08 確認しておくんだな
左手で男を半ば引っ張り上げ、右手に剣を持ったまま、タイオスは怒鳴った。
「ど、どうもこうも。あの幌馬車のことを調べにきた奴がいたら、ちょいと痛い目を見せてやれって」
「何だと」
「先ほどの子供も仲間か」
この騒ぎに、一瞬は剣に手をかけたルー=フィンだったが、襲撃者がタイオスの敵ではないと判れば、彼に任せて周辺を見張っていた。
「いない。もう、逃げたようだな」
「くそ、やっぱり、銀貨のやり損だ」
タイオスは舌打ちをした。
「だが、当たり籤を引いたとも言える」
彼は襲撃者の示した馬のない馬車を見た。昼間に見たものと同じ型だ。こうなれば間違いなく、同じものだろう。
「お前にそんなたわけた依頼をしたのは誰だ? 仮面か」
「は、はあ?」
「じゃなけりゃ、ひょろ長い、濃い肌の」
「そ、そうそう」
こくこくと襲撃者はうなずいた。
「ジョードか」
タイオスはうなった。
「言え。そいつはどこにいる」
彼は凄んだ。
「報酬は、前金も多少はあるかもしれんが、多くはあと払いってな約束だろ? お前らみたいなのは、先に金をもらったらそれだけでとんずらしかねないからな」
落ち合う先があるはずだ、と戦士は決めつけた。
「吐け」
「そ、それは」
襲撃者はおどおどと、辺りを見回した。
「誰も助けになんかこねえよ」
タイオスは一蹴した。
「さっさと素直に言えば、いまのことは忘れてやる。時間がかかるようなら、俺の脇腹にできた打ち身と同じかそれ以上のもんをお前の顔面に」
「わ、判った! 言うから!」
賊は簡単に降参した。
「縞々鼠だ」
「何ぃ?」
「店の名前だよ!〈縞々鼠の楽しい踊り〉って酒場があって」
「ふざけた名前だ」
「俺のせいじゃない」
こんなことで怒られてもたまらないと思うのか、襲撃者は悲鳴のような声音で主張した。
「そこで、明日の早朝、会うことになってる。明け方までやってる店だから」
「縞々鼠か」
ふざけてる、とタイオスはもう一度言って、男を睨み付けた。
「いいか。もし出鱈目だと判れば、俺はお前を探すからな。見つけ出して、俺の打ち身以上の」
「ほ、本当だって!」
繰り返された脅しに、蒼白となって男は叫んだ。
「その酒場の場所は?」
ルー=フィンが問うた。
「店名だけでは困るな」
「南区、南区だ。いちばんでかい通り沿いに、〈勇者の像〉がある広場があって……」
もうこうなったら報酬もへったくれもないと思うのであろう、男はぺらぺらと道案内をした。ひと通り聞いて、道順を頭にたたき込むと、タイオスはよしと言った。
「今後は、金に釣られて仕事を受ける前に、内容をちゃんと確認しておくんだな。俺が心優しくなかったら、お前はいまごろ死体だぞ」
「へ、へへ、感謝してます、優しい旦那」
必死のおべっかに、戦士はにやりと笑った。
「そうだろうそうだろう。何しろ」
彼はぱっと手を放すと、抜き身の剣を左手に持ち替え、右手で男の脇腹を殴りつけた。
「うぐ」
予想外の一撃に、男は腹を抱えてうずくまった。
「やられたことをそのまま返すだけで、許してやるんだからなあ」
「……タイオス」
ルー=フィンは渋面を作った。
「何だよ」
「素直に話したのだから、そのまま解放してやればよいだろうに」
「いきなり殴られた俺の身にもなってみろ!」
愛用の胸当てがかばいきれない箇所に命中した打撃は、間違いなく、真紫のあざを作る。対してタイオスは、全力で殴った訳でもないし、優しいものだとやはり考えていた。
「よし、行くか」
そう言ってタイオスは踵を返した。そのときである。ゆらりと灯りが揺れた。
「ん?」
「そこの男! 剣を捨てろ!」
「は?」
「剣を持った男が暴れ回っていると知らせがあった。観念するんだな」
「げ」
厩舎の反対側から角灯を手に現れたのは、リゼンの町憲兵と思しき制服を着たふたり組だった。
「知らせだって?」
「さっきの子供だろう」
ルー=フィンが冷静に言い当てた。
「どうする」
「どうするったって」
殴っただけならただの喧嘩で済むが、斬りつけていなくても剣を抜いていたところを見られたのはまずかった。さっさとしまっていればよかったが、倒した男がもし応戦してきたら、などと用心深く考えたのが仇になったようだ。
〈尻を蹴られた馬のごとく〉逃げるか。ここはおとなしくして町憲兵に事情を話し、いっそリダール捜索の手伝いをしてもらうか。
前者は簡単、だが、あとがまずい。後者は正直、かなり無理がある。相手にされず、留置、罰金の可能性が高い。町憲兵隊長の判断によっては鞭打ちにまでなる危険性も。
「ええい」
タイオスは決断した。
「逃げる!」
言うなり彼は、ルー=フィンの返事を待たず、若者の手首を掴むと勢いよく走り出した。
「ま」
「待て!」
「待てるかっ」
中年戦士は、逃亡者としてはもっともな台詞を呟いた。
「おい、どうするんだ」
仕方なく一緒になって走りながら、銀髪の剣士は尋ねた。
「どうするったって」
彼はまた言って、渋面を作った。
「神様のご加護を祈れ!」