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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第1話 護衛 第1章
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08 ご期待には、添いたいと

 報酬は適正価格と言い、大まかな話は済んだ。即ち、リダールの誘拐を阻止して一千、悪党どもの捕縛に協力して五百、ロスムの企みまで暴けたら更に五百。食事と宿は提供され、必要経費は別枠だ。

 金貨二枚相当。彼はこうした依頼を受けたことがなかったが、難易度を思えばこんなところだろうと思った。

 もっとも、本当に五日で済めば破格である。ちなみに、いつぞやの、金貨三百などという依頼は異常だ。

 しかしこの様子から考えると、もう少しふっかけ直すもやぶさかではなかった。十八の若者の補佐と深窓の姫君の護衛では請負価格に差があって当然だ。

「作戦はどうなってる」

 タイオスは尋ねた。

「囮と言うからにゃ、金持ちの息子が無防備にお出かけすることを喧伝してる訳だろう」

「はあ、おそらく、そのようなところです」

「『おそらくそのようなところ』じゃない。詳細は」

「ロスム閣下が手はずを整えてくださっているので」

「任せきりか」

「ぼ、ぼくに何ができますか」

「知るかよ、お前な」

 タイオスは一喝しかけたが、自制した。

(いかんいかん)

(姫様だと思え)

「お前の親父が政敵と折衝する予定だ。それが調ったら、それじゃ俺が話を聞いてくるしかないな」

 今後のことはどうやら訊けそうにない。タイオスは前のことを尋ねることにした。

「どういう話の流れだったんだ。それから、エククシアについて教えてくれ」

「エククシア殿は」

 ぱっとリダールは顔を輝かせた。

「格好いい方です」

「……はあ」

 今度はタイオスがそう言った。

「〈青竜の騎士〉殿。姫君方にも、評判が高いんですよ」

「色男なのか」

 顔がよくて、しかも騎士。何だか理不尽だ、という気分になった。

「ええ。ですが浮き名を流すようなことはなく。騎士という称号に相応しい、禁欲的な方のようです」

「お前な」

 キルヴンは息子に何も話していないのだろうか。タイオスは顔をしかめた。

「ロスムとお前の父親の関係は、判ってるよな?」

 彼はそこからはじめた。リダールは目をしばたたいた。

「父上と同じ年に生まれ、同じ年に爵位を継ぎ、結婚も同じ年、第一子誕生に至っては日にちまで全く同じだったという、実に縁の深い」

「うんうん」

「ご友人です」

 少年は答え、タイオスはがっくりと肩を落とした。

 伯爵ふたりは、もちろんと言おうか、つかみ合いの喧嘩もしなければ判りやすいいがみ合いもしないだろう。しかし互いを政敵と考えている。少なくともキルヴンはそう言ったし、ロスムがキルヴンの息子を囮にと言ったというのが事実なら、向こうだって好意を持っているとは思えない。

 「父上のご友人」が自分を危険な目に遭わせようとしている。いや、それ以上のことを企んでいるかもしれない、などとは、このお坊ちゃんは夢にも思っていないようだ。

(ハルだって、「父王の補佐役」が反旗を翻すとは思ってなかっただろうが、ありゃ、ヨアフォードの方が巧かったんだ)

(ロスムは反感を隠している様子でもないし)

(ヨアフォードがそんな男だったら、前王様はもとより、ハルも警戒してただろうよ)

 比較するべきではないと思うが、つい比べてしまう。

 何だか、キルヴンがハルディールを守ろうとした気持ちが判るようだった。彼もまた、あの少年王子に「理想の息子」の影を見てしまったのではないか。

「あー。あのな、リダール」

 どう言ったものか、戦士は頭をかきむしった。

「それは縁と言うんじゃない。むしろ」

 彼は言葉を探した。

「因縁」

「はい?」

 少年は目をしばたたいた。機微は通じなかったようだ、とタイオスは息を吐く。

「それじゃ、もっと簡単に言おう。ロスムはキルヴン閣下が嫌いだ。キルヴン閣下も同じ」

 彼は子供に対するように、判りやすい表現を選んだ。

「たとえ傍目には仲がよさそうに見えても、そうじゃない」

「どうしてそんなことを」

 リダールは眉をひそめた。

「どうしてもこうしてもない。だからお前が囮になんかされるんだ」

「ロスム閣下は、ぼくにはきっとその勇気があるはずだと言ってくださいました」

 はにかむようにリダールは答えた。

「それは」

 皮肉だ。どう考えたって。

「なあ、リダール」

「はい?」

「お前は、ロスムが『リダールには勇気がある』と思うような行動を取った記憶があるか」

「特には、ありませんけれど……」

「で、自分ではどう思う。勇気は持ってるか」

「ご期待には、添いたいと思います」

「期待」

 ロスムは期待しているだろう。リダールが普段通りの頼りなさを発揮すること。こんな調子の少年ならば、「賊に怯えて計画にない行動を取り」「〈青竜の騎士〉と言われる男でも守れなかった」としても不思議ではないだろう。

(だが俺が守る)

 ハルディール相手のときのように父性が浮かぶという感じはしなかったが、仕事として引き受けたからには、それを果たす。

(向こうの手の内を知らなけりゃな……)

 タイオスは改めてリダールに、この冒険行の原因となった会合について尋ねた。その話は、少年の父ナイシェイア・キルヴンが語ったものとほぼ一致した。

 即ち、横行する誘拐を王子殿下が憂慮なさり、犯人をおびき出すために囮がいればと仰った。ロスム伯爵がリダールが適当だと言い、危険があってはいけないから自身の〈青竜の騎士〉エククシアを護衛につけると。

 おかしな話だ。

 リダール自身やキルヴンが言い出したならともかく、そうではない。

 互いに蹴落としたいと思っている――キルヴンはそうは言わなかったが、それに類する気持ちはあるだろう――相手の息子を矢面に、その守りに自分の剣士を。

 誰が見たって頼りない少年と騎士様の組み合わせでは、たとえ大成功したところで「さすが〈青竜の剣士〉だ」ということになるだろう。リダールに何かあっても悪党が退治されれば「キルヴン伯爵には気の毒だがエククシアでも守れなかったなら仕方ない」「リダール・キルヴンが死んで哀しむのはキルヴン伯爵だけ」――。

(宮廷の判定はその辺だろう)

 タイオスにだって判る。

 もちろん彼は百戦錬磨で、リダールはお坊ちゃんだ。しかし彼は赤の他人で、少年はナイシェイア・キルヴンの息子なのである。

(素直なのはけっこうだ。実にけっこうだ)

(だがもう少し、穿って見ることも考えてほしいもんだよ)

 戦士は内心で嘆息した。

(もっとも、暗殺されるとびくびくしているよりはこの方がましかもしれん)

 キルヴンはそれを見越して、息子に何も話していないのか。タイオスはふとそう思うと、父伯爵が考えるところのロスムの企みについて、あまり話さずに口をつぐむことにした。

 結果、彼の話は中途半端で不自然な終わり方を迎えることになったのだが、リダールは――非常によく言えば大らかに――少しも気にする様子はなかった。


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