05 文句あっか
「お前……」
「な、何だよ」
「――ルー=フィンは」
「え」
「まさか、あいつがお前なんかにやられるはずがないと思うが……」
盗賊の衣服に目立つ赤黒いものが血であることは、戦士の目には明らかだった。しかし、まさかと思った。
「お、俺じゃない」
ジョードは慌てて手を振った。
「俺が殺ったんじゃない」
「殺った、だと」
タイオスはぎくりとした。
殺したと。盗賊は、銀髪の剣士が死んだと言ったのか。
「青竜野郎か! クソっ」
彼は思いきり、呪いの言葉を叫んだ。
「ち、ちが」
「じゃあ誰が! いいや、誰でもいい、ルー=フィンはどこだ!」
「わ、わかんねえ」
「ふざけてるのか、てめえ!」
抜き身の剣を片手にタイオスは、ジョードの胸ぐらを強く掴む。
「待て、落ち着け、ヴォース」
「落ち着いていられるか!」
タイオスは叫んだ。
「あいつは……〈シリンディンの騎士〉だぞ。そう簡単に死ぬもんか。俺ぁ、こうなってもいまだに神様のお力なんて胡乱に思うがな、あいつらはあいつらの神を信じてるし……あいつらには、守られるだけの価値があるんだ!」
「し、知らねえよ」
戦士の剣幕に、ジョードは完全に血の気を引かせた。彼はタイオスとルー=フィンの間柄など知らず、シリンドルもシリンディンも知らない。突然、神がどうとか言い出した戦士に、ただ脅された以上の恐怖を覚えた。
「俺のせいじゃない! 仮面が」
「仮面だと」
タイオスは歯ぎしりをした。
「出鱈目ばっか、言うんじゃねえ、ヨアティアにルー=フィンを殺れるはずが」
ない、と言う前に彼は言葉をとめた。
魔術師ではない「仮面の男」の、魔術のような技。タイオス自身、危ないところだった。当たらずに済んだのは、ただの運だ。
あれがヨアティアであれ、違うのであれ。ああした魔術の前にはたとえ天才剣士でも。
「――クソっ」
タイオスは再び、ジョードを突き飛ばした。
「とめるべきだったのか。行かせちゃならなかったのか。追わせなくても……宿を突き止めるくらい、こうして、できたってのに」
結果的には、そういうことになる。だがあの時点で、タイオスにもルー=フィンにもそんなことの判るはずはない。繰り言だと、悔やんでも仕方のないことだと、彼自身思いながらも言わずにはいられなかった。
「どこだ、あいつはどこに」
追及してタイオスは、唇を噛んだ。リダールの居場所も、吐かせなければならないのだ。
「クソ、どうしたら……」
「落ち着け、ヴォース」
イリエードが繰り返した。
「何のために俺がいる。片方は俺に任せろ」
「あ、ああ」
タイオスは友人を振り返った。
「すまん。頼む」
「アスト酒、追加な」
笑ってイリエードは、指を三本立てた。
「そういう訳で、さっさと吐けよ、盗賊君。俺は気が長いが、こいつは短気だからな。何をされるか判らんぞ」
「てめえ」
と友人を睨みながら、タイオスはジョードを絞め上げた。
「うげっ、や、やめ」
「やめてほしけりゃ、とっとと白状しろや!」
「してる、してるっての! ガキは俺が出るまでここにいたし、銀髪の兄ちゃんが倒れた屋上がどこだったかなんて、まじで覚えてねえんだっ」
「屋上? ちょっとばかし、本当っぽいな」
どこそこの小路だなどと答えるより、盗賊らしい感じで信憑性がある。そんなふうに考え、タイオスは手を緩めた。
「『ちょっと』とか『ぽい』とか言うな! 本当なんだから!」
必死でジョードは言った。ルー=フィンの居場所などごまかす理由はないし、リダールとミヴェルのことも、「居場所」を隠すのならばともかく、ここにいないいまでは隠すことでもない。
「俺だって! ミヴェルがどこに行ったのか知りてえよ! クソ」
彼は毒づいた。
「ここで……俺はお払い箱かよ。そりゃあ、使い捨てだとは思ってたけどよ、まだだと思ってたし……だいたい、一言もないままなんてよ……」
その言葉に戦士たちは顔を見合わせた。
「お前、置いて行かれたのか」
つい同情的な口調でタイオスは尋ね、盗賊を解放した。
「気の毒そうに言うな!」
声を裏返らせて、ジョードは返した。
「そうだよ! 置いて行かれたんだよ! 俺は使い捨ての駒の、けちな盗賊です! 文句あっか!」
「喚くなよ」
タイオスは顔をしかめた。
「もうひと部屋を借りてるんだろ。そっちも調べよう」
「そんなことまで、知ってんのか」
「店側にばらされたくなけりゃ、超高級宿にでも泊まるんだな」
ふん、とタイオスは鼻を鳴らした。
「お前もこい」
「言われなくても、行くさ」
ジョードはタイオスの手を振り払った。
「言っておくが、逃げようなんて思うなよ。俺たちはふたりとも、玄人なんだからな」
「逃げ足なら俺こそが玄人だけどな」
盗賊は唇を歪めた。
「でも逃げねえよ。いまはな。俺だって……どうなってるのか、知りたいんだ」
「よし、判った」
その言葉にタイオスは、広刃の剣をしまった。
「そっちももぬけの殻という可能性は大きいだろう。それならそれで、次には『屋上』について思い出してもらうぞ」
戦士が凄めば、盗賊は情けない顔をして、それから渋々とうなずいた。