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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第2話 再会 第2章
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09 幸運を

 自分の信じる何かに相対するものは何であれ「敵」、或いは「悪」。そんなふうに考えているのか。だからこそ「罰が下る」などと。

 もしそういう考えであるなら、それは行き過ぎた信仰を思わせる。時に、狂信と言う。

 タイオスは、かつてルー=フィンに感じたことを思い出した。「ライサイ」との絡みは、どうにもシリンドルでの出来事を連想させた。

(連想はさせるが)

(同じじゃない)

 彼は当然のことを思った。

(ともあれ、あの仮面にも感情があるってことだ)

 これまた当然だった。

 あの仮面男は、エククシアやライサイに叱責でもされたのだろうかとタイオスは想像した。

 ライサイとエククシアについては上下も何も判らないが、仮面はどちらの下でもあるだろうと感じていた。少なくともエククシアは仮面を従えていた。

「有難う、リーラリー。助かった」

 戦士は心から礼を言った。

「すまんが、ついでに頼まれてくれないか」

 ふと思いついてタイオスは言った。春女は、なあにと答えた。

「魔術師は平気だと言ったな。協会に伝言を持っていってほしいんだ」

「いいわよ。タイオスの友だちなら、お話に出てくるような『悪い魔法使い』でもないでしょ」

「たぶんな。別に、友だちじゃないが」

 念のためにつけ加えてからサングへの伝言を託すと、タイオスは銀貨を数枚、リーラリーに握らせた。春女は少し迷ったが、素直に受け取ってうなずいた。

「サング術師ね。判った、すぐに行くね」

「頼む」

 もう一度そう言うとタイオスはもう一度、踵を返した。

 それから、彼は北門へ向かって足を速めた。

「――タイオス!」

 背後から、呼び声が届いた。

「幸運を!」

 振り返らずに片手を上げて、戦士はその祝福を受けた。


 カル・ディアの北に、門はふたつある。海沿いの街道に続く小さめの門と、内陸部に向かう大門である。

 街道に面さない、北とも東とも言い難い裏門のようなものを加えれば三つだが、そこは警護兵が使う通用口であって日常的に開かれてはいない。数に入れなくていいだろうと戦士は思った。

 リーラリーの言う通り、大門だ。

 サングがどう出てくるか、それはタイオスには判らなかった。彼との契約はあと一刻半ほどで切れる。それまで全力を尽くすというサングの台詞はどこまで信じられるのか。

(運がよけりゃ使える、くらいな心持ちでいりゃいいんだろうが)

(見当がつかんのも厳しいもんだ)

 協会の意向に沿うためにサング自身が動けないのだとしても、それならせめて、キルヴン邸の護衛兵を北の大門に寄越すよう、伝言を送ってくれないかと。彼はそうしたことをリーラリーに伝えた。

 全容を知らない話について彼女がどこまで理解したか判らなかったものの、サングの方で汲んでくれるだろうと考えることにした。

(後手だ)

 繰り返し、戦士は思った。

(後追いだ。これじゃ……)

(追いつかん)

 だが追いかけなければならない。

 目的の判らないエククシアを。謎の行動を取る仮面の男を。――逃げたリダールを。

(もう一度、俺自身のやることをはっきりとさせなけりゃな)

 リダールの救出。ここは元通りだ。

 それから、少年がエククシアについていこうとした原因と思しき、フェルナーの件を知ること。タイオスにはまだそこがよく判っていない。流れを把握しなければ、連れ戻したところでリダールはまた脱け出すかもしれない。

(――エククシアを殺っちまえば、それで済むのかもしれんが)

(ライサイの手下があれだけってこともないだろう。仮面もいる)

 連中に、リダールを諦めさせること。それが何よりだ。そこさえ果たせば、少年を守る必要はなくなる。そのためには、どうすればいいのか。

(どうしてリダールを欲しがってるか、それも把握する必要があるんかな)

(生け贄なんてのは、まじなのか)

 戦士は頭をかきむしった。どうにもややこしい。

 面倒ならば、契約を切ってしまえばいいだけのことだ。今朝など、リダールの方から逃げた。タイオスに落ち度は――皆無とは言えないが、ないと言える範囲内だ。

 勝手にしろと。エククシアに何を吹き込まれたんであれ、身の危険を理解しないお坊ちゃんを守るなんてもうご免だと。そう言って一連の出来事から身を引いても、問題はない。

 キルヴンは望まないだろうし、彼から話が広まって、カル・ディアルのお偉方には「ヴォース・タイオス」の信用はなくなるかもしれない。だが、お貴族様からもらう仕事なんて僅少である。戦士たちの理屈で考えれば、ここでタイオスが退場するのは致し方ないどころか、至極当然と言ってもいいくらい。

 しかし、その魅惑的な選択肢を採ることはできない。

 〈白鷲〉の名誉のこともあれば、リダールに一発、説教をかましてやりたいという気持ちもある。

 それに、エククシア。

 常に余裕たっぷりの〈青竜の騎士〉に、一泡吹かせてやりたいとも。

(結局、俺は負けず嫌いなんだなあ)

 夢見るは、平穏な隠退生活。

 できないと判っているからこそ、夢なのだろうか。

「おい。そこの」

 声がした。タイオスは歩き続けた。

「待て、無視すんな。そこのおっさん」

「……まさか、俺か?」

 中年戦士は足を止めて振り返った。

「周りを見てみなよ。おっさん、と言えそうなのはあんたしかいないだろう」

 そう言って肩をすくめたのは、つばの短い灰色の帽子を目深にかぶった、彼の見知らぬ男だった。年代は三十前後というところか。

 とっさに戦士かと思ったが、タイオスが持つような剣を佩いてはいない。その腰にあるのは、少し腕に覚えのあるものが身につけることもある、短めの小剣だった。

 だがタイオスは、剣の有無や長さで判定しかけたのではなかった。

 服の上からでも見て取れる鍛えられた身体と、隙のない姿勢。計るように彼を見る、鋭い濃い茶の瞳。

(制服を着ていないが、町憲兵か?)

 続いてタイオスがそう思ったのは、彼に向く男の視線が町憲兵連中の、巡回中に不審者を探す目つきに似ていたからだ。

「……それで、俺に何の用だ?」

 相手をじろじろと眺めながら、中年戦士は尋ねた。

「あんた、タイオスだな」

「何」

 タイオスは目をしばたたいた。相手は、彼の肯定を待たずに続けた。

「お探しの連中は、ついさっき、北の大門を出るところだった。(ケルク)で急げば追いつくかもしれんぞ」

「何だと」

 突然の言葉に、タイオスは迷った。

 何故そんなことを言い出すのか、男を追及するか。それとも大門に向かって駆けるか。

「これをやる」

 男は隠しに手を入れると、四つ折りの紙片を取り出した。

「何だ、それは」

「いいから、ほら」

 言いながら男は、無理矢理タイオスの手にそれを握らせた。何なんだと彼はそれを開く。

「地図、か?」

 どこの地図だろうかと紙の上に視線をうろつかせれば、「カル・ディア」の文字がまず目に飛び込んできた。文字を読むのは得意ではないが、知った地名であればすぐ理解できる。

「これは……」

 首都カル・ディアから、北の街道に向かって、あとで書き足したと思しき赤い線が走っている。線はデルスの街を越えて北の国境に向かい、カル・ディアルを出てウラーズへ。街道に沿ってそのまま北上し、やや西側にまで、続いていた。

カヌハ(・・・)

 そこに地名は書かれていない。だが、タイオスは確信した。これは、ソディ一族の村カヌハへの、案内図だ。

「お前、いったい」

 戦士は男に不審な視線を送った。

「行けよ」

 男は手を振った。

「俺はサング術師に雇われた。それもサング術師からのもんだ。これだけ言えばいいだろ」

 帽子をかぶり直すようにしながら、男は言った。

「サングが」

 疑問点は、まだある。だがここは、それを問うところではない。

「大門だな」

「おうよ」

「馬……馬か」

 徒歩では厳しい、と言うのだろう。だがタイオスは馬など持っていない。キルヴン邸に戻って一頭拝借してくるのが最短か、ととっさに考えた。

「門の近くに青い壁の厩舎がある」

 しかし、男の言葉が続いた。

「そのなかに灰色地に白まだらの雄馬がいる。ティージに聞いたと言えば、連れて行けるようになってる。簡単なものだが、旅の装備品一式も一緒に置いてある。急ぎなよ」

「な」

 何故――と問いたかったが、無駄な時間だ。

(疑問は)

(あと回し)

「恩に着る」

 タイオスはそうとだけ言って、地面を蹴った。

(サングの仕業、ということか?)

 いささか困惑を覚えながら、彼は考えた。

(リーラリーが走って協会まで行ってくれたとしたって、早すぎる)

 奇妙だ。

(だが、出鱈目だとも思いづらい)

 しかし、奇妙だ。奇妙すぎると彼は思った。

 リダールの意志による逃亡。疑って考えるなら、仮面男はわざわざ手がかりを残したようにも見える。そして、サングの手回しのよさ。

 まるで何かに、乗せられているよう。

 だが、何に?

(運命だの神の御業だの)

(そういうことを考える性格じゃ、ないんだがね)

 否定しながらもとっさに浮かんだのは、そうした類の印象だった。

(何であれ)

(――乗るしかない)

 タイオスは北を目指して、思い切り地面を蹴った。


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