第45話 追憶ーミオンー(4)
勇者の代替わりは、前倒しで開催された御前試合によって決まったらしい。
前倒しされたのは、アサヒの魔族を擁護するような態度に民の不信感が募ったことが一因だそうだ。
新たな勇者は、魔族への厳しい態度を公言している。
誰もが、新たな戦争の始まりを予感していた。
〇〇〇
耳元を切るような冷たい風が吹く。
ミオンは、魔法連盟本部の最上階から押しかけてくる人々を見下ろしていた。
彼らは口々に、マノンに魔族の撲滅を訴えている。民たちは、“還らずの森”を作り出しただけで、それ以上なにも手出ししようとしないマノンに業を煮やしているらしい。
(なにも、知らないくせに)
マノンは今日もウィザレッドにいない。
最近、人類のくにの中枢――――新たな勇者の元へ通い、魔族と争う愚かさを説いているそうだ。
人類と魔族はわかり合えると、切に訴え続けている。
だが、新たな勇者はマノンの言葉に耳を貸していないと聞く。
それに、勇者を説得できたとしても、民を誘導するのは容易ではないだろう。魔族が素直に引き下がってくれるとも思えない。
おそらく近いうちに争いは起こる。それが、ミオンの見立てだった。
「ミオン様、またマノン様に会いたいという方がいらっしゃったのですが」
「マノンは緊急の呼び出しでいないと告げて」
「それが・・・・・・私もそう伝えたのですが、どうしても聞いてほしいはなしなのだ、と一向に引く様子もなく・・・・・・」
困ったように眉を下げ、申し訳なさそうにそう言う魔法連盟本部の役人。
ミオンは思わず大きなため息をつきそうになったが、彼はなにも悪くないのでグッとこらえる。
今や、マノン不在の時の名代はミオンだ。
なんとかして、ミオンが対応せねばなるまい。
「・・・・・・分かった。私が行く」
唸るようにそうつぶやき、重い足を前に進める。
――――この出会いが、ミオンの運命を変えるとも知らずに。
魔法連盟本部の1階、急な来客や会議に使用する応接間には、1人の少女の姿があった。
その少女はうつろな目をしており、どこかぼんやりと宙を見つめていた。
だが、その目がミオンを捉えると、大きく見開かれ、溢れそうなほどの涙がにじむ。
一方のミオンは、予想外の来客にただただ唖然としていた。
「【大将】・・・・・・っ」
少女の口からこぼれたのは、かつてのミオンの呼び名のひとつ。
まだ、“ミオン”という名もないただの孤児であった頃の。
少女はこらえきれないというようにワッと泣き出すと、ミオンの胸に飛び込んできた。
「ひくっ、ひっく」
ミオンはしゃくりあげる少女の肩に手を添えて目線を合わせる。
彼女の気持ちを落ち着けるように、ゆっくりと穏やかな声音を意識する。
「どうしたの?ゆっくりでいいから、話してごらん」
少女は徐々に落ち着いてきたようで、ミオンの瞳を見つめ返してくれた。
その様子を見てほっとすると共に、湧き起こった疑問が頭を占める。
この子は確か、マノンの計らいで王都の孤児院に保護された1人のはずだ。
この子は、もしや王都から1人でウィザレッドまで来たのか。
もちろん、ノーザンモーストで暮らしていた時とは比べられないくらいに大きくなっていたし、子ども特有のあどけなさも薄れてきている。
だが、まだまだ子どもと言える年齢であることも確かだ。
「たい、しょう。助けて・・・・・・っ」
「うん。分かった。助けるよ」
ミオンは、まっすぐにそう言う。キッパリとしたミオンの言葉に、少女は少しだけほっとしたように表情を緩めるとくちびるを引き結んだ。
「あの、ね。大将、ノーザンモーストでいっしょだった緑髪の男子覚えてる?暴れん坊でケンカっ早かったから、【将軍】なんて呼ばれて、大将の次に偉そうにしてて」
「うん。覚えてる。確か、めちゃくちゃ上から目線だったから私がとっちめちゃって、それから2番手みたいになってたんだよね」
「ふふ。そう。その将軍、私と同じ孤児院で暮らしてるんだけど」
少女はふっと顔を暗くすると、泣きそうに瞳を大きく揺らす。
「今、魔族のくにで人類を滅ぼそうって人たちが魔王の座を奪ってしまったじゃない?」
「・・・・・・うん」
ミオンは小さくうなずきながら、こんな子どもにまでその話が広まっていることに愕然とする。
もはや、人類と魔族の間の溝は取り返しがつかないほどに深いのではないか。
「それを聞いて将軍・・・・・・自分が魔族をやっつけるんだ。自分が家族を守るんだって、飛び出しちゃって」
「え!?」
「私、なんとか将軍を止めたくてっ、大将のところに行ってみようよって、言ったの。魔族のところに飛び込むんじゃなくて、大将の話を聞いてみようって」
「・・・・・・」
「でも、ウィザレッドに来て、最強魔女様にみんなみんな抗議してるのに、なんにもしてくれないって、なんにも動きがないって聞いて。将軍は最強魔女なんか頼れないんだって言って"還らずの森”に、入って行っちゃって。私に大将のところに行けって言ってっ」
徐々に徐々に語気を強めていく少女。ミオンは、その言葉を反芻しながら、今起きていることを正確に把握しようとしていた。
矢継ぎ早に告げられた事実に、焦りが湧き起こる。
「ちょっとまって。それって、将軍が”還らずの森”に迷い込んだってそういう」
「ねえっ、大将っ。最強魔女様は、どうしてなにもしてくれないのっ!?どうして、なんにも言ってくれないのっ!?・・・・・・誰の、どんな言葉を信じれば良いの?」
ミオンの声にかぶさるように叫ばれた悲痛な声音に、ミオンはうっと言葉をつまらせる。
涙を浮かべてこちらを射貫く瞳に、ミオンは小さくうつむいて口を開く。
「・・・・・・ごめん、ごめんね。でも、魔族と無闇に争っちゃダメ。それは、ただの歴史の繰り返しだから」
「じゃ、じゃあっ、将軍のこと見捨てるのっ!?”還らずの森”の中、入っちゃったんだよっ」
「それ、は」
ミオンの頭の中に様々な事が駆け巡る。
人類のくにの情勢。マノンの立場。ミオンの立場。今、ミオンが”還らずの森”に入ればなんと言われるか。
でも、そんなこと、よりも
「私が行く。私が、将軍を助けてくるよ」
「ミオン様、それは・・・・・・っ」
ずっと側で控えていた役人が、焦ったように制止の声を上げる。
だがミオンはそれを視線だけで押しとどめた。
ミオンは少女に向き直ると、優しく微笑みかける。
「少しだけ待っていて。すぐに将軍と戻ってくるから!」
「うんっ」
少女は満面の笑みを浮かべてくれた。ミオンはそっと立ち上がると、役人に耳打ちをする。
「この子をお願い」
「で、ですがミオン様っ」
「分かってる。でも、ここで命を見捨てる方が、最強魔女の弟子として失格だと思うから」
「・・・・・・」
役人は押し黙ると、静かに頭を下げて見送ってくれた。
応接間を後にしたミオンは、特別準備することもなくその足で”還らずの森”へと向かう。
正面は人だかりすぎて目立つ。裏口から出なくては。
受付を横切り、人気のない方へと移動する。
カツカツとした靴音が響く。バクバクと鳴る心臓に、内側から突き動かされているようだ。
私は、最強魔女の弟子が、”還らずの森”に足を踏み入れることの意味を、理解できない人間ではない。
今、人類のくにの情勢は不安定だ。
勇者も世論も、魔族に対して厳しい姿勢を提言している。
こんな状態で最強魔女の弟子が”還らずの森”――――魔族のくにを訪れれば、宣戦布告と捉えられても不思議ではない。
「は――――」
のしかかるような重い責任に、押しつぶされそうな心地になる。
自分の一挙手一投足が、この世界の命運を左右する。
本来ならば、こんな危険をたかだか少年1人のためにおかすべきではないのかもしれない。
でも
「私は、マノンの弟子だから」
ミオンを救ってくれた恩人に恥じない人間でありたいと、そう思い続けているから。
〇〇〇
”還らずの森”はうっすらと瘴気の漂う薄暗い森だ。
魔力が濃く、息もしずらい。魔力耐性のある魔法使いでなければ、少しの時間過ごすだけでも辛いだろう。
そんな魔力で満ちた空間で、ミオンは神経を研ぎ澄ませていた。
魔力と瘴気の中で微かに感じる人間の気配を捉えようとしているのだ。
同時に、いつ何時魔族や魔獣が襲ってくるかもしれない危機感から、ピリピリとした緊張をまとっている。
「見つけた」
その気配を捉えた瞬間、走り出す。
あまり良い状況ではなさそうだ。なにせ、人間の気配の周りには複数の魔族の気配もあったのだ。
「将軍・・・・・・っ」
目的地に着いた時、目に飛び込んで来た光景にヒュッと息をのむ。
「なに、しているの?」
頭から血を流している緑色の青年と、囲むように青年を見下ろす魔族が3人。
緑色の青年――――将軍は、ぐったりとしていて意識はない。彼を取り囲む魔族たちは、にやにやと嫌な笑みを浮かべていた。
将軍の体には、頭の傷だけでなく小さな切り傷が無数につけられていた。
――――痛めつけて、楽しんでいる。
そう、理解したときには無意識に動いてしまっていた。
「・・・・・・っ」
「ギィヤッ」
魔族がミオンの存在に気づいたときにはもう遅い。
ミオンは、不可視の風の刃を振るって、将軍の体と同じように魔族の内の1人を切り刻んでいた。
切り刻まれた魔族は、一瞬にして貧血になり意識を失う。
致命傷はひとつもないが、完全に治癒するまでは半年ほどかかるだろう。
魔族は人類に比べて回復が早いというが、ミオンの魔力をたっぷりと乗せた攻撃だ。そう簡単には治るまい。
「なんだ、お前!?」
「人間!?」
残った魔族の2人は、最初は戸惑っていたものの、ミオンが人間だと分かるなりその瞳に憎悪を映し出す。
ミオンはそんな2人を見返して、理解する。
――――ああ、そうか。彼らも、憎しみを原動力にしているのか。
憎み、憎まれ。恨み、恨まれ。
人を呪わば穴2つ。
結局のところ、人類も魔族も変わりはしない。
人類は魔族を憎悪し、魔族は人類を憎悪している。ただ、それだけ。
人類と魔族の争いを再燃させたあの事件も、魔族側では勇者の妻が魔王の妻を殺したことになっているのだろう。
真実など、立場が違えば、違うのだ。
であれば、人類と魔族がすることなどひとつ。
お互いの真実の押し付け合い。
最後まで立っている方が、真実。
「許してね」
ミオンはただ一言そう言うと、腕を振るう。
次の瞬間、その場に立っているのは、ミオンただ1人だった。




