第44話 追憶ーミオンー(3)
「ミオン!!起きなさああああい!!!!!」
キンキンと響いた怒鳴り声に、ミオンは耳をふさいで布団の中にもぐりこんだ。
「んんぅ、もう少しぃ」
「もうっ、昼を、すぎてる、のっ」
ガバッと毛布を剥ぎ取られたので、なんとか取り返そうと腕を振り回す。
だが、そんな抵抗もむなしく、腕をとられて引っ張り上げられた。
「ほらっ、シャンとする!」
ミオンの腕をとったのは、自身も寝間着から着替えていないマノン。
ミオンはぶぅぶぅ文句を言いながら、立ち上がり薄い上着を羽織った。
「て、師匠も起きたばっかりでしょ。私のこと言えないから」
「ギクッ。・・・・・・ごほんっ。そんなこと、ないし。ミオンよりも早くに起きたし」
ぼそぼそとなにやら言い訳を並べるマノンに、ミオンは苦笑をこぼした。
ここは、魔法連盟本部の最上階。
ミオンがマノンの弟子になり、実に8年の月日が経っていた。
かつてボロボロだったミオンも、今では適度な柔らかさをまとい、髪にも艶があった。身長もすっかり伸びて、マノンと並ぶと双子の姉妹のように見える。
窓の外を見れば、数多くの魔法使いが行き交う独特の景色が広がっている。
こんなウィザレッドならではの光景も、ミオンにとっては馴染み深いものになっていた。
「師匠、今日の朝ご飯は?」
「えっとー、目玉焼きが焼かれていたような?」
「なるほど」
ミオンもマノンも家事はからっきし。マノンはやろうとするが行動全てがなぜと言いたくなるような惨状を引き起こし、ミオンはやれなくはないが適当でめんどくさがるので粗末な生活になっていく。
結果的に、マノンとミオンの生活は定期的に通ってくれる家政婦さんによって支えられていた。
そろって寝起きの師弟は、ぼーっとしたまま着替えをすまし、用意された朝食を食べ、いそいそとマノンは仕事をミオンは修行の準備に移る。
「ああ、そうだミオン。私、今日もちょっと魔族のくにに行ってくるから」
「・・・・・・また?最近、秘密裏のお出かけが多すぎない?」
「代表者にもいろいろあんのよ」
「てか、それって機密情報なんじゃないの?こんな風に、ほいほい私にバラして・・・・・・情報がもれたらどうしよう、とか考えないの?」
ちょっと買い物行ってくる、みたいなノリで魔族のくにへ秘密裏に出かけることを言われても・・・・・・、とミオンは顔をしかめるが、マノンはからりとしている。
「だって、ミオンを信頼してるもの。いざって時に対応できるのは、ミオンくらいでしょ」
真正面から告げられる、くもりひとつない信頼がこそばゆい。
「ま、まあ、師匠の次に強いのは私だしね」
つんとそっぽを向いて答えれば、にやにやしたマノンに頬をつつかれる。
「やっ、やめてよっ」
「ええー?だって、かわいくて」
「誰がかわいいか!」
ムキになって叫んでツッコみ、マノンを昇降機の方へ押しやる。
「ほらっ、早く行きなよっ」
「はいはい。行ってきまーす」
「・・・・・・行ってらっしゃい」
やっとの思いでマノンを見送り、はあとため息をつく。
最近、マノンは魔族のくにをよく訪ねていた。通っていると言ってもいい。
ミオンもうっすらとしか知らないが、どうやら魔族のくにの情勢が不安定になっているそうだ。
人類と魔族の対立の歴史は長い。そもそも代表者が設定されたきっかけが、人類と魔族の争いだ。
とはいえ、ここ数年は人類と魔族の関係も安定し、人類側も魔族側も歩み寄ろうとする風潮が流れていたのだ。
この流れを生み出すため裏で尽力したのが、代表者であるマノン・アサヒ・ユーシサスの3人であるとミオンは知っている。
だがしかし、ここにきて魔族のくにで人類との和解を強く拒絶する過激派が台頭しているそうだ。
ユーシサスが必死になって過激派を抑えてはいるそうだが、どうにも手が回らず、マノンがこうして度々話し合いとちょっとした手伝いに行っている。
アサヒも行きたがっているとマノンが言っていたが、勇者が人類のくにを離れると目立つ。
魔法都市という比較的閉鎖的な土地にいるマノンの方が、動きやすいということらしい。
ミオンは1度伸びをすると、部屋にかけてある羽織を手に取った。
魔族のくにの情勢は不安だが、今ミオンにできることはなにもない。であれば、修行に励むことが一番である。
「いよしっ」
向かう先は闘技場。定期的に開催される魔法大会でしか利用されないそこは、普段はもっぱらミオンの修行場所だった。
すがすがしい風が通る闘技場は吹き抜けに見えるが、実のところドーム状の結界に覆われており、雨風もものともしない。
いつも通りの魔法の修練を行いながら、雲行きのあやしい空を見上げた。
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その知らせが来たのは、昼下がりの雲ひとつない晴天の日だった。
「アサヒ様の奥方が、亡くなった・・・・・・?」
「はい。人類のくにと魔族のくにの国境沿いで、遺体が見つかったそうです。側には、魔王の妻の遺体もあったとか。きっと、魔王の妻が奥方様を殺したに違いありません。・・・・・・魔族め、むごいことを・・・・・・っ」
ミオンは、悔しそうに顔をしかめながら報告をする使いの人間を、信じられない心地で見下ろしていた。
聞かされた言葉の意味がよく分からず、しばらく言葉を失う。
ミオンは、アサヒ・ユーシサス・マノンの絆の強さを知っている。魔族と人類という垣根を越えて、密かに友情を育んでいた3人。
友人の妻同士が殺し合ったなど、容易に信じられることではない。
しかし、世間に知らされるのは、『魔王の妻と勇者の妻が、同じ場所で遺体となって見つかった』という事実だけ。
この事実だけが、嫌に耳に残る。
「2人とも・・・・・・」
しぼりだすようにつぶやかれた言葉に、ミオンはハッとして振り返る。
後ろではマノンが厳しい顔でくちびるを噛んでいた。
その表情を見て思い出す。確か、マノンは2人の妻と親交があったのではなかったか。
だが、それも一瞬。
マノンは勢いよく立ち上がると、長いローブを羽織って扉に向かって歩を進めた。
「し、師匠っ、どうするのっ?」
ミオンがうわずった声でたずねると、マノンは足を止め前だけを見て口を開く。
「結界を張る。魔族のくにと人類のくにの間に、強力な結界を設置する」
マノンはそれだけ言うと、今度こそ部屋を出て行った。
ミオンはどうしたらいいのか分からず、ただただ立ちつくしていた。
マノンの後ろ姿を眺めながら、頭を占めるひとつの確信に絶望する。
――――長年保たれていた人類と魔族の均衡が崩れた。
人類と魔族の争いは、再び取り沙汰されることになるのだ。
その後、マノンは宣言通り人類のくにと魔族のくにの間に強力な結界を張った。
それはただの結界ではなく、人類のくにと魔族のくにを隔てるような大森林に、不可侵の魔法を施すというようなもの。
魔族はその森林よりも人類のくに側に入ってくることはできない。人類のくにに行こうとしても、いつのまにやら森の入り口に戻ってしまうのだという。
人類は、急な魔族の襲撃の恐怖におびえることはなくなったのだ。
同時に、人類と魔族の崩しがたい厚い壁が築き上げられた瞬間だった。
ただし、この絶大な効果をもたらした結界は、迷い込んでしまった人間すらも人類のくにに帰れなくなってしまうと言う難点があった。
このことから、人類のくにと魔族のくにの間に横たわる大森林は“還らずの森”と呼ばれるようになったのだ。
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その後、過激派が起こしたクーデターによってユーシサスが魔王の座を追われることになるまで、そう時間はかからなかった。
魔王の妻は、多くの魔族に慕われていたらしい。
憎悪に身を焦がした魔族たちは過激派として、人類への徹底抗戦を訴えていた。
マノンの“還らずの森”を築くという選択は、大正解だったと言うほかないだろう。
もし“還らずの森”がなければ、感情のままに魔族が人類のくにを襲撃していたかもしれない。
「最強魔女様!最強魔女様を出してくれ!!!」
「魔族を、憎き魔族を根絶やしに!!」
「今こそ、邪悪な魔族を滅ぼしてやるんだ!!!!」
ミオンは、魔法連盟本部に思い思いの叫び声を上げながら殺到する人々を冷めた瞳で見つめていた。
魔族と人類、それぞれの代表者の妻が殺された事件によって世論の変動が起きたたのは、なにも魔族のくにだけではない。
人類のくにも、これを期に魔族の全滅に乗り出そうと言う民意が広まっていたのだ。
魔法使いの代表者であるマノンの基にも、争いを訴える人々が殺到していた。
「“還らずの森”は素晴らしい!あの森があれば、魔族はこちらに入って来れない。私たちは勝ったも同然!!!」
「最強魔女様!マノン様!!今こそ、立ち上がってくださいませ!」
浮かれたように頬を上気させる顔を見回し、ミオンはその場を離れることにした。
向かうのは、マノンがいる執務室。
ミオンは了承も得ずに部屋へ入ると、一心に書類仕事をしているマノンの元へ歩み寄った。
「師匠」
「・・・・・・」
「師匠」
「・・・・・・」
「師匠っ!!」
ミオンが声を張り上げると、マノンが1度手を止めこちらを見上げてくる。
マノンの目にはくっきりと隈が浮かんでいた。
「・・・・・・なに?」
「ねえ、どうするの?この状況。このまま放っておくだけなんて、できないでしょ?」
「別にいいじゃん。放っておけば」
「よくない!このままじゃ、勝手に魔族のくにに乗り込もうって人が出てくるかもしれない!!」
マノンはミオンの言葉を聞くと、ハッと呆れたような笑みを浮かべた。
「そんな度胸ないよ。ここに集まってくるような人たちは」
「それでも・・・・・・っ」
「それよりも、人類のくにの情勢の方が心配。アサヒの方でも、魔族を悪と触れ回ってる人たちが声を大きくしてるみたい。アサヒもがんばって抑えようとしてるけど、魔族を擁護してるのかって叩かれるし」
はあーっと深くため息をついたマノンは、イスの背もたれにもたれかかり、天井を仰ぎ見た。
「私たちが必死こいてやってきたことは、なんだったのかな」
マノンとユーシサスとアサヒは、人類と魔族の関係修復に奔走した代表者だった。
奔走したかいもあって、徐々にだがお互いを許容するような兆しも見えてきた。
それなのに、こんなにもあっけなく、こんなにもあっさりと、憎悪に呑まれてしまう。
「ありえないよ。あの2人が殺し合ったなんて。それだけは、ありえない」
「・・・・・・」
「どうしてすぐに、人類と魔族は敵対しようとするのかな」
マノンの声が、虚しく響く。
ミオンは、なんと言って声をかければ良いのか全くわからなかった。
――――それから数日後、勇者の代替わりが発表された。




