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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第3話 異国 第1章
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06 どこまで知ってるんだ

 夜が白々と明けはじめても、結局、ジョードはタイオスを問題の建物まで案内できなかった。

 彼は本当に忘れていたのだ。実際、彼には戻る理由はなかったし、覚えておこうという気持ちも働かなかった。そこにタイオスも気づかざるを得なかった。

 〈柳と犬〉のもう一室には、やはり誰もいなければ、何も残されていなかった。町を巡る途中で幌馬車の厩舎を覗いたが、馬はそのままだった。彼らは忽然と、姿を消したのである。

 それからまずタイオスらは〈縞々鼠の楽しい踊り〉亭に足を向けたが、やはり、ルー=フィンは戻っていなかった。イリエードとは一旦分かれ、タイオスは意気消沈した体のジョードを伴って、リゼンの町をずっとうろついていた。

 ジョードと話をすると、盗賊が仮面の男を魔術師だと信じていることが判った。タイオスはそうじゃないと告げたが、ではあの魔術のような技は何なのかと言うと、戦士には説明ができなかった。ただ、魔術師サングが違うと言ったのだから違うのだろう、と思っていた。サングがそんなことで嘘をつく意味などないはずだ。

「もう……帰ろうぜ……」

 足取りをふらふらとさせながら、ジョードは呟いた。

「もう、判んねえって」

「お前が言うな」

 タイオスはぴしゃりとジョードの後ろ頭を叩いた。

「だってよお、昨日の朝早くから俺は働きっぱなしで」

「それは俺も同じだ! お前らのせいでな!」

「俺はあんたほど体力ないんだからよう……」

 目を真っ赤にしてジョードは欠伸をした。

「じゃあちょっと、ちょっとだけ休もうぜ……」

「それなら、提案がある」

 タイオスはぱしんと手を叩いた。

「町憲兵隊の留置場で、ゆっくり休むってのはどうだ?」

「じょ、冗談」

 盗賊は慌てた。

「だいたい、俺は何もしてない」

「何もしてない、だと?」

 ぎろりとタイオスは相手を睨んだ。

「ああ、そうだろうよ。女子供を力ずくで拉致したのはカル・ディアでの話でリゼンじゃないな。騙されているにしろ、リダールが自分の意志でお前らについていった以上は、俺に居どころを隠すのも『何もしていない』部類だろうさ。だが」

 彼は脇腹を撫でた。放っておけば何ということもないが、押せば痛い。その程度で済んだのは幸いと言えるだろう。

「ちんぴらに俺を襲わせたのは、誰だ? あの野郎は捕まって、町憲兵は身元を確認しただろう。お前に頼まれたのかと尋ねれば、否定する理由はないだろうな」

「う……」

 ジョードは詰まった。

「た、大した犯罪じゃない」

「まあな。俺は死んだ訳でもないし。剣を抜いたから、俺もお(とが)めを受ける可能性は大だ。だが町憲兵がきちんと調査すりゃ、俺は放免、お前は留置場」

 現実には、そう巧く行くとは思えない。おそらく町憲兵は、タイオスもジョードも捕まえて適当に留置するか罰金を食らわせるだろう。彼らにとっては調査よりその方が楽だからだ。

 しかし、実際に咎があるのはジョードの方。それは事実である。その自覚のある盗賊は、強気に出られなかった。

「と言っても……本当に、場所は判らなさそうだな」

 渋々とタイオスは認めた。

「仕方ない。やっぱり町憲兵隊に」

「よ、よせよ」

 ジョードは逃げ腰になったが、徹夜明けの身体は俊敏には動かなかった。

「お前をつき出すとは言ってない。多少は俺の胸がすくが、何の解決にもならない。俺自身、あまり詰め所に顔を出したくはないしな」

 またイリエードに頼むか、と彼は考えた。

 ジョードの話によれば、盗賊と剣士は人々の屋根の上を駆け回った訳だ。町憲兵隊に通報が行っていることは、十二分に考えられる。遺体が――発見されていれば、なおさら。

 きゅ、とタイオスは胃の辺りが痛くなるのを感じた。

(ルー=フィン)

(俺は、あいつを巻き込んで、死なせちまったのか)

(いや……ヨアティアを追うのはあいつの使命でもあったが、それにしても)

(独りで行かせたり、しなければ)

 タイオスが同行したところで、どうなったかは判らない。サングのいないいま、魔術としか思えぬあれらの技に抵抗する術は、彼にもないのだ。

(〈峠〉の神様よお)

(あんたは、きっと、あいつを守ったよな? 死んだなんてのは間違いで……きっと)

 彼はそう望んだが、ルー=フィンが生きているならば、〈縞々鼠〉に戻ってくるはずだとも気づいていた。

「……なあ、タイオス」

「何だ」

 盗賊の声に、彼は無意識の内にやっていた〈峠〉の神への祈りをとめた。

「あんた、どこまで知ってるんだ?」

「何を」

 問いかけが曖昧すぎる。戦士は顔をしかめた。

「だから、その」

 こほん、とジョードは咳払いをした。

「ソディとか、ライサイとか……」

「ああ」

 それか、とタイオスは呟いた。

「あまり詳しくは知らん。ただ、ソディって一族がウラーズ国にいて、ライサイとかって魔術師を崇めてるとは聞いた。一連の誘拐はそいつらの仕業。そのことはアル・フェイドでもうバレてる」

「アル・フェイドで?」

 それはジョードには初耳だった。盗賊は驚く。

「他国でも、やってたのかよ」

「そうらしい。……じゃ、お前はそのときからの仲間じゃないのか」

「違うさ。俺がやったのは、カル・ディアでだけだよ。ミヴェルから声をかけられて」

「俺の手を踏みつけやがった女か」

「手を?」

「ああ、お前は見てないか。街道で、お前が馬車を駆って逃げようとしたときにな」

 縁につかまったタイオスの手を踏んだのだ、と戦士は右手をひらつかせた。血は止まっており、包帯は邪魔なので外してしまった。普通にしていれば痛みもないが、かさぶたができて酷い傷跡に見せている。

「俺は満身創痍だよ」

 げんなりと彼は言った。どれも大した傷ではないとは言え、生傷だらけだ。

「……カヌハ」

「ああ?」

「カヌハってのは、知ってるか」

「ソディ連中が暮らす村だったな」

「場所は」

「地図なら、あるが」

「何!?」

 ジョードは色めき立った。

「見せろ、それ!」

「おい、何だいきなり。お前、俺に命令できる立場だと思ってんのか!」

「じゃ、お願いします、見せてくださいって言えばいいか!?」

「ええい、目の色を変えて腕を掴むなっ」

 タイオスがジョードの腕を振り払えば、体格で敵わず、なおかつ体力も弱っている盗賊は簡単によろめいて、へたへたと地面に座り込んだ。

「お前、カヌハに行く気なのか?」

「いや……別に」

 問いかけに盗賊は目を逸らした。タイオスは顔をしかめる。

「別にじゃないだろ。いまの台詞は、どう考えてもそういうことじゃないか」

「いや、ただちょっと、どこかなーって思って」

「訳の判らんことを言うなよ」

 タイオスは両手を腰に当ててジョードを見下ろした。

「金か? 報酬をもらい損なったから受け取りに行ってやろうってか」

「そんなんじゃねえよ」

「じゃあ、何だ。連中がやばいのは、俺よりお前の方が判っていそうなのに、何でカヌハの場所を知りたがる」

「別に……知りたがってなんか」

「おいおい」

 戦士は天を仰いだ。

「お前、俺が脅したからびびってついてきてるだけかと思ったが、さては、そうじゃないんだな」

 気づいて、タイオスは片眉をひそめた。

「本当は、ずっとそれを俺に訊きたかった。カヌハの場所を知ってるか、と。リダールを追う俺なら、知らなかったとしても調べようとするだろう、それまでくっついていようと、そんなことを考えたんじゃないのか」

「俺は」

 ぼそりと、ジョードは呟いた。

「ミヴェルが、可哀想で」

「ああん?」

「あんたには、そんなふうには見えなかっただろうけど。あいつ、ソディのなかじゃ迫害されてるみたいなんだ。いや、迫害とはちょっと違うのかな……〈しるしある者〉とかって地位を持ってるみたいだけど、その地位に相応しい能力を持ってなくて、見下されてて」

 ぽつぽつと彼は語った。

「俺ならそんな故郷捨てるけど、あいつはそうじゃなくて。ソディのために、ライサイのために……エククシアのためにって、必死なんだ」

 可哀想で、と彼は繰り返した。戦士はうなった。

「惚れてんのか」

「かもな」

 ジョードは肩をすくめた。

「助けてやりたいと、思ったんだよ。いまでも、思ってる」

「うーむ」

 タイオスは頭をかいた。

「だが、信念持ってる奴は、頭が固いぞ」

「よく判ってるよ」

「女のため、ねえ……」

 彼はあごをかいた。気持ちは判らなくもない。彼だって、若い頃はそんなふうに思ったこともあった。

「タイオス!」

「何だよ!?」

 不意にジョードが力強く叫び、戦士は叫び帰した。

「奴らはカヌハに向かったに決まってる。あんたは行くんだろ? リダールを助けに。俺も行く。ミヴェルを助けに」

 ぎらりと盗賊は目を光らせた。

「俺を一緒に連れてってくれ」

「お……おいおい」

 堰を切るように言った盗賊に、彼は戸惑った。

「無茶を言うな」

「何でだよ」

「何でって、行きたきゃ行けよ。場所なら教えてやってもいい。何で、俺となんだ」

「そりゃ、戦士と一緒なら旅路の不安も減るからさ」

「俺を護衛にしようってのか?」

「そういう訳じゃないけど、あんたが独りで行くのだって無茶じゃないとは言えないだろ」

「あのな。だいたい俺は、何も、カヌハまで行くと決めてなんか」

「じゃあ、行かないのか?」

「うう……」

 戦士は即答に迷った。何もなかったことにして逃亡を決め込む、との選択肢は、いまでも存在する。これまでも散々、悩んできたことだ。だが彼は結局、違う道を採ってきた。

(今回は?)

(どうするんだ、俺は?)

「ええい、まずはとにかく、ルー=フィンだ!」

 彼は叫んだ。

「ルー=フィンがどうしたか……本当に死んだのか、運よく瀕死のところを救われてどっかで看病でもされてんのか、俺としちゃ後者を祈りたいが、どちらにせよ」

 確認をしたいと彼は言った。

「お前の言う通りなら、ルー=フィンは仮面がヨアティアだと見分けた。俺が『もしかして』と思うより確実な話だ。それで、もし、ヨアティアがルー=フィンを殺したのなら……」

 タイオスは唇を噛んだ。

「俺はあいつの友としても、〈白鷲〉としても、ヨアティアの野郎をぶち殺してやらなきゃならん」

「なら、追うんだな」

「そういうことになる」

 〈白鷲〉はうなずいた。

「よし、それじゃ話は決まりだ」

 ジョードは指を弾いた。

「おい、何も決まってないぞ。俺はお前を連れて行くとは一言も」

「俺が町憲兵隊に話を聞いてくる。巧いことやるさ。盗賊を追ってった剣士の友人が帰ってこないんだが、何か騒動を聞いてないか、とかね」

「……追われた盗賊はお前だろうが」

「そんなの、町憲兵に判りっこないだろ」

 ジョードは片目をつむった。

「任せてくれよ、相棒」

「盗賊を相棒に持つ気なんざ、ない」

 苦々しくタイオスは返したが、ジョードはさっぱりしたように笑った。


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