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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第2話 再会 第4章
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01 いったいどんな悪党が

 〈化け狐(アナローダ)の二本目の尻尾〉という言葉がある。

 「人間を化かす妖怪狐には尾が二本生えている」との伝承から発生した言い方で、容易に信じられないものを目にしたときなどに「二本目の尻尾を見た」と言い習わす。

 ヴォース・タイオスが感じていたのは、まさしくそれだった。

 どうして、ルー=フィン・シリンドラスがここに?

 もしや彼は、奇妙な夢を見ているのではないのか。どこかから――そう、たとえばリダールが思いがけぬ逃亡を図り出した頃から彼は夢の世界にいて、仮面男がヨアティアだとか、エククシアがまたしても彼に挑んできただとか、やっぱり負けそうになっただとか、そこにルー=フィンが現れただとか、これらは全て夢なのでは。

 そんなことを思った。一(リア)だけ。

 「夢だ」という結論は、この上ないほど腑に落ちる解釈なのだが、同時に有り得ないと判っていた。〈二本目の尻尾〉を見たかのような出来事は、幸か不幸か、全て現実だ。

「何だ。人の顔をじろじろと」

「そりゃ、見る」

 タイオスはうなった。

「お前さんが本物なのかどうか、悩んでるんでな」

 〈白鷲〉がシリンドルの剣士にそう言ったのは、あれから少しあとのことだった。

 ルー=フィンの登場をどう思ったか、エククシアはリダールの部屋から去ったときと同じようにライサイを呼び、同じように姿を消した。そのことに何か反応するよりも、タイオスは銀髪の剣士の存在に呆然とした。

「で、お前、本物なのか?」

「当たり前だ」

 本物に決まっている、とルー=フィンは肩をすくめた。

 タイオスは彼と数月前に会って以来だが、そのときよりも若者は痩せたように見えた。旅の暮らしなど、慣れていないのだ。

 と言っても、病的だと言うほどではない。彼の鍛えた身体にはもともと余分な肉はなかったが、それがますます研ぎ澄まされたとも見えた。

「だがどうして」

 どうしてこの場に現れたのかと問おうとして、タイオスははっとした。

(こいつは)

(――ヨアティアを追ってるんだ)

 仮面の男がヨアティアであるのなら、ルー=フィンはその足取りを掴んで、猟犬テュラスのごとくあとをついてきたのか。大したもんだ、と感心したタイオスだったが、しかしそれは的を外していた。

「〈銀白〉が」

「ん?」

「私の馬だ。カル・ディアの厩舎に置いていたんだが、今朝方、盗まれた」

「はあ」

 タイオスは目をしばたたいた。

「そりゃ運が悪かったな。管理の悪いとこだったんだろう」

「全くだ。装備品一式までやられた。北へ向かったと聞き、馬を借りて追ったんだが、石畳の壊れた路上で荷物が散らされていて」

「……ん?」

「怪我をした〈銀白〉に会った。いったいどんな悪党が彼を乱暴に扱ったのか」

「……ええと」

 それはとても心当たりのある話だ、と戦士は思った。

「もしかすると〈銀白〉ってのは」

 慎重にタイオスは尋ねた。

「白地に、灰色のまだら模様がある……」

「盗人を見たのか。どんな奴だ」

 ルー=フィンは顔を険しくした。

「成敗してくれる」

「あー……」

 タイオスは曖昧な方角に指をさし、カル・ディアの方角に戻して、それから頭をかきむしった。

「あの、ティージめ! なあにが、支度をしてあるから使え、だ! ひとのもんじゃねえか!」

「何」

「すまん、ルー=フィン。お前の馬だとは知らなかった」

 装備も、とタイオスは正直に言った。今度はルー=フィンが目をしばたたく。

「どういうことだ」

「それがだな」

 彼はかいつまんで経緯を話した。緊急で北へ悪党を追わなければならずにいたところ、協力者を名乗る人物が現れて、自分の馬だと言わんばかりに〈銀白〉を連れていけと言ったのだ、と。

「では」

 じろりと若者は中年戦士を睨んだ。

「お前が盗人か」

「違う!」

 反射的に言ってから、がっくりとタイオスはうなだれた。

「それとも、違わないことに、なるんかな」

 あの野郎、と戦士はうなった。

「いったい何のつもりで」

 ティージ。それとも。

「サングの考えなのか」

 彼は息を吐いて首を振った。

 盗んだ馬でもいいからタイオスに与えろと、ティージの雇い主はそんな指示をしたのだろうか。魔術師の倫理観は一般と差異のあるところだが、それにしても非常識ではないかと戦士は思った。

「すまん。まじですまん。怪我のことは、不可抗力だ。俺が〈銀白〉を乱暴に扱った訳じゃなくて」

 そこでタイオスは言葉を切った。

「――なあ、ルー=フィン」

「つまり、こうか。お前は盗品を掴まされたと」

「まあ、そんな感じだ。だが、その話より」

「釈然としないが、〈白鷲〉が盗賊に身を落としたと聞かされるよりは、ましなようだ」

「もちろん、そんなんじゃないとも」

 まじで、と彼は繰り返し、うなった。

「なあ」

「奇態な偶然だが、これもまた〈峠〉の神の御意志なのかもしれないな」

 シリンドルの剣士は、シリンドル人らしいことを言った。

「そうだな」

 シリンドル人ではない戦士も、同意の言葉を発した。

「俺もそろそろ、うっかり、〈峠〉の神を崇めちまいそうだ」

 不敬と言えば不敬なタイオスの台詞に、ルー=フィンは片眉を上げた。

「あのな」

 とタイオスは、先ほどから言おうとしていることを三度(みたび)口にしようとしたが、どう言えばいいものか、定まっていなかった。

「お前」

 考えながら、彼は続けた。

「どこまで掴んだ。――ヨアティアの足取りを」

 問われてルー=フィンはぴくりとした。

「奴に金を出している人物が判った」

 ゆっくりと若者は答えた。

「陛下や団長の危惧とは幸いにして異なり、シリンドルの人間ではなかった」

(へえ)

(団長、ね)

 ハルディールの「陛下」もタイオスには聞き慣れない呼称だが、王子殿下が王位を継いだら王陛下になる。ルー=フィンがハルディールをそう呼ぶことは当たり前だ。

 ただ、アンエスカを団長と呼んでいるのは、初めて聞いた。

 何も、騎士団の一員でなければそう呼んでならない、などということはないのだし、不思議ではないものの、少し新鮮と言おうか――。

(安心、かな)

 タイオスは思った。

(〈シリンディンの騎士〉の座に就いてはいなくても、こいつの心根はあいつらと同じだ)


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