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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第2話 再会 第4章
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02 借りを返すために

「タイオス?」

「あ、いや」

 戦士は咳払いした。

「で、その人物ってのは何者なんだ」

 南の小国の思い出をとりあえず振り払って、タイオスは尋ねた。

「それが」

 ルー=フィンは眉をひそめた。

「問題のある人物で、困った」

「ああ?」

 素行の悪い犯罪人、というところだろうか。戦士はそう思ったが、またしても彼は的を外した。

「カル・ディアルの伯爵だ。ロスムと言う」

 ぶっとタイオスは吹き出した。

「……心当たりが?」

 胡乱そうにルー=フィンは問うた。

「あるもないも」

 タイオスは天を仰いだ。

「お前、キルヴン伯爵のことは覚えてるか。いや、面識はないな。だが、俺とお前でハルとクソアンエスカを襲撃したことは覚えてるだろ」

「ああ」

 複雑な表情でルー=フィンはうなずいた。

 あのとき、タイオスがルー=フィンと組んだのは偽装だった。王子様も正義も知らん、金を出してくれる方につく――というふりをした。

 そしてあのとき、銀髪の剣士はタイオスやハルディールの敵だった。若者の信じた男はその後、神の怒りに触れて〈白鷲〉に殺された。

 ずいぶんと遠い過去のような気がする。だが、まだあれから一年も経っていないのだ。

 あの日と今日とで、ルー=フィンの信じるものは、天と地のように違ってしまっている。

 いや、彼らの国を愛し、彼らの神を崇める、その心は変わらない。しかし、ルー=フィンが絶対の正義と考え、父のように尊敬していた男はもうこの世におらず、彼は死んだ神殿長が滅ぼそうとしていた王家の子に仕えている。

 彼自身が決めたことであるが、複雑なところがあった。

 ヨアフォードは咎人(とがびと)だ。だがルー=フィンにとっては変わらず恩人であり、父のように慕った男だった。ハルディールを「正義」とするならばヨアフォードはそれに対する「悪」であるはずなのに。

 もっともハルディール王は決して、ルー=フィンにそのような思考を強要しなかった。その代わり若者自身の内に、ヨアフォードに敬意を抱くことは背徳となるのではないかという葛藤が存在する。

 受ける資格のある〈シリンディンの騎士〉の称号を受け取らず、国を出てヨアティアを追うことにしたのは、それがシリンドルとハルディールのためになると考えた結果でもあれば、自らの心に整理をつけるためでもある。

 タイオスには、若者の迷いが手に取るように判った。タイオス自身はそうした葛藤に苛まれたことはないし、もしも自分であれば国に残り続けるか、それとも完全に国を捨ててしまうか、どちらかを取ったのではないかと想像するが、ルー=フィンの選択を否定はしない。

 同年代であったならば、苛つくこともあっただろう。何をうじうじと、さっさと決めろ、とでもルー=フィンを怒鳴りつけたかもしれない。

 だがこの年になると、若い内は大いに悩めばいい、などと年寄り臭く考えてしまう。

 二十歳そこそこに比べれば、間違いなく年寄りと言おうか、父親世代の方に近いのであるが。

「俺はいま、あの館の閣下に雇われてるんだが」

 中年戦士は、父親のような思考を巡らせることをやめ、話を続けた。

「ロスムってのは、キルヴン閣下を敵視してる伯爵なんだ」

 初めて耳にしたつながりにルー=フィンは意外そうな顔をした。だがもともと賢い若者である。大筋をすぐに理解した。

「しかしロスムは……シリンドルなんて聞いたことがない、と言っていたな」

 上品な食事処での窮屈な夕餉を思い出しながらタイオスは呟いた。それが本当なら、仮面男の正体を知らぬままで金を出していることになる。それとも、仮面男がヨアティアだというのはやはりタイオスの勘違いなのか。

「話したことがあるのか」

「少しな」

「では、私が間違っていると?」

「そうは言わんよ。つまり、お前さんが当たり(レグル)を掴んでるのかそれとも外れ(ラーゲ)かなんて、俺に判るもんか、ということだが」

 否定はしないが肯定もできない、との意だ。

「だがどうやって、ヨアティアの足取りを追った」

 タイオスはそれを尋ねた。以前にヨアティアが利用していた換金屋から行く先を掴んだという話は聞いていたが、どうやってと思ったのだ。

「借金の取り立てをしてるとでも言ったのか?」

 戦士がそう尋ねたのは、半ば以上冗談だ。他者を執拗に追いかける理由として取り立ては定番だが、換金屋は答えないだろう。預け主が捕まったら、預けられている分を取り出されることになりそうだからだ。

「いや」

 ルー=フィンは真面目に返した。

「だよな。借金なんか」

「借りを返すために探していると言った」

 淡々と、若者は言った。

 もちろん、恩義という意味ではない。正反対だ。

 それはルー=フィンの真実であると言える。だが換金屋は、預け主に金が入ればまた利用してもらえると思って、いろいろとルー=フィンに話したのだろう。そこまで考えたのかどうかはともかく、結果的に銀髪の追跡者は、ここまで罪人を追ってきた。

「まあ、よくやったな」

 曖昧にタイオスは言った。

「それじゃもう少し、俺の任務を話そう」

 キルヴン伯爵の息子が誘拐され、それを助けようとしているのだ、と詳細を端折った説明をした。何も隠すのではなく、この程度で充分だろうとの判断である。

「それが北へ急ぐ理由か。それは判ったが」

 若者はちらりとうしろを見た。

「〈銀白〉の怪我の理由は」

「それについて」

 タイオスは真顔を作った。

「お前さんに言わなけりゃならん」

 彼はルー=フィンの肩にぽんと手を置いた。

「――ヨアティアだ」

 問題の名を再び、口にする。

「その一派に、ヨアティアがいるようなんだ」

「何だと」

 ルー=フィンは驚いた。

「誘拐? そのような卑劣な犯罪に手を染めるまで、堕落したか」

 銀髪の剣士は憤然とした。

「それがな、その、何と言うか、何とも」

 うーむとタイオスはうなる。


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