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こちら“元“最強御一行さまです!  作者: 茉莉花菫
第2章
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第46話 追憶ーミオンー(5)

 魔族3人を昏倒させたあと、ミオンは将軍を抱えて”還らずの森”をあとにした。

 ”還らずの森”の管理権限は、最強魔女に与えられている。

 今、最強魔女の名代はミオン。ミオンであれば、”還らずの森”を操作して出入りすることも容易なのだ。

 ミオンは魔法連盟本部に帰り、救護班に将軍を預ける。

 救護班によってベッドに寝かされた将軍を見下ろして、ほっと息を吐いた。


「ミオン」


 その時、背後からかけられた声にぴくりと耳を動かす。

 ゆっくりと振り返った先には、見知った顔。


「師匠」


 マノンが、ミオンの見たことのないような真顔でこちらをじっと見つめていた。


 〇〇〇


 マノンに連れられたのは、本部最上階の執務室。

 がらんどうの部屋にふたりきり。ちょうど逆光になってしまい、マノンの表情がうまく見えなかった。


「ミオン、”還らずの森”に入ったの?」

「うん」


 即答した。ミオンに、嘘をつく理由などなかった。


「じゃあ、魔族を昏倒させたっていうのも、本当?」

「うん」

 パアン


 ひりつくような痛みに、目を見開く。

 じんじんと痛む頬を反射的におさえていた。

 頬を殴られたのだと、遅れて理解した。

 修行以外で手を上げられたことなど、初めてだった。


「なにを、してるの」


 マノンの顔は、憤怒に彩られていた。


「自分がなにをしたか、分かってる?」

「分かってる」


 ミオンは、まっすぐにマノンの瞳を見上げた。

 こうなることも、予想していなかったわけではない。だが、予想以上に頬が痛くて、それが胸の痛みと重なった。


「ううん。分かってない。ミオンは、なにも分かってないよ」

「分かってるよ!!」

「分かってないよ」


 ミオンはビクッと体を震わせた。マノンが纏うプレッシャーがそうさせた。

 本能的に理解させられる。彼女こそが、世界を担う者なのだと。


「ミオンが”還らずの森”に入るところが目撃された。魔法連盟本部に集まってる人たちの中で、私がとうとう魔族の殲滅に動き出すって噂が立ち始めてる」

「う、噂なら」

「甘く見ないで。たったひとつの噂が、世界を動かすことだってある。それに、ミオンが魔族を昏倒させたせいで、魔族側に宣戦布告したと誤解されたかもしれない」

「そ、れは。そうするしか、なくて・・・・・・っ」

「いや、ミオンなら、あの男の子1人だけを助けて離脱することもできたはず。ミオンの安易な行動が、人類と魔族の争いを促進させたんだよ」


 ミオンはギュッと胸を絞られるような思いに襲われた。

 マノンに言われたことは、全て理解しているつもりだった。全部覚悟して、行ったつもりだった。

 だけど、足りなかった。

 "還らずの森”に入るならば、絶対にバレないようにする覚悟を、魔族を傷つけないようにする覚悟を、するべきだったのだ。


「で、でもっ、私は、”還らずの森”に入って彼を助けたことを後悔するつもりはないっ」


 ミオンは半ば叫ぶようにそう言っていた。

 だが、それに答えたマノンの言葉にミオンは絶句する。


「人類と魔族の争いを加速させるくらいなら、1人くらい、見捨てても良かった」


 胸に広がったのは、失望。

 視界の彩度が1段階下がり、胸にぽっかりと穴があいたような気分だった。

 それだけは、そんな言葉だけは、マノンの口から聞きたくなかった。

 ミオンが"還らずの森”に入り、彼を助けようと決意したのは、幼い頃の情もあるが、なによりもマノンが誇れる弟子でありたいと思ったからだ。

 ここで彼を見捨てれば、マノンに怒られるだろうと、マノンならば助ける選択をするだろうと、思ったからだ。


「そっか。そんなこと、言っちゃうんだ」

「・・・・・・」


 ミオンは絶望しながらも、最後の希望をつなぎ止めようと絞り出すように言葉を紡ぐ。


「なら、私だったら?私が”還らずの森”に迷い込んで、命の危機に陥ったとしても、マノンは私を見捨てるの?弟子よりも、世界を、選ぶの?」

「選ぶよ」


 即座に与えられた答えに、言葉を失う。


「たとえ、”還らずの森”で危ない目に合っているのがミオンでも、もう死んじゃってるけど私の家族でも、私は見捨てる選択をするよ。――――それで、人類と魔族の争いを防げるなら」

「そっか」


 マノンにとっては、ミオンという存在よりも、世界の方が大切なのだ。

 分かっている。代表者なのだから、そんなことは当たり前だ。

 分かっている。充分に。分かっている、はずだったのに。

 自分で自分に驚いた。

 ――――悲しい、なんて。


(私、師匠に世界よりも自分を選んでもらえるって、心のどっかで期待してたのかな)


 ぽっかりとあいた胸の穴に空気が通り過ぎていく。


「師匠・・・・・・ううん、マノン」


 ミオンは、ひとつのことを決意して深々と頭を下げる。


「今までお世話になりました。弟子と師匠の関係を、解消させてください」

「・・・・・・分かった」


 静かに告げられた承諾に、ミオンはゆっくりと頭を上げる。

 マノンに視線を向けるが、マノンはすでにうしろを向いてその表情をうかがうことはできなかった。


「さようなら、マノン」


 ミオンもそれ以上なにか言うこともなく、その場を後にする。

 執務室の扉を閉めたとき


「ううっ、うう~~~~~~」


 耐えきれなくなった涙が、頬をつたった。


 〇〇〇


 魔法連盟本部を出ると、強い日の光が目をさした。

 これからどうするべきか分からずに、途方に暮れる。

 心の支柱を失ったような宙ぶらりんな感覚は、ノーザンモーストで暮らしていたとき以来だ。


「とりあえず、ウィザレッドを出るか」


 ミオンはそう決めると、ウィザレッドの出口まで歩みを進めた。


 ●●●


 それから、ミオンは数日間、あてもなく歩き続けた。

 目的地もなく、行く当てもなく、ただただぶらぶらと。困っている人がいれば魔法で助け、対価をもらったりして過ごしていた。

 そんな白黒な日々を塗り替えたのは、ある1人の老人だった。


「ほお、めずらしく魔法使いがいたと思ったら、見たことのある魔力じゃないか」


 ミオンが気まぐれに魔法で人助けをしたところに通りかかったその老人は、白いあごひげをなでながらそんなことを言った。

 最初、なにを言われているか全く分からなかったが、そのあごひげをなでる仕草が記憶のある人と重なる。


「あ・・・・・・あ・・・・・・!」

「ふぉっふぉっふぉ、ようやく気づいたが、がきんちょ。見ない間に随分と小綺麗になって」


 全体的に白いその老人は、間違いなくノーザンモーストでミオンに転移魔法を教えた旅人だった。

 あの時は、変なじいさんだ、程度にしか思わなかったが、マノンの弟子としての年月を経た今だからこそ分かる。

 この人の、この魔力。この隙のなさは。


「あなた、"元”代表者だったんですね」

「ふぉふぉっ」


 老人の笑みがひどくうさんくさい。

 だが、ミオンは確信を持っていた。この人は、マノンの先代の魔法使いの代表者であり、マノンの師匠だ。

 思えば、マノンとの出会いのきっかけは、この人に教えられた転移魔法だった。

 であれば、ミオンがマノンの弟子となったのはこの人の計らいだった可能性も・・・・・・?いや、考えすぎか。


「なにか用ですか?私、今はもうマノンの弟子ではないですよ」

「知っておる。仲違いしたんじゃろ?」

「別に、仲違いっていうか、私がガキなだけっていうか・・・・・・」


 ミオンがぶつぶつ言っていると、老人はふむと考えるようにあごひげをひと撫でする。


「なら、わしの弟子になるか?」

「はい?」

「悪い提案じゃないと思うがのー。お前は才能があるようだし。わしも変わり映えのしない日には飽き飽きしてての」


 そんなことを言いながら、ちらっちらっとこちらを伺ってくる老人。

 ミオンはため息をつくと、踵を返した。


「申し訳ないけど、今は誰かに弟子入りする気分じゃないんで。他をあたってください」


 ミオンはそのまま、老人の答えを聞くことなく歩みを進める。


「わしの目的が、マノンを引退させることだとしても?」


 思わぬ言葉に、歩みを止める。

 視線だけで振り返った。

 老人はにこり、とうさんくさい笑みを浮かべる。


「マノンは長く代表者でありすぎた。歴代の最強魔女の中でも、最長だ。あいつの師匠としても、そろそろ引退していいころだと思ってな」

「・・・・・・」

「それに、マノンは今の時代に合っていない。新しい、次の世代に移行していくべきだ。・・・・・・お前もそうは思わないかのぉ?」


 数秒。老人とミオンの視線が交差する。

 先に視線を外したのは、ミオンの方だった。


「分かったわ。弟子入りする。私が、マノンを最強魔女の座から降ろすわ」

「ふぉふぉっ、頼もしいのお」


 ミオンは老人の元へ歩み寄ると、手を差し出す。


「あと、私の名前はミオンよ。覚えておいて」

「うむ。ミオン、わしの修行は辛いぞ?」

「はっ、臨むところよ」


 ミオンと老人は、固く手を握り合った。


 ●●●


 2年後。

 ミオンは魔法大会の最終試練の場にて、マノンと向き合っていた。

 弟子と師匠の関係を解消した日以来の、再会だった。


(ひどい顔、だなあ)


 久々に見たマノンは、ひどくやつれていた。

 目元にはくっきりとした隈が浮かび、すっかり老け込んだように見える。

 ミオンと出会った頃の溌剌とした雰囲気は、もうどこにもなかった。


「・・・・・・久しぶりね、ミオン」

「・・・・・・」

「元気そうで、よかった」


 クシャッと笑った顔は、本当に弱々しくて胸がくるしくなる。


(私が絶対、終わらせる)


 ミオンは決意を新たに、鋭い瞳をマノンに向けた。


「私が、絶対に勝つ」


 勝敗は、思いのほかあっけなく決まった。ミオンが思ったとおり、マノンは度重なる心労と激務で、全盛期の半分以下の力しか出せていなかった。

 先代最強魔法使いの老人に鍛えられたミオンにとっては、そう難しい勝利ではなかった。

 あっけなさすぎて、現実であることを信じられなかったほどだ。

 マノンは、それほどまでに疲弊していた。


 こうして、最強魔女の代替わりが執り行われる。

 マノンは最強魔女を退いた後、ミオンと会話することもなくどこかへ消えてしまった。



 ――――それからまもなくして、人類と魔族の全面戦争が開始する。

 この戦争は2年間にわたって続き、人類と魔族、両陣営に多大な被害をもたらした。

 一応は和解に至ったものの、決して平穏とはいいがたく、なにかきっかけがあれば再戦もおかしくはない冷戦状態となった。


 ●●●


「話しなんて、私と話すことから逃げたのはあなたの方じゃない!マノン」


 思い出すのは、マノンが最強魔女と呼ばれ、ミオンがまだ最強魔女ではなかった頃のお話。

 ミオンがまだまだ子どもで、マノンの考え方を受け入れられなかった頃の。

 でも、最強魔女になったことを、マノンを最強魔女の座から降ろしたことを、後悔なんてしない。

 マノンのすり切れた姿など、見たくなかったから。

 あんなマノンの姿を見るくらいなら、ミオンがそのおもしを背負う。


「話すことなんてない。私は私の弟子を」

「あの子のことは大丈夫だから。落ち着きなさい、ミオン」

「っ、大丈夫なんて、どうして言えるのっ?」


 だけど、ミオンの思いなんて、マノンが知らなくていい。

 マノンはただただ、余生を謳歌してくれていればいい。


「私はあなたの話を聞きたいの。ミオン」


 話なんて聞いてくれなくて、いいから。


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