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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第2話 再会 第4章
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06 受けるべき罰を

「刑罰は町にもよるがなあ、意図的な殺害はたいてい、いちばん軽くても、強制労働所送りだ。悪くすりゃ絞首刑。お前だって死にたかないだろ?」

「それがの御心であるならば、死もやむかたなしと」

「あのな」

 こほん、とタイオスは咳払いした。

「ハルにも何度も言ったがな、そういうのは狂信と言うんだ、狂信と。〈峠〉の神を信じるのはいいさ、何でもかんでも神様のお力です、でもかまわん。だが、お前が死んで、神様が喜ぶはずもなかろう?」

「そう言うが、タイオス」

 ルー=フィンは首を振った。

「私は、罰を受けていないんだ」

「何」

「王陛下は私をお許しくださった。一度ならず彼に刃を向け、騎士を殺し、神の御心に、背いたのに」

「お前、まだ」

(引きずってるんだなあ……)

 仕方のないことではある。まだ一年程度だ。しかし、とっとと忘れちまえばいいのに、とも思う。

 そもそもヨアティア追跡に出ていることを思えば、あれらの出来事をちらとも忘れるはずはない。シリンドルを離れてからの日々はルー=フィンに何の益ももたらしていないのではないかと、中年戦士はふとそんなことを思った。

「だがよ……」

 躊躇いがちに彼は呟いた。

「お前は、つらい目にも、遭ったのに」

 そのほのめかしは、若者の顔をこわばらせた。

「ミキーナのことは」

 静かな声音で、彼は死んだ――ヨアティアに殺された恋人の名を口にした。

「私への罰かと思ったことも、ある。だが、神女同然であった彼女に〈峠〉の神がそのようなことをするはずはないと考え直した。やはり、私はまだ受けるべき罰を受けていない――」

「馬鹿野郎」

 彼は大きな手を上げると、ルー=フィンの後頭部をぴしゃりと叩いた。

「何をする!」

「お前が気にしてりゃ、ハルも気にするだろうが! クインダンやレヴシーもな!」

 アンエスカの名前は入れてやらないことにした。

「傷跡は、容易には消えないさ。一生、消えないかもしれん。だが、それでもシリンドルのために生きることを決めたんだろ。……まあ、そそのかしたのは俺だが」

「選んだのは私だ」

 ルー=フィンはあとを次いだ。

「生き恥をさらすことになっても、いや、いっそさらせと。そんなふうに言ったな、タイオス」

「……そうだっけっか?」

 そんな心ないことを言っただろうか、と戦士は思い返してみたが、細かいことは忘れてしまった。

 正直な中年戦士の呟きに、若い剣士は苦笑した。彼を動かした台詞を発した当人がそれを忘れているとは、と思ったのだ。

「私も、死に急ぐつもりはない。ただ、神の御意志であれば逆らわないと、そう言っているだけだ」

「だから、神様はお前を殺したがっちゃいないと、俺はそう言ってるんだ」

 希死念慮はないようだが、罰が死でもかまわないと思っている。つまり、生への渇望もない。或いは、極端に薄い。タイオスにはルー=フィンがそう見えた。

(まずいな)

(ヨアティアを殺ったら、それはそれで、こいつは生きる気力をなくしちまうんじゃないか)

 シリンドルのためにできることを探した結果が、この追跡行なのだ。無事に終えて凱旋する夢も持たず、使命のため、復讐のために、自分は処刑されてもいいなどと思っているのだとすれば。

「あー」

 こほん、とタイオスは咳払いをした。

「何つったか、ほら、あれだ」

「どれだ」

「……ミキーナ」

 再び発せられたその名に、ルー=フィンはぴくりとした。

「気の毒だったな、まじで」

 改めて、彼はそう言った。

「彼女の墓なんかは、当然、シリンドルにあるんだろう?」

「ああ」

 視線を落として、若者はうなずいた。

「そういうのの世話なんかは、身内がやるもんだな。お前以外に誰かいるか?」

「何が言いたい」

「早く帰ってやらんと、荒れ放題かも。可哀想だな。そう思うだろ」

 うんうん、と戦士はうなずいた。故郷での弔い。弱い動機だが、引っかかりくらいにはなるはずだ。

「神殿の裏の墓場に入った。神官たちがきれいにするはずだ」

 淡々とルー=フィンは返した。

「だがな」

 タイオスは考えた。

「ヨアフォードの娘だった、ということが知れたら? 反逆者の娘の弔いなんぞ、誰もやってくれんかもしれんぞ」

「タイオス」

「何だ」

「もう一度、決闘を申し込まれたいか?」

「いや、待て。落ち着け」

 ルー=フィンが剣の柄に手をかけたので、タイオスは慌てて両手を上げた。ルー=フィンが言うと冗談に聞こえないから怖ろしい。

「あのな、俺はそんなことを言いふらす気なんかないし、ミキーナを侮辱する気もない」

 本当に剣を抜かれてはたまらない。早口で彼は言った。

「お前を待ってる奴がいるなんて言っても、野郎ばっかだろ。華のあるところを選びたかったんだよ。まあ、結果的には妙なことを口走っちまったが」

 タイオスは、こほんと咳払いをした。

「俺はな、お前に、必ず帰ると言わせたかっただけだ」

「――私に?」

「お前はシリンドルに必要だ。そう言ったろ?」

 これは覚えてる、と戦士は胸を張った。ルー=フィンは息を吐いて、剣の柄から手を放した。

「健忘症でなくて何よりだ。そんな〈白鷲〉ではあまりに情けない」

「あのな」

 散々、馬鹿にされている気がする。むしろ自分の方がルー=フィンに決闘を申し込むべきではないのか、などとタイオスは思ったが、これはもちろん冗談の域を出ない。

「私は……考えた」

「ん?」

「彼女は死して、前神殿長とともに、いるのだと」

 静かに若者は言った。タイオスは反応に困った。

「そりゃ、何つったらいいか」

「私が勝手に思っていることだ。同意も反論も不要。真実など、判らぬのだしな」

 実に冷静にルー=フィンは手を振った。

「彼は罪人だが、彼女にとっては尊敬する(あるじ)であり、父親同然だった。実際に、父親だったのかもしれない。だから、思うのだ。せめて……」

 そこで彼は言葉を切る。そうか、とタイオスは思った。

(若いのに冷静な奴だが)

(努力して、その冷静さを保ってるんだな)

 哀しんで憤って暴れ回っても誰も彼を責めなかっただろうに、当時のルー=フィンはそれを最小限にとどめた。

 彼とて死んだ神殿長を父とも思い、尊敬と親愛を抱いていたのだ。父と恋人を同時に亡くした自分の不幸を嘆く代わりに、せめて彼らが冥界への道行きをともにしたと考えて、理性を保っていたのか。

(実に、理性的だ。見ようによっちゃ冷淡と言えるくらいに)

(だがこいつは、感情を抑制してるんだな。爆発させないようにしてる)

(つまり、怒りと憤りはまだこいつのなかにあるんだ。そのための、ヨアティア追跡)

「まあ、あれだ」

 彼は言葉を探した。

「片をつけて、さっさと帰る方向で、検討しとけ」

 タイオスは無理に話をまとめた。ルー=フィンは何も答えなかった。

「ええと、黄色い看板の裏……あれだな」

 教わった目印を見つけると、タイオスはそれを指して話題を打ち切った。ルー=フィンも見つけると、ただうなずいた。

「さ、当たり籤(ルーラ)が引けるよう、幸運を祈ろうぜ」

 戦士は呟いて、賭けごとの神マキラーラの印を切った。若者は倣わなかった。無論、彼が祈るのであればそれは〈峠〉の神であり、神にはそんな形で幸運を願いはしないからだ。


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