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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第3話 異国 第1章
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05 文句あっか

「お前……」

「な、何だよ」

「――ルー=フィンは」

「え」

「まさか、あいつがお前なんかにやられるはずがないと思うが……」

 盗賊の衣服に目立つ赤黒いものが血であることは、戦士の目には明らかだった。しかし、まさかと思った。

「お、俺じゃない」

 ジョードは慌てて手を振った。

「俺が殺ったんじゃない」

「殺った、だと」

 タイオスはぎくりとした。

 殺したと。盗賊は、銀髪の剣士が死んだと言ったのか。

「青竜野郎か! クソっ」

 彼は思いきり、呪いの言葉を叫んだ。

「ち、ちが」

「じゃあ誰が! いいや、誰でもいい、ルー=フィンはどこだ!」

「わ、わかんねえ」

「ふざけてるのか、てめえ!」

 抜き身の剣を片手にタイオスは、ジョードの胸ぐらを強く掴む。

「待て、落ち着け、ヴォース」

「落ち着いていられるか!」

 タイオスは叫んだ。

「あいつは……〈シリンディンの騎士〉だぞ。そう簡単に死ぬもんか。俺ぁ、こうなってもいまだに神様のお力なんて胡乱に思うがな、あいつらはあいつらの神を信じてるし……あいつらには、守られるだけの価値があるんだ!」

「し、知らねえよ」

 戦士の剣幕に、ジョードは完全に血の気を引かせた。彼はタイオスとルー=フィンの間柄など知らず、シリンドルもシリンディンも知らない。突然、神がどうとか言い出した戦士に、ただ脅された以上の恐怖を覚えた。

「俺のせいじゃない! 仮面が」

「仮面だと」

 タイオスは歯ぎしりをした。

「出鱈目ばっか、言うんじゃねえ、ヨアティアにルー=フィンを殺れるはずが」

 ない、と言う前に彼は言葉をとめた。

 魔術師ではない「仮面の男」の、魔術のような技。タイオス自身、危ないところだった。当たらずに済んだのは、ただの運だ。

 あれがヨアティアであれ、違うのであれ。ああした魔術の前にはたとえ天才剣士でも。

「――クソっ」

 タイオスは再び、ジョードを突き飛ばした。

「とめるべきだったのか。行かせちゃならなかったのか。追わせなくても……宿を突き止めるくらい、こうして、できたってのに」

 結果的には、そういうことになる。だがあの時点で、タイオスにもルー=フィンにもそんなことの判るはずはない。繰り言だと、悔やんでも仕方のないことだと、彼自身思いながらも言わずにはいられなかった。

「どこだ、あいつはどこに」

 追及してタイオスは、唇を噛んだ。リダールの居場所も、吐かせなければならないのだ。

「クソ、どうしたら……」

「落ち着け、ヴォース」

 イリエードが繰り返した。

「何のために俺がいる。片方は俺に任せろ」

「あ、ああ」

 タイオスは友人を振り返った。

「すまん。頼む」

「アスト酒、追加な」

 笑ってイリエードは、指を三本立てた。

「そういう訳で、さっさと吐けよ、盗賊君。俺は気が長いが、こいつは短気だからな。何をされるか判らんぞ」

「てめえ」

 と友人を睨みながら、タイオスはジョードを絞め上げた。

「うげっ、や、やめ」

「やめてほしけりゃ、とっとと白状しろや!」

「してる、してるっての! ガキは俺が出るまでここにいたし、銀髪の兄ちゃんが倒れた屋上がどこだったかなんて、まじで覚えてねえんだっ」

「屋上? ちょっとばかし、本当っぽいな」

 どこそこの小路だなどと答えるより、盗賊らしい感じで信憑性がある。そんなふうに考え、タイオスは手を緩めた。

「『ちょっと』とか『ぽい』とか言うな! 本当なんだから!」

 必死でジョードは言った。ルー=フィンの居場所などごまかす理由はないし、リダールとミヴェルのことも、「居場所」を隠すのならばともかく、ここにいないいまでは隠すことでもない。

「俺だって! ミヴェルがどこに行ったのか知りてえよ! クソ」

 彼は毒づいた。

「ここで……俺はお払い箱かよ。そりゃあ、使い捨てだとは思ってたけどよ、まだだと思ってたし……だいたい、一言もないままなんてよ……」

 その言葉に戦士たちは顔を見合わせた。

「お前、置いて行かれたのか」

 つい同情的な口調でタイオスは尋ね、盗賊を解放した。

「気の毒そうに言うな!」

 声を裏返らせて、ジョードは返した。

「そうだよ! 置いて行かれたんだよ! 俺は使い捨ての駒の、けちな盗賊です! 文句あっか!」

「喚くなよ」

 タイオスは顔をしかめた。

「もうひと部屋を借りてるんだろ。そっちも調べよう」

「そんなことまで、知ってんのか」

「店側にばらされたくなけりゃ、超高級宿にでも泊まるんだな」

 ふん、とタイオスは鼻を鳴らした。

「お前もこい」

「言われなくても、行くさ」

 ジョードはタイオスの手を振り払った。

「言っておくが、逃げようなんて思うなよ。俺たちはふたりとも、玄人なんだからな」

「逃げ足なら俺こそが玄人だけどな」

 盗賊は唇を歪めた。

「でも逃げねえよ。いまはな。俺だって……どうなってるのか、知りたいんだ」

「よし、判った」

 その言葉にタイオスは、広刃の剣をしまった。

「そっちももぬけ(・・・)の殻という可能性は大きいだろう。それならそれで、次には『屋上』について思い出してもらうぞ」

 戦士が凄めば、盗賊は情けない顔をして、それから渋々とうなずいた。


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