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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第2話 再会 第2章

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11 一致

「タイオス! 逃げて!」

「逃げるなら最初から、追っちゃこんだろう」

 ジョードがもっともなことを言ったときだった。仮面男が片手を高々と上げた。と、まるで号令を下すかのように、それを勢いよく振り下ろす。

 すると、そこから何かが、放たれた。

「何だ」

 と、言う間もなかった。明るい、炎の帯のようなそれはタイオスにこそ命中しなかったが、その手前の地面に雷のように落ちた。そしてやはり雷のように、大きな音と火花を散らした。馬が大きな声で鳴いて急停止し、乗り手を放り出した。

「タイオス!」

 リダールは悲鳴を上げた。どうにか頭をかばった戦士はよろよろと立ち上がり、剣を抜いた。

「この野郎! 上等じゃねえか。やるなら降りてきやがれ、嫌ならリダールを返せ」

 戦士は怒号を浴びせた。

「子供は、無理矢理さらわれた訳ではない」

 仮面が言った。リダールは唇を噛んだ。

「ぼく、ぼくは……」

「リダール!」

 タイオスが叫んだ。

「どんな話で言いくるめられたのか知らないがな! 聞け! そいつらは、お前を殺すつもりだぞ。サングの話で理解できなかったのか!?」

「え」

 と言ったのはジョードだった。

「まじで?」

 彼はミヴェルを見た。ミヴェルはタイオスを見ていた。動じた様子はなかった。

(そうなのか?)

(殺すために、連れて行こうってのか?)

(意味が……判らんが)

「仮面殿。早く……」

「言われずとも」

 仮面の男は苛ついたようだった。その表情は前から見ていても判らないが、それは却って、無表情な仮面に惑わされるためだった。背後からその様子を見ていたジョードには、タイオスが仮面を無視してリダールに話しかけたことに、仮面が腹を立てているようだと判った。

(こいつ)

(こんな……激しい奴だったのか)

 仮面が無表情なものだから、無感動な男なのだと思っていた。だがジョードは、それが誤りであったことに気づいた。

「ここまでだ。死ぬといい、タイオス」

 憎々しげに仮面は言った。そして再び手を高く上げ、風を切るように振り下ろした。今度は炎よりも白い、光のようなものが走った。

 戦士は飛び退いて、それを避けた。光はやはり地面に落ちて、先ほどよりも派手な轟音を生じさせた。首を伸ばしてのぞいたジョードは、整備された石の街道が衝撃でえぐれているのを見た。

「な、何だありゃ」

 彼は目をぱちくりとさせ、リダールは顔をますます青くした。

「あんなのが、当たったら」

 死ぬことは間違いない。遺体はかなり目も当てられない状態になるだろうな、とジョードは顔をしかめた。

「やめて! タイオス、お願い、逃げて!」

「ううむ、俺もちょっと同意したい」

 つい、盗賊は言ってしまった。殺害までは目をつぶるにしても、凄惨な遺体を目の当たりにしたくはない。

「おのれ、ちょこまかと」

 仮面は舌打ちした。

「あんなもん見せられて、ぼうっと立ってる奴があるか!」

 タイオスは叫び返した。

「くそう……あれも魔術か」

 額の汗を拭って、タイオスは呟いた。

 あのあと、彼がティージに教わった通りの馬を見つけ、必死でそれを走らせて馬車に追いついたのは、殺されるためではない。

「あんなもん、見たことないぞ」

「それは、普通、ああした魔術を振るわれたら死にますから」

 戦士の隣で、知ったような口調の声がした。

「むしろよくあるものと言えるほどです。ええ、よくある攻撃魔術。そう見えますが、いささか、おかしい。奇妙です。一体感がない」

「おまっ……サング」

 タイオスはぎょっとして魔術師の名を呼んだ。前触れもなく、現れる。彼ら魔術師はそうした術を操るのだと知っていても、驚くものは驚く。

「深入りは、避けたく思います。ですが、向こうから手を出してきている状態であり、まだどうにか契約時間内。お手伝いしましょう、タイオス殿」

 言うと魔術師は、空中に手を走らせた。すると、そこに白い杖が現れた。

「これ以上は、術に警戒しなくてけっこうです」

「有難い」

 タイオスは口の端を上げた。

「げ」

 見ていたジョードは焦った。

「おい、どうすんだ、仮面さんよ。逃げるか」

「何を。敵に背中を見せるなど」

 答えたのはミヴェルだった。

「そんなこと言ってる場合じゃないだろう。向こうにも魔術師がいるんじゃ、こっちもただじゃ済まないぞ」

「ちぃっ」

 表情の見えない仮面の奥で、男は明らかに動じていた。

「まずい。走れ、盗賊」

「了解っ」

 ジョードはリダールを放して、御者台に向かった。

「タイオス!」

 少年はぱっと立ち上がった。仮面が素早く反応して、少年を押さえた。

「お前は、一緒にくるんだ。エククシアの言葉を忘れた訳じゃあるまい」

「サング! 仮面野郎を頼む!」

 好機と見てタイオスは駆け出した。馬車に飛び乗ろうと荷台に手をかけた彼だったが、そこで悲鳴を上げることになる。

「うぎゃあっ」

「この……くるな!」

 ミヴェルがとっさに、その手を思い切り踏みつけていた。

「タイオス! タイオス!」

 少年の悲鳴が響く。

「お、女だからって容赦せんぞ」

 タイオスは痛みに酷い顔をしながら、もう片方の手でミヴェルの足首を払った。

「ああっ」

 すぐに彼女は均衡を崩し、その場に尻餅をつく。

「リダー……」

 痛みにこらえ、改めてタイオスは手足に力を込めた。と、仮面の手が動く。片手でリダールを捕まえながら、もう片方の手が短剣を取り出した。

「動くな」

 仮面は言った。

「ガキがどうなってもいいのか」

「――お前らは、リダールがほしいんだろ」

 動きを止めながら、タイオスは低く言った。

「殺さないと判ってる。脅しにしちゃ、巧くないぜ」

「何も、殺さずともよい。可愛い顔に、生涯消えぬ傷をつけてやるだけでも」

 神経質な声が言った。

(何だ?)

(いま……何か)

 何かが引っかかった。だが、その引っかかりを追及する暇はなかった。

「ひ……」

 少年は刃を頬に当てられ、失神しそうに顔を白くした。

「くそ、サング!」

「巧いこと考えましたね。あれでは私は、手出しができません」

 戦士の背後でどこかのんびりと魔術師は言った。

「な、何ぃ!?」

「何しろ、魔術を使ってきたら魔術で対抗というお約束ですから。契約の隙を突かれました」

「この野郎! 少しは応用を利かせろ!」

 がたん、と音がして馬車が動き出した。今度はタイオスが焦る番だった。

「ま、待て。とまれ」

「ミヴェル、もう一度だ」

「は、はいっ」

「やめろ、踏むな、このクソ女っ」

 戦士の言葉に、ミヴェルが従うはずもなかった。それこそ容赦なく、彼女はタイオスの手を再度、先ほどよりも強く踏みつけた。

「ぐ……」

 こらえようとしたタイオスだが、走り出した馬車は彼から両足の安定を奪い、もう片手でもう一度ミヴェルの足を捕まえるのも巧くいかない。

「くそっ……」

 手が、離れた。そのまま戦士は、地面に前のめりに倒れ込むことになる。

「は、ははははは」

 仮面の笑い声がした。

「いいざまだな、タイオス!」

 少年を捕まえたまま、仮面の男は笑った。

「何を――」

 ヴォース・タイオスは、はっとなった。

「お前……」

 再び、引っかかりを覚えた。

 この声に、聞き覚えが、あるような。

「追ってくるなら、次には必ず、殺してやる。そうとも、追ってこい。楽しみにしているぞ!」

「待て! くそう、待ちやがれ!」

 無論、馬車が止まることはなかった。それどころか速度を上げ、どんどん彼を引き離していく。

「くそ、馬……馬は無事か」

 彼は立ち上がり、彼を振り落とした馬を探そうとした。その手をサングが掴む。

「酷い。皮膚が破れましたね。治療を」

「あと回しだ!」

 大胆にも戦士は言い切って、魔術師の手を振り払った。

「どういう……どうなってるんだ」

 タイオスは血のにじむ手で額を押さえた。

「あいつ……仮面野郎……」

 聞き覚えのある、高い声。

『いいざまだな』

『タイオス』

『俺を――侮った、罰だ』

 蘇る、記憶。

 耳に残る仮面男の声音と口調は、それと一致した。

 思い浮かぶは、遠い南の小国の神殿で聞いた、台詞。

 もう完治したはずの左肩が、ずきりと痛んだ気がした。

「――ヨアティア」

 思いも寄らぬ事態に、タイオスは右手の痛みを感じてなど、いられなかった。


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