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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第2話 再会 第4章
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05 片っ端から

 リゼンの町。

 たどり着いたはいいが、どこから探せばいいものか。

「そりゃあ、カル・ディアに比べりゃ小さな町だけどな」

 タイオスは頭をかいた。

「南からきた小さな幌馬車ひとつ、情報屋(ラーター)を見つけたって知ってるかどうか」

「必ず見つかる」

 ルー=フィンは淡々と言った。タイオスはちらりと若者を見る。

「それは、神の思し召しで、か?」

「そのようなところだ」

 何も間違ったことなど言っていない、という顔でルー=フィンは〈銀白〉から下り、馬をねぎらった。

「よい厩舎を探そう。間違っても、盗人などを入れぬような」

「嫌味を言うな、嫌味を」

 タイオスは顔をしかめた。

「俺が盗もうとして連れたんじゃないってのに……」

 ぶつぶつと戦士は言ったが、若者は聞いていないようだった。

「宿屋が併設してるところがいいだろう。宿泊客の信頼を失って悪い評判が立つようじゃまずいから、管理には厳しいはずだ」

 気分を切り替えて戦士が言えば、若者は任せると返した。

「そこの。坊ず」

 彼は通りすがりの子供を呼び止めた。

「厩舎つきの宿屋をいくつか教えてくれ」

 ちらりと銀貨を見せれば、子供はうなずいて、ふたつの店の名と場所を彼らに教えた。

「ん?」

 タイオスが振り返れば、ルー=フィンは不思議そうな顔をしていた。

「金を?」

「ああ?」

「金を払ったのか」

「ああ、そうだが」

「何故?」

「何故って、お前」

 うーんと戦士はうなった。

「手っ取り早いからだよ」

 彼はそう説明した。

「ただで話すガキもいる。大人でもな。だが、別に忙しい訳でも何でもないのに他人の言葉を無視する奴もいる。そういうのでも、小金を見せりゃ引き留められる。話が早い。それだけだ」

「そういうものなのか……」

「シリンドルじゃ、誰も彼も親切だもんなあ」

 タイオスは苦笑した。

「お前さんはもとから、いくらか他国を知ってただろうに」

「誰かしら、神官が随行したものだった。判らないことは神官に訊けば済んだ」

 少し言い訳するようにルー=フィンは言った。

「この旅路で学んだことも、多いが」

「情報屋を使うやり方は覚えてたじゃないか」

 コミンの町の〈痩せ猫〉のことを思い出してタイオスは言った。

「あれと同じようなもんだよ。そりゃ、いまのガキはそれを仕事にしてる訳じゃないが、簡単なことを話すだけで小遣いがもらえるなら運がいいと思うだろ」

「そういうものか」

 ルー=フィンは繰り返したが、どこか釈然としないようだった。

「まあ、お前はお人好しばかりのシリンドルのなかでも、苦労の少ない生活をしてきたからなあ」

 思わずタイオスが言えば、ルー=フィンは複雑な顔を見せた。以前は、ヨアフォードの庇護を堂々と受けていた彼だったが、いまとなってはいろいろと思うところもあるはずだ。余計なことを言ったようだな、とタイオスは肩をすくめた。

「さ、余程の高級宿でなけりゃどこでもいい。空いてる厩舎を見つけたら、交渉と行こう」

 早くリダールを探しに行きたいものの、馬を放ってもおけない。馬がいたから夜中になる前にたどり着くことができたのだが、便利と不便は表裏一体である。

「可能性は低いが、情報屋を当たるかね」

 無事に馬を預けると、タイオスはリゼンの町を見回した。

「ああ、厩舎を片っ端から、って手もあるな。今日、幌馬車がどれだけ着いたかは知らんが」

 大きな隊商であれば町壁の外に馬も馬車も置いたままでそのまま寝泊まりし、買い物など用事のためだけに町入りするということも多い。厩舎を利用するのは、馬の見張りを立てられない少人数の隊商か、あとはやはり、ひとりふたりで旅をしている者だ。南門近くからしらみつぶしに当たれば案外あっさりと見つかるのではないかとタイオスは考えた。

 そこで彼は、まず自分たちが利用した厩舎の馬番に尋ねてみた。まさかそこで当たることはなく、今日の客はタイオスらでふた組目、もうひと組はひとり旅だったと返ってきた。

「実は、この町で待ち合わせをしてるんだ。だが、待ち合わせの店の名前を忘れちまってな、向こうも今日着くことは間違いないんで、片っ端から幌馬車を探してみようと思ってるんだが」

 戦士は適当なことを言った。

「カル・ディアからの荷馬車がよく使うようなところはあるかい」

 その話を不自然に思ったとしても、彼のことを間抜けな戦士だと思ったとしても、馬番は一軒の宿を教えてくれた。そこでは幌馬車ごと馬を預かって、馬の世話のみならず馬車もきれいに洗う商売をしているとのことで、タイオスはそこから向かってみることにした。

「奴らにゃ、金はあるんだろうからな」

 貴族から子供たちの身代金をせしめたのだ。

「そんなサービスがあるなら、使うだろう。意外と簡単に当たり(レグル)を引いたかもしれん」

 先ほど思ったことを口に出し、タイオスは片目をつむった。戦士の気楽な調子とは裏腹に、銀髪の若者は真剣な顔をしていた。

(やれやれ。気を張ってるようだな)

(ヨアティアがいるかもしれんとなりゃ、当然か)

 ルー=フィンは死んだ神殿長の息子を追ってきた。ヨアティアは、逃げ出しさえしなければ、シリンドルで生きる道もあっただろう。逃げ出したら逃げ出したで、そのままシリンドルに近寄らなければ、彼らはヨアティアを放っておいたはずだ。

 だが恨み言のような手紙を繰り返し、新しい神殿長に害を与えるような文面も送ってきたと言う。空言(からごと)と判断する向きもあったが、ルー=フィンはヨアティアを探すことを選んだ。

 探して、どうするのか。それを確認したことはなかったが、まさか話し合いでもあるまい。

 シリンドルの未来を憂うだけではない、ルー=フィンはヨアティアに、個人的な恨みも、持っている。

「なあ、ルー=フィン」

「何だ」

「一応、言っとくが。町んなかでの殺しってのは、やばいんだからな」

 この剣士はかつてコミンの町で、一刀のもとに春女を斬り殺した前歴がある。彼が捕まっていないのは、たまたまだ。

「まあ、あのときはヨアティアの命令だったんだろうが」

「確かに、その通りだ」

 ルー=フィンはうなずいた。

「だが、彼に全ての責任を転嫁はしない。私もそれが正しいと思ったから、従った」

 あのときのルー=フィンは、〈白鷲〉と呼ばれる男を殺し、ハルディールを殺すことが、正しいシリンドル――ヨアフォードの王国支配への道だと信じていた。そのことを否定するつもりはない、と若者は言ったのだ。

(ここで「そんなつもりじゃなかった、命令だったから仕方なく」とか何とか、しどろもどろ言い訳すりゃあ、可愛げもあるってのに)

(相変わらず、可愛くねえな)

「いまでも」

 静かにルー=フィンは続けた。

「そうするべきであれば、躊躇う必要はないと考えている」

「いや、必要は、ある」

 タイオスは主張した。


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