06 受けるべき罰を
「刑罰は町にもよるがなあ、意図的な殺害はたいてい、いちばん軽くても、強制労働所送りだ。悪くすりゃ絞首刑。お前だって死にたかないだろ?」
「それがの御心であるならば、死もやむかたなしと」
「あのな」
こほん、とタイオスは咳払いした。
「ハルにも何度も言ったがな、そういうのは狂信と言うんだ、狂信と。〈峠〉の神を信じるのはいいさ、何でもかんでも神様のお力です、でもかまわん。だが、お前が死んで、神様が喜ぶはずもなかろう?」
「そう言うが、タイオス」
ルー=フィンは首を振った。
「私は、罰を受けていないんだ」
「何」
「王陛下は私をお許しくださった。一度ならず彼に刃を向け、騎士を殺し、神の御心に、背いたのに」
「お前、まだ」
(引きずってるんだなあ……)
仕方のないことではある。まだ一年程度だ。しかし、とっとと忘れちまえばいいのに、とも思う。
そもそもヨアティア追跡に出ていることを思えば、あれらの出来事をちらとも忘れるはずはない。シリンドルを離れてからの日々はルー=フィンに何の益ももたらしていないのではないかと、中年戦士はふとそんなことを思った。
「だがよ……」
躊躇いがちに彼は呟いた。
「お前は、つらい目にも、遭ったのに」
そのほのめかしは、若者の顔をこわばらせた。
「ミキーナのことは」
静かな声音で、彼は死んだ――ヨアティアに殺された恋人の名を口にした。
「私への罰かと思ったことも、ある。だが、神女同然であった彼女に〈峠〉の神がそのようなことをするはずはないと考え直した。やはり、私はまだ受けるべき罰を受けていない――」
「馬鹿野郎」
彼は大きな手を上げると、ルー=フィンの後頭部をぴしゃりと叩いた。
「何をする!」
「お前が気にしてりゃ、ハルも気にするだろうが! クインダンやレヴシーもな!」
アンエスカの名前は入れてやらないことにした。
「傷跡は、容易には消えないさ。一生、消えないかもしれん。だが、それでもシリンドルのために生きることを決めたんだろ。……まあ、そそのかしたのは俺だが」
「選んだのは私だ」
ルー=フィンはあとを次いだ。
「生き恥をさらすことになっても、いや、いっそさらせと。そんなふうに言ったな、タイオス」
「……そうだっけっか?」
そんな心ないことを言っただろうか、と戦士は思い返してみたが、細かいことは忘れてしまった。
正直な中年戦士の呟きに、若い剣士は苦笑した。彼を動かした台詞を発した当人がそれを忘れているとは、と思ったのだ。
「私も、死に急ぐつもりはない。ただ、神の御意志であれば逆らわないと、そう言っているだけだ」
「だから、神様はお前を殺したがっちゃいないと、俺はそう言ってるんだ」
希死念慮はないようだが、罰が死でもかまわないと思っている。つまり、生への渇望もない。或いは、極端に薄い。タイオスにはルー=フィンがそう見えた。
(まずいな)
(ヨアティアを殺ったら、それはそれで、こいつは生きる気力をなくしちまうんじゃないか)
シリンドルのためにできることを探した結果が、この追跡行なのだ。無事に終えて凱旋する夢も持たず、使命のため、復讐のために、自分は処刑されてもいいなどと思っているのだとすれば。
「あー」
こほん、とタイオスは咳払いをした。
「何つったか、ほら、あれだ」
「どれだ」
「……ミキーナ」
再び発せられたその名に、ルー=フィンはぴくりとした。
「気の毒だったな、まじで」
改めて、彼はそう言った。
「彼女の墓なんかは、当然、シリンドルにあるんだろう?」
「ああ」
視線を落として、若者はうなずいた。
「そういうのの世話なんかは、身内がやるもんだな。お前以外に誰かいるか?」
「何が言いたい」
「早く帰ってやらんと、荒れ放題かも。可哀想だな。そう思うだろ」
うんうん、と戦士はうなずいた。故郷での弔い。弱い動機だが、引っかかりくらいにはなるはずだ。
「神殿の裏の墓場に入った。神官たちがきれいにするはずだ」
淡々とルー=フィンは返した。
「だがな」
タイオスは考えた。
「ヨアフォードの娘だった、ということが知れたら? 反逆者の娘の弔いなんぞ、誰もやってくれんかもしれんぞ」
「タイオス」
「何だ」
「もう一度、決闘を申し込まれたいか?」
「いや、待て。落ち着け」
ルー=フィンが剣の柄に手をかけたので、タイオスは慌てて両手を上げた。ルー=フィンが言うと冗談に聞こえないから怖ろしい。
「あのな、俺はそんなことを言いふらす気なんかないし、ミキーナを侮辱する気もない」
本当に剣を抜かれてはたまらない。早口で彼は言った。
「お前を待ってる奴がいるなんて言っても、野郎ばっかだろ。華のあるところを選びたかったんだよ。まあ、結果的には妙なことを口走っちまったが」
タイオスは、こほんと咳払いをした。
「俺はな、お前に、必ず帰ると言わせたかっただけだ」
「――私に?」
「お前はシリンドルに必要だ。そう言ったろ?」
これは覚えてる、と戦士は胸を張った。ルー=フィンは息を吐いて、剣の柄から手を放した。
「健忘症でなくて何よりだ。そんな〈白鷲〉ではあまりに情けない」
「あのな」
散々、馬鹿にされている気がする。むしろ自分の方がルー=フィンに決闘を申し込むべきではないのか、などとタイオスは思ったが、これはもちろん冗談の域を出ない。
「私は……考えた」
「ん?」
「彼女は死して、前神殿長とともに、いるのだと」
静かに若者は言った。タイオスは反応に困った。
「そりゃ、何つったらいいか」
「私が勝手に思っていることだ。同意も反論も不要。真実など、判らぬのだしな」
実に冷静にルー=フィンは手を振った。
「彼は罪人だが、彼女にとっては尊敬する主であり、父親同然だった。実際に、父親だったのかもしれない。だから、思うのだ。せめて……」
そこで彼は言葉を切る。そうか、とタイオスは思った。
(若いのに冷静な奴だが)
(努力して、その冷静さを保ってるんだな)
哀しんで憤って暴れ回っても誰も彼を責めなかっただろうに、当時のルー=フィンはそれを最小限にとどめた。
彼とて死んだ神殿長を父とも思い、尊敬と親愛を抱いていたのだ。父と恋人を同時に亡くした自分の不幸を嘆く代わりに、せめて彼らが冥界への道行きをともにしたと考えて、理性を保っていたのか。
(実に、理性的だ。見ようによっちゃ冷淡と言えるくらいに)
(だがこいつは、感情を抑制してるんだな。爆発させないようにしてる)
(つまり、怒りと憤りはまだこいつのなかにあるんだ。そのための、ヨアティア追跡)
「まあ、あれだ」
彼は言葉を探した。
「片をつけて、さっさと帰る方向で、検討しとけ」
タイオスは無理に話をまとめた。ルー=フィンは何も答えなかった。
「ええと、黄色い看板の裏……あれだな」
教わった目印を見つけると、タイオスはそれを指して話題を打ち切った。ルー=フィンも見つけると、ただうなずいた。
「さ、当たり籤が引けるよう、幸運を祈ろうぜ」
戦士は呟いて、賭けごとの神マキラーラの印を切った。若者は倣わなかった。無論、彼が祈るのであればそれは〈峠〉の神であり、神にはそんな形で幸運を願いはしないからだ。