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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第2話 再会 第4章
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07 聞いてない

「馬番はどこだ?」

 厩舎が見えると戦士は人影を探した。

「帰っちまったかな。それにしても見張りやら緊急の出立に対応する小僧なんかがいるもんだが」

 と戦士がルー=フィンに説明をするように言ったとき、まるでそれを聞いていたかのように、裏から子供が姿を見せた。

「あー、おじさんたち、何?」

 これにタイオスがにやりとしたのは、どうやらルー=フィンも「おじさん」仲間に入ったようだったからだ。十になるならずの子供から見れば、二十歳だって容赦なくおじさんである。

 ルー=フィンは目をしばたたいたが、大人の態度を取って、抗議などはしなかった。

「おじさんたちは」

 わざわざルー=フィンもまとめてタイオスは繰り返した。これには若者も、じろりと戦士を睨んだ。

「今日、昼の内にリゼン入りした幌馬車を探してるんだ。ここで世話しちゃいないか、坊ず」

「さあ? どうだったかなあ?」

 子供はにやっと笑って、首をひねった。タイオスは顔をしかめると、銀貨を取り出す。

「これで思い出せるだろう」

「どうかなあ、もうちょっとで思い出せそうな気もするんだけど」

 にまにまと子供は返し、クソガキが、と思いながらタイオスは枚数を増やした。

「これ以上は出さんぞ。だいたい、お前を押しのけてその辺をのぞき込めば済むことなのに、丁寧に訊いてやってんだからな」

「了解、おじさん。それっぱかしで我慢するよ」

 生意気を言って子供は手を差し出した。タイオスはそこにラル銀貨を置く。

「それで、答えは?」

「あったよ、一台。おいら、案内しようか」

 気をよくしたように子供は提案した。

「案内料なんざ、出さんぞ」

「いいっていいって。特別サービスだよ」

 案内などされなくても裏を見るか厩舎の建物をのぞくかすれば充分だと言うのに、いや、そういうことを判っていながら、子供は言っているのだろう。下町の軽口だな、とタイオスは久しぶりの雰囲気を思い出した。

 最近は、伯爵閣下にその息子、その使用人、魔術師だの騎士だのと一風変わった連中とばかりつき合っていた。そのせいか、こうしたごく普通のやり取りが妙に新鮮に思える。

「あ、でも、ちょっと待ってて」

「何?」

「人に馴れない馬が一頭、いるんだ。外に繋いでたんだけど、おじさんたちにびっくりしたらまたなだめなけりゃならない。いま、そいつをしまってくるから」

「そうか」

 早くしろよ、などとタイオスが言えば、子供は任せてなどと返した。タイオスは苦笑する。

「何が可笑しいんだ?」

「いや、たくましいなと思ってな」

 もしかしたら、と彼はここで気づいた。いまの子供は馬番の小僧でも何でもなくて、何も知らない彼らをとっさに欺き、銀貨をせしめたのかもしれないな、と。

 と言うのは、こうした場所で手伝いをする子供は、金を得るには仕事をしなければならないと知っているからだ。馬をかいがいしく世話し、持ち主の機嫌をよくすれば、弾んでもらえることも多い。下手にせびり取るような真似をして、主人に告げ口をされたらクビにされることも有り得ると判っているはず。

 先ほどルー=フィンに解説したこともあって、タイオスは気軽に金を出してしまったが、しくじったかもしれない。子供は口から出任せを言っただけだったかも。

 ――というような話をルー=フィンにするのが面倒臭かったので、戦士は様子を見に行こうと若者を促した。ルー=フィンは首をひねったが、何も言わずについて行った。

「問題の幌馬車には、何の特徴もなかった。見ても『これだ』ってことにはならんかもしれんが、少なくとも明らかに違えば判る」

 いまひとつ頼りない発言をしながら、タイオスは厩舎の角を折れようとした。

 その瞬間、何が起きたものか、熟練の戦士ともあろうものが判らなかった。

 ぶん、と重いものが空を切る音がして、予測していなかった衝撃が彼の脇腹に襲いかかった。

「うご……っ」

 声というよりも音のようなものを発し、タイオスは身体を折り曲げた。

「なに、しやが……」

 彼が抗議の言葉を口にする間にも、二撃目がやってくる。長い棒が高々と振り上げられ、戦士の頭上に降ってこようとしていた。

「うおっ」

 反射的に身をよじり、タイオスは襲撃を避けた。だが横下方から、今度は反対側の脇腹が強く打たれた。

「な」

 げほっ、とタイオスは咳き込んだ。

「な、なん、誰、だ。何の真似」

 びゅん、と棒が風を切る。

「くそ」

 戦士は剣に手を伸ばした。これは、自衛だ。

 ガァン、と鈍い音がして、彼の剣によってまっぷたつにされた棒の上半分が、くるくると宙に躍った。

「追いはぎか!? 戦士を襲うたあ、いい度胸じゃねえか! きやがれ、てめえもまっぷたつにしてやる!」

 勢いに任せて物騒な台詞を吐き、タイオスは剣をかまえた。襲撃者は、動じた。それは二十歳そこそこの、見覚えのない若者だった。

「職業戦士だなんて、聞いてねえ!」

「何をう」

 ずい、とタイオスは一歩を踏み出した。

「聞いてない? 誰から何を聞いたって? 俺を」

 襲撃者は武器を目の前にしてへっぴり腰になり、びくびくと後退しようとしたが、逃げるのであれば踵を返して全力で走り去るべきだった。戦場であれば敵に背中を見せるなど危険なことだが、この場に限って言えば、タイオスとて後ろから斬り殺すまでのことはしない。追われて捕まるかもしれないが、運がよければ逃げられる。

 しかし、職業戦士には敵わないと最初から降伏している人間が、その隙を探して逃げ出そうなどとは、どだい無理な話だ。

 びくついた襲撃者を戦士が押さえつけるまで、時間はいらなかった。

「――俺を狙ったのか」

 通りすがりの誰かではなく、ヴォース・タイオスを。

「どういうことだ。言え!」


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