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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第3話 異国 第1章
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03 話にならん

「俺は、金さえ出してもらえば誰にでも情報を売るような連中とは違う。任務に対する姿勢は、どちらかと言えばタイオス、あんたに近いと思ってるよ」

「……俺は、金さえもらえれば誰にでも雇われるが?」

「よく言うよ」

 は、とティージは笑った。

「〈白鷲〉は報酬を受け取らなかったと聞いてる」

「どこから聞くんだ、そんなことを」

 顔をしかめて〈白鷲〉は呟いた。そんな話が知れ渡っているとは思えないのだが。

「さあね?」

 ティージは肩をすくめた。と、タイオスは素早く薄闇に足を踏み出すと、男の胸ぐらを掴んだ。

 いや、そのつもりだった。不意の突撃にティージは動じることなく、片足を軸に軽く身体を回転させただけで、戦士の手から遠ざかってしまった。

「乱暴は、なしだ。俺はあんたに伝言を持ってきただけなんだから」

「サングから、か?」

 こいつ、なかなかやるな――と思いながら、胡乱そうにタイオスは尋ねた。ティージは首をかしげた。

「そうとも言えるが、違うとも言う」

 意味不明な回答だ。タイオスは両腕を組んだ。

「おい。ふざけるのは大概にしろよ。俺は忙しいし、お前には腹も立ててる」

「ふざけていないし、腹を立てられる筋合いも、まあ、ちょっとはあるか」

 にやにやとティージは言い、タイオスはしばしそれを睨みつけたが、諦めたように息を吐いた。

「あんたを追った理由のひとつは、これだ」

 と、彼は小さな袋を差し出した。

「何だ?」

 受け取る前に、タイオスは尋ねた。ティージは笑って、袋を振る。銀貨の合わさる音がした。

「キルヴン伯爵閣下からだよ。必要経費って訳だ」

「じゃ、閣下に雇われてるのか、お前は」

 正直に言って有難い。タイオスはそれを受け取った。

「それは違う」

 男ははっきりと否定した。

「ここまではサング術師の仕事だと言い切ってもいいな。閣下からあんたへの支援があれば届けろ、とね」

「判らんな」

 タイオスは首を振った。「ここまで」がサングの仕事だと言うのなら、「その先」は違うということになる。だが、サングではないとも言っていない。

「それで。誰かさんからの伝言とやらは」

 戦士は次を尋ねた。

「〈柳と犬〉」

「は?」

「この先にある宿屋だ」

 ふたりの様子を黙って見ていたイリエードがそこで口を挟んだ。

「一流とは言えないが、まあ二流、中庸だな」

「……そこ(・・)、だとでも?」

「何が?」

 とぼけた顔で、ティージは尋ね返した。タイオスはいらっとする。

「伝言は、店名だけじゃあるまい! サングだか誰だか知らんが、伝言をきちんと話すのがお前の役目だろうが!」

「だから、伝えたさ。その宿屋に行ってみるんだな。じゃ」

「待て」

 踵を返すティージの腕を掴もうとしたタイオスだったが、男はするりと戦士の手をすり抜けた。

「俺もね、素人じゃないんだよ、戦士さん」

「この野郎」

 動きを読まれ、かわされた。思わずむっとし、彼はむきになってもう一度手を伸ばしかけた。だがそこで、うなって自制する。

「仕方ない。情報は情報だ。乗ってやるさ。ただし、条件がある」

「何だって?」

 ティージは顔をしかめた。

「俺は言うなれば、伝書鳩(ルワク)なんだぜ。条件だなんて的外れもいいところ」

「これ以上、俺を見張るな」

 相手の言葉を遮って、タイオスは言った。

「見張る? 何を言って……」

「いったいお前は、どこから湧いて出たんだ?」

 彼は続けた。

「カル・ディアよりは小さくても、リゼンだって狭くはない。ふらふら歩いて偶然、俺を見つられるもんかね。となると、お前は見張ってたんだ。いや、それとも」

 タイオスはどことも知れぬ空間を眺めた。

「やっぱり、サングなのか?」

 ずっと尾行をされていたとは考えづらい。町憲兵から逃げるために走り回りもしたのだ。だが魔術師ならば、彼がどこにいるのか把握できるのではないかと考えた。

「術師の考えについては、知らんよ。俺はただ、どこそこへ行って何々をしろと言われたら、報酬に応じてそれに従うだけで」

「じゃあサングが何を考えているか、聞き出してこい」

「何でそうなるんだ。俺にそんな義務はないし、いまはサング術師の依頼だとも、言ってないだろ」

「仮にサングだとすれば、協会の規定に触れない範囲で協力をしてくれているのかもしれん。だが、奴に利はない。いや、俺の気づかないところで何かしらの利があるなら、それでもかまわん。それならそれで、きちんと話を通せ。そう言っておけ」

「だから、サング術師だとは」

「なら、誰に雇われてる」

「内緒だね」

「話にならん」

 のらりくらりとかわす男をタイオスはこれでもかときつく睨みつけ、それから踵を返した。

「イリエード、案内してくれ」

「何だ。結局、行くのか?」

「一軒くらい増えたところで、大して手間は変わらない。たとえ」

「たとえ?」

「いや」

 何でもないとタイオスは手を振って、ティージをあとにした。

(たとえ罠だと、しても?)

(って……俺は何を考えてるんだ)

 浮かんだ考えが、奇妙だった。

(サングが俺をどんな罠にはめるってんだ?)

(それとも、サングじゃないなら……誰が、何のために)

 判らない。

 ティージにはやはり、プルーグと同じ臭いを覚えた。金のためだけではなく、彼なりの価値基準があるのかもしれなかったが、それでも「助けられることがあっても、絶対の味方ではない」相手。

 協力者、それとも逆、どちらにしても誰かがタイオスを〈柳と犬〉亭に行かせたいと思っている。それだけは確実。

 ならば乗ってやろう。

「しかし、妙な話だな、ヴォース」

 イリエードはタイオスを眺め、ティージを振り返り、またタイオスを見て首を振った。

「魔術師が関わっているにしても」

 言いながら彼は厄除けの印を切った。

「支援にしちゃ中途半端」

「俺もそう思う」

 タイオスは同意し、小道を出ると、足を止めた。

「イリエード。急ごう」

 彼は友人を促した。

「嫌な……感じがしてきた」


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