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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第2話 再会 第2章
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10 ここで殺る

 太陽(リィキア)は薄い雲に隠れながら、天頂ヘ昇ろうとしていた。

 カタカタカタ――と車軸の動く単調な音が耳につく。

 どうしてこういうことになったのか、彼にはよく判らなかった。

「ジョード」

 惚れた女が彼を呼ぶ。何だと盗賊は振り向いた。

「もっと速度を上げろ」

「無茶言うな」

 手綱を放して、兼御者は文句を言った。

「俺は馬車なんて、街なかでちょっとばかし走らせた経験しか持たないんだぞ。あんまり速く走らせて、ひっくり返りでもしたらどうする」

「ライサイ様がお助けくださる」

「魔術でか?」

 彼は乾いた笑いを洩らした。

「それなら、魔術でとっととお前らをカヌハへ連れてったらどうだ。消えたり現れたり。簡単だろ?」

 実際のところは、判らない。たぶん、彼らはそうしたことを可能にするのではないかと思う。それならば誘拐だって簡単だっただろうが、それをしなかったのは自分たちが犯罪人となるのを避けるためではないかと盗賊は推測していた。

(俺が雇われたのはたぶん、そのためだろう)

 不具合があればジョードを町憲兵隊につき出して、うやむやにしてしまうつもりだったのではないか。たとえジョードがライサイだの仮面の男だのと話しても、町憲兵隊は聞く耳を持たなかっただろう。他国の人間やら魔術師やらが絡んでは、町憲兵隊には厄介。ジョードひとりを咎人としてしまえば楽だから、それを選んだはずだ。

「エククシア様のご指示だ」

 気に入らない名前がきた。ジョードは鼻を鳴らす。

「ご指示をくださって、当人はどこへ消えた? 捕まって誘拐犯とのそしりを受けないよう、こそこそ隠れてるんじゃないか」

「何ということを!」

 ミヴェルは息巻いた。仕方なくジョードは謝罪の仕草をした。

(それにしても)

 盗賊はちらりと背後を見た。

 幌のついた馬車のなか、彼が運んでいるのはミヴェルだけではない。

 黙って膝を抱えている、リダール・キルヴン少年。

 それから、表情の判らぬ、仮面の男。

(何でこんなことになってるのか)

 あれから、仮面の男がやってきた。男はミヴェルの失態を厳しく責め立て、ジョードは彼女をかばおうとしたが、完全に無視された。

 ひと通りミヴェルを叱責すると満足でもしたのか、仮面の男は、夜明けに出立の予定は変わらないと彼らに告げた。準備をして北門で待つようにと。

 どういうことだとジョードは尋ねたかったが、ミヴェルは一も二もなく了承した。資金は再度与えられ、仕方なく盗賊は、また旅支度をはじめた。

 彼らを入れて四人と伝えられていた旅仲間の残りは、エククシアと仮面だろうと考えていた。どうして自分が彼らの帰郷の御者を勤めてやらねばならないのかと思ったものの、提示された報酬と、断ればこのままミヴェルと分かれることになるのとで、結局引き受けた。

(断れば)

(殺されるかもしれなかったしなあ)

 巧いこと逃げる算段をしてからでないと、拒絶はできない。或いは、受けておいてとんずらするのも、手はずを整えてからでなければ。

(できることなら、不気味としか思えん連中からミヴェルを引き離してやりたいが)

 具体的な案がある訳でもない。可能性、及び希望としては、ミヴェルの心を彼に惹きつけるという辺りだが、レダクだの何だのと言われている間は無理だろう。

「ジョード」

「はいはい」

「ちょっといいか」

 言いながらミヴェルは、御者席に移り込んできた。ジョードは片眉を上げる。

「どうした」

「うん、それが」

 今度はミヴェルが、背後をちらりと見た。

「どう思う」

「どうって」

 ジョードは肩をすくめた。

「見張り……なのかね。早朝に迎えを寄越すとか言ってたのは、もとから、この予定だったのか」

 彼は仮面の男の話をした。

「いや、そのことじゃない」

 ミヴェルは手を振った。

「子供、だ」

「ああ」

 そっちか、とジョードは呟いた。

「騎士様に連れられて、おとなしくついてきてるな。俺も、何でまた、と思ってるさ」

「どういう事情なのか、私も聞いていない」

 彼女は首を振った。

「もっとも、エククシア様は私に何もお話しくださらないが……」

 顔を伏せるミヴェルに、ジョードは慌てた。

「き、気にすんなよ、そんなこと」

「気にしてなどいない」

 すぐさま、彼女は顔を上げた。

「〈月岩の子〉が、私ごときに考えをお話しになる必要などないのだ」

 昨日までなら「はあ、そうですか」と流すところだが、エククシアとの関係を聞いてしまったジョードにとって、ミヴェルのこの態度は、痛々しいように感じられた。

「まあ、眠らせてたって弱るだろうし、縛りつけて逃亡を防ぐなんてのもいい気分じゃない。じっとしてるなら、俺ぁ楽だが」

 彼はリダールの話をした。

「どういうことなんだろうな」

「ライサイ様がご所望なんだ」

「それは、聞いたさ」

 聞いたが、疑問点はいくつもある。

「しかし何のために? あんなガキを欲しがるなんてのは……やっぱり変態趣味としか考えられんのだが」

「買い手がいる可能性は、私も考えたが」

 まさかライサイを「変態趣味」だと考えるはずもないミヴェルは、ジョードの発言を少し曲がった形で受けながら続けた。

「そうではなかったと判った。彼を使うのだ」

「使う?」

「ああ、ライサイ様はあの少年を――」

 彼女はそこで言葉をとめた。

「どうした?」

 ジョードは促したが、ミヴェルは唇に指を一本当てて、静かにするように言った。

「何か、聞こえる」

「うん?」

 盗賊も耳を澄ました。

「馬だ」

 彼は肩をすくめた。

「急ぎの馬が、駆けてるだけさ。少し端に寄ろう。追い抜きやすいように」

 そう言いながら、彼は手綱を握った。

「まさか追っ手ってこたあ、ないだろう」

 根拠なくジョードは言った。ミヴェルははっとした顔をする。

「――仮面殿!」

 彼女は馬車の奥に向かって呼んだ。

「追っ手だ」

「おいおい」

 ジョードは苦笑した。

「俺は、そうじゃないだろう、と言ったんだぞ」

「どうしてお前は、そう楽天的なんだ」

「誘拐じゃないんだ。言うなれば家出。町憲兵隊は動かない」

「子供の父親も同じように思うか」

「あー、それはあるだろうが」

 彼を追いかけてリダールを取り戻した護衛戦士。だが、たかが雇われ戦士が、そこまでするものだろうか?

(忠誠を誓った騎士様でもあるまいし)

 自分の警護から逃げ出した子供を追いかけるなんて、普通の戦士なら金を積まれてもやりたくないはずだ。とんでもない大金を積まれれば別だが、ジョードの印象では、タイオスは面倒ごとを嫌うごく普通の戦士に見えた。

 しかし、それはもちろん、ヴォース・タイオスだった。

 普段はあまり馬に乗りつけないため、華麗な綱裁きとはいかないものの、それなりの経験で馬をかっ飛ばし、彼らの馬車に追いつこうとしている。

 まさかと思いながら後ろを振り向いたジョードは、見覚えのある人影に目を瞠ることになった。

「やべえ」

 慌てて鞭を手にすると、ジョードはぴしゃりと馬の尻を叩いた。

「行け、走れ!」

「とめろ」

 そこに、くぐもった声がした。

「は!?」

「とめろ、と言った」

 神経質に声を出したのは、金属製の仮面を身につけた男だった。

「な、何で」

 盗賊は泡を食った。

「ちょうどいい。街のなかでは避けなければならなかったが、ここで殺る」

 とめろ、と男は三度(みたび)言った。ごくりと生唾を飲み込んで、ジョードは手綱を引いた。指示の変化に戸惑いながらも、馬は足を止める。

「や、殺るんすか」

 盗賊は、盗賊だ。悪党で罪人であっても、殺しには慣れていない。不穏当な発言にジョードはおののいたが、逆らうこともできない。

 だいたい、逃げても追いつかれるだろう。そうすれば、最初に殺されるのはおそらくジョードだ。それよりは、魔術師にどうにかしてもらった方がまし。

「すぐに終わる」

 言うと仮面の男は幌の奥に引っ込んだ。後ろから出るのだろう。ジョードは掛け布をめくって幌のなかをのぞいた。

「ジョード。この子を」

「あ、ああ」

 ミヴェルの声に、彼は足を止めた馬の手綱を放して、なかに入り込むと少年の腕を掴んだ。

「な……何?」

 細い声が怯えた。

「何もしねえよ、俺はな」

 仮面の男はミヴェルを呼び寄せ、後ろの布を上げさせた。追っ手は、すぐそこまでせまっていた。

「――タイオス」

 戦士を認めたリダールが驚いたように呟いた。

「あいつも馬鹿なことに首つっこんだもんだなあ。俺も他人のことは言えんが」

 ジョードも呟いた。

「こんなところで、魔術師に殺されるとはね」

「殺……」

 少年はびくりとした。

「やめて! そんなこと」

「おいおい」

 盗賊は少年をしっかり捕まえ直した。

「奴らはお前を連れたい。あいつはお前を取り戻したい。こうなったら、やり合うのは当たり前だろ?」

 世慣れたふうを装って、男は言った。少年は暴れたが、男の手を振り払うには、彼の力は弱すぎた。


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