔力量こそリツキに劣るものの、その技巧が飛び抜けている。
瘴気をまとい、暴走状態になったとしても、その腕前は落ちていないようだ。
マノンとミオンがいる限り、この闘技場にいる人々に危害を加えさせるような失態はないが、落ち着かせるのは至難の業だ。
そう理解していても、マノンはずっと冷静だった。
「ナオッ、声が聞こえるっ?」
今にも飛びだしそうなミオンの肩をグッとつかむ。
止められたミオンは、必死の形相でこちらを振り返る。
「止めないでっ。今、話してる場合じゃ」
「ミオンが出る必要はない」
「どうしっ」
「間に合ったから」
「・・・・・・へ?」
ミオンから発せられた間抜けな声にかぶせるように
「うぁぁぁああああああああああ」
これまた間抜けな叫びが聞こえた。
その間抜けな叫び声がしたのは、ナオのちょうど、真上。
マノンの視線の先、その空間が、ピシリと音を立ててひび割れる。
「うおっ、うわあああああああ」
空間のひび割れから飛び出してきたのは――――リツキ。
その元気そうな姿を見て、マノンはほっと息を吐き出す。
無事だと分かってはいたが、自分の目で姿を見るまでは真に安心できなかった。
「あっ、あっ、転移魔法、成功したっ?」
地面に豪快に転げ落ちたリツキは、キョロキョロとあたりを見回している。
さすがのミオンも、突然飛び出てきたリツキに目を見張っていた。
「って、うわっ、ナオ!?」
リツキはようやく目の前のナオに気がついたようで、体をのけぞらせる。
マノンはそんなリツキにかまいもせずに、口元に手をあて声を張り上げた。
「リツキ!!」
「っあ、師匠!!」
リツキの視線がこちらを向いたことを確認し、にやりと口元をゆがめた。
「ナオのこと、止められるよね!?」
マノンの言葉に、リツキがじわりと目を見開く。
だが、徐々に目元を険しくすると、覚悟のこもったまなざしで力強くうなずいた。
「はいっ!!!」
マノンの自慢の弟子は、奇跡の生還を果たし、頼もしい足取りで闘技場の土を踏みしめているのだ。




