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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第2話 再会 第4章
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04 やっちゃってくださいよ

 次にはあの戦士を殺す、という仮面男の物騒な台詞を実現に近づけるために自分があちこち走り回るのは理不尽だ、と盗賊は思った。

(殺るならちゃっちゃと殺ればいいものを)

 リダールは最初こそ「自分が直接タイオスに手紙を渡す」と言って聞かなかったが、ジョードの懸命の説得によって、彼に託すことを承知した。

「そうですね」

 神妙な顔で少年は言ったものだ。

ジョードさん(セル・ジョード)は立場上、ぼくとタイオスを会わせる訳にはいかないですよね」

 何故、そこで納得するのか。納得してくれてジョードは助かったのだが、果たしてあの子供は賢いのか馬鹿なのか、盗賊はさっぱり判らなかった。

 彼らはリゼンの町で宿を取り、ふた部屋を借りた。ひとつは仮面男が使い、残りがひと部屋に同衾だ。

 〈幻夜の鏡〉でもミヴェルと同じ部屋に寝たことはあったし、リダールも目を覚ましたままでいるから、思春期の少年のようにどぎまぎしたりはしない。むしろ、年頃の少年がミヴェルにおかしなことを考えないかと、保護者のように危惧するくらいだ。

 もっとも、リダール少年を見ていれば、女に乱暴をはたらく心配があるとはとても思えない。手紙を書き終えた少年と彼女をふたりにして、ジョードは仮面男の部屋へ向かった。

 幸か不幸か宿は混雑していて、彼らの部屋は隣り合わせではなかった。盗賊は廊下を歩いて、数室離れた目的地へ向かう。

(あれからあいつが追いついてくる気配はなかった)

(ってことは、馬が怪我でもしたんだろう)

 ジョードは正しいところを推測した。

(あいつの運がよくて荷馬車でも通りかかったとしたら、夕刻には着く。そうじゃなけりゃ夜半か)

 いつやってくるか判らない戦士に手紙を渡すなど、はなから計画に無理があるような気もする。地道に南門を見張っていればいいのだが、やるとしたらジョードだろう。正直に言えば面倒臭い。

 彼は魔術師にどうにかしてもらおうと考えた。

「すんません、ちょっと話が」

 無造作に扉を開けたジョードは、ぎょっとした。

「――戸くらい、叩け!」

 怒ったように叫んだ仮面の男は、慌てて手を伸ばし、外していた仮面を顔につけた。

 だがジョードは見た。その素顔の――。

「見たか」

「えっ、あっ、いやいやいや!」

 彼はぶんぶんと手を振った。

「見てないっす。てか、見えなかったっすよ、なんも」

 嘘をつくなど、お手の物だ。盗賊はさらりと言ったが、男はいくらか疑うように彼を見ていた。と言っても、仮面を着けてしまっては、その表情はよく判らなかったが。

(……見た)

 内心で、彼は思った。

(こりゃひでえ、傷跡だ。いや、傷跡なんてものじゃない)

(傷口が膿んで……腐ったか)

 赤黒くぼこぼことした肌は、人間のものとは思えなかった。ジョードが反射的な声を上げずに済んだのは、たまたまだ。

(確かにこれなら、仮面の方が見ていられる)

 見慣れてしまえば全く気にならなくもなるだろう。だがそうなるまで、ぎくっとしてしまうことはおそらく避けられない。

「何の用だ」

 うなるように仮面は尋ねた。

「それがですね」

 何でもないふうをどうにか装って、ジョードはリダールの封書をひらひらさせた。

「タイオスは追ってくるでしょうけど、いつくるか判らないでしょ。仮面殿のお力をお貸しいただければなあと」

「お前が街道を見ていればよい」

 すげない返答がやってきた。今度はジョードがうなる。

「そう言わんでくださいよ。リダールを見張るのがミヴェルだけになって、それで逃がしちゃったらまずいっしょ」

「あの子供は、逃げない」

「まあ、そんな感じっすけどね」

 ううん、とジョードは両腕を組んだ。

「機会を狙っておとなしくしてるだけかもしれないっすよ」

「自分からついてきたのにか?」

「でも、あれを見てたでしょ、ほら」

 盗賊は腕をほどいて、ぱちんと手を合わせた。

「『タイオス、タイオス』って。戦士がやってきたことで、気が変わってるかも」

「む……」

 仮面は考えるように少し黙った。

「私が見ていよう。こちらに連れてこい」

「あ、そうすか」

 ミヴェルとは、やり取りが成立しなくても何やかやと喋っているリダールだが、この仮面にも同じようにするのだろうか。そう思うとジョードは少し笑ってしまった。

「何が可笑しい」

「いや。いやいや」

 何でもないです、とジョードは頭をふるふる振った。

「でもそれじゃ、タイオスを見つけるのを手伝っちゃくれないんですか。その」

 奴を殺したいのはあんたでしょ、というような台詞は、あまり堂々と言いたくなかった。

「用事が、あるんでしょ」

「ふん、用事か」

 仮面は笑った。

「できればさっさと、俺がこの手で殺してやりたいが」

 きゅっと男は拳を握った。

「エククシアが、まだあれを殺すなと言う。仕方がない」

 むっつりと仮面は言った。

 昼間は殺す気満々だったくせに、と呆れかけてからジョードは気づいた。

 あのあとで、仮面は騎士から注意を受けたのだ。エククシアはジョードの前に姿を見せていないが、ライサイの力で魔術師のように現れたり消えたりする。もしかしたらこれまた魔術師のように、面と向かって話さなくても意志を通じ合えるのかもしれない。

まだ(・・)、ですか」

 ジョードはそこを繰り返し、またかと思った。

 彼らは、リダールを殺すために連れているらしい。意味は判らないし、少年のことは気の毒にも思うが、とりあえず彼には関係のないことだ。

 タイオスのことも同じなのだろうか。

(追わせてどうすんのかねえ)

(……結局、連れて行こうってことなのか?)

 盗賊は考えたが、自分の内に浮かんだ答えの意味もやっぱり判らなかった。

「殺しはしない。ただし、いくらかの怪我を負わせるくらいならかまわないと言われている」

「怪我」

「お前は、そうだな。手紙を餌に、あの男を振り回せ」

「……もう少し、具体的にお願いしてもいいすか」

 軽く挙手などして、ジョードは頼んだ。

「俺は逃げ足になら自信ありますけどね、逃げつつ追わせるなんて芸当はやったことがないし、捕まったら元も子もない」

 それに、と彼は続けた。

「振り回してどうするんですか。いつまでも追いかけっこしてろってんじゃないでしょ」

 そうしろと言われたって無理ですけど、と盗賊は肩をすくめた。

「俺よりやっぱ、仮面殿がどうにか」

 曖昧にジョードは言って、仮面の男の様子をうかがった。

「ほら、町んなかでやっちゃならんのは、人を傷つけるような魔術だけなんですよね、確か」

 彼は魔術師の知り合いなどおらず、聞きかじりなのだが、剣を抜いての喧嘩が厳しく罰せられるように、魔術師の術にも制限があることは知っている。

「だから、ちょっと足止めをするとか、たとえば方向を判らなくさせちまうとか、そういうことなら仮面殿の方が向いてるでしょ」

 仮面の男が魔術師だと考えたままのジョードはごまをするようにしながら言った。仮面は押し黙った。

「やっちゃってくださいよ」

 ジョードは押した。

「そうだ。死なせなければ怪我させてもいいってことは、町の外ならいろいろやれますよね。おびき出すか……それともやっぱり、待ち伏せてればいいんじゃ」

 ほらほら、とジョードは仮面を乗せようとしたが、彼は立ち上がる気配すら見せなかった。

「やるならお前がやるといい、盗賊」

「だから……どうやって」

「町のなかでも外でもいい。後ろから忍び寄ってぶすりと刺すなど、お手の物だろう」

「俺はそういうタイプの盗賊じゃないんですけど」

「もっとも、あれを殺すのは俺だ。刺しても死なせるな」

「刺す気はないですって」

「話は終わりだ」

 仮面は手を振った。出て行けという訳だ。ジョードはうなった。

(何なんだよ)

(最初の契約は、誘拐の実行と、さらったガキの見張り。今回は、ミヴェルと一緒にガキを北へ連れて行くってだけだろ)

(俺は用心棒じゃないんだぜ)

 そういうのこそ、戦士の役割である。彼らが護衛を欲するのなら、盗賊ではなく戦士を雇えばいいのだ。

(まあ、それだと俺はお払い箱だから、それはそれで困るんだが)

 そんなことを考えながら、ジョードは仮面男の部屋を出た。

 結局のところ、仮面も明確な指示を受けてはおらず、どこまで何をしていいのか把握できていないのではないか。盗賊はそう判断した。

(あいつを殺さず、振り回す)

(追ってこられてもかまわないが、怪我でもさせて、少し距離は取りたい)

(そういうことでいいんかな)

 ジョードはまとめると、考えを進めた。

(――そうだ)

(金なら少しもらったんだし、俺がちんぴらを雇ってもいいな)

 それはとてもよい考えに思えた。自分が危険を冒さずに済み、なおかつ、雇い主の気分も味わえる。

(よし、ちょっと夜のリゼンを巡ってみっか)

 そう決めるとジョードは、ミヴェルに話をしてから外へと出て行った。


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