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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第2話 再会 第2章
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07 重要な話

 考えたのは、三つだった。

 まずはロスム邸。だがこれはすぐさま却下した。ロスムが自らの館にリダールを匿うとは思えず、だいたいタイオスが出向いたところで門前払い間違いない。

 次は魔術師協会。サングを呼び出すことを考えたが、これも巧い案ではない。向こうが襲ってくれば守ることはできるもののサングの方から動くことはできないと、既に言われているのだ。

 となると残る手がかりはひとつ。〈幻夜の鏡〉。

 エククシアもジョードもミヴェルもそこにいた。

 後手かもしれないが、いや、間違いなく後手だが、ほかに案がない。

(……北)

(北、とは言っていたが)

 ソディ一族の住む、カヌハの村。サングに尋ねれば正確な場所も判ろう。地図師と言われる人々を探して尋ねてもいい。

 だが確証はない。リダールはエククシアに連れられてカヌハに向かっていると即断して、それが違っていれば愚かしすぎる。

(そりゃあ)

(北が正解だった場合は、慎重に行ったことを後悔するをだろうが)

 どうせ、闇雲に飛び出せやしない。北に続く街道はいくつもあり、東から北へ向かうものも含めれば、門も複数。急げばリダールくらい追い抜く自信はあるタイオスだが、違う門で待ち伏せていたって仕方ない。

(手がかり、手がかりが要る)

(それとも手助け)

 戦士は、伯爵に何も言わずにキルヴン邸を飛び出していた。時間が惜しかったからだ。門番には、リダールが勝手に出て行ったこととタイオスがそれを探しに出たことを告げろと言ってきたが、いつ伝わるものか。どうせなら護衛兵に街の北門を見張らせればよかったのだと気づいたが、気づくのが遅かった。

(単独じゃきついが)

(自分から、単独で動いちまってる)

 護衛の仕事は必ずしもひとりではないのだが、ふたり、三人程度であれば、命令系統ができあがるようなこともない。仮に互いの意見が違って、それぞれが勝手にやったとしても、誰かなり何かなりは無事に守れるものだ。中年戦士は、命じられるならともかく、自ら他者に命じて指揮を執ることになど慣れていなかった。

(巧く、ない)

(カル・ディアへきてからと言うもの、裏目ばかりだ)

 厄でもついているのか、と彼は思った。しかし、祓いに神殿(クラキル)へ行く暇もない。

(俺は、俺にできることを)

 とりあえずは〈幻夜の鏡〉の従業員や春女を脅してでも、エククシアの居場所を吐かせること。そう考えてタイオスは、足早に朝の街へ向かった。

 早朝の繁華街は、何だか奇妙だ。

 夜はもとより、昼間でもいかがわしい感じのする街区である。だが朝の空気は静謐で、そのちぐはぐさが不安感を煽った。

 昨日はエククシアとのやり取りのあと、勢いで〈幻夜の鏡〉店内に入り込んではジョードらの行き先を聞き出したが、今日も同じように巧く行くものだろうか。

(ええい)

(出たとこ勝負だ)

 当然と言えば当然のことながら、表は閉まっていた。タイオスは再び裏に回り、無造作に裏口を開けた。見慣れぬ戦士の姿に、店の人間たちはこれまた当然、驚いた顔をする。昨日と同じだ。

「エククシアは」

 彼は同じように、非常に簡潔な問いを口にした。昨日は「ジョードと連れは」と尋ねただけである。見知らぬ男の質問を少しは不審に思っても、まるで仲間のふりをして堂々と問いかけると、人は「自分は知らない人物だが、関係者なのだろう」と信じて答えてしまうものだ。

「お見えじゃありませんが」

 やはり、今日も従業員のひとりがあっさりと答えた。

「なら、どこにいる」

「さあ」

「おい」

 タイオスは険しい顔をして見せた。

「知らんってことはないだろう。あいつは」

 リダールの話を思い出す。

「早朝に、ここで待ち合わせると」

 エククシア当人がジョードらと一緒にリダールを北へ連れて行く予定だったかどうかは知らないものの、何か手がかりが得られるかもしれない。

「ああ」

 店の男は思い出したと言うようにうなずいた。

「予定は変わったという話でしたよ。当分、こちらは利用されないと。残念なことですが」

「――そうか」

 判った、とタイオスは踵を返した。

(ちっ、外したか)

(なら、門前払い覚悟でロスム邸か、それとも協会)

 どちらも、益のなさでは五分(ごぶ)のように思う。戦士は低いうなり声を発した。

(サングにもう一度、リダールの場所を探させるか)

(街の北方、くらいに限定すれば、案外早く見つけるのかも)

 後手だ。魔術師が少年を見つけても、それからタイオスが走って間に合うものか判らない。昨日の話から考えると、とりあえずサングに行ってもらうというようなことは、おそらくできないだろう。

(だが)

(俺には、それくらいしか)

 厳しい顔でタイオスが、協会の方へ足を向けたときだった。

「タイオスー!」

 聞き覚えのある声に、彼は振り返った。小走りに駆け寄ってきた相手は、彼の顔を見て目をぱちぱちとさせた。

「やあだ、どうしたの? 怖い顔してる」

「リーラリー」

 〈青薔薇の蕾〉の春女は、おはようと彼に手を振った。

「こんな早くにこんなところで。どこかの店に行ったの?」

「いや、そうじゃない」

 ライバル店に寄ってきたのだとは言いづらい。もちろん、春を買ってきたのではないが、その説明にも時間がかかる。

「カル・ディアで女を買うときはお前さんにすると言ったろ」

「あら」

 リーラリーは嬉しそうに笑った。

「信じるわ。でもよかった、ここで会えて」

「何」

「あたし、タイオスのとこに行こうとしてたのよ」

 にこにこと若い春女は言った。

「は? 何でまた」

 店に属さない春女なら、知った客を回って自分を買わせようとすることもある。だがリーラリーは〈青薔薇の蕾〉に勤めており、だいたい、朝っぱらから客を取りに行く春女もそうそういないはずだ。

「あ、いや、何であれ、話はまた今度にしてくれ。いまはちょっと」

「ちょっとだけよ、ね?」

 春女はにっこりと首をかしげた。

「タイオスにとって、重要な話だと思うの」

「ん?」

 これが〈痩せ猫〉プルーグの台詞であれば、彼は一蹴する。「お前が小金を手にしたいだけだろうが」などと言って。

 だがリーラリーが、情報屋のように情報を売りにやってきたとは思えない。些末なことをさぞ重大事であるかのように見せかけることもないだろう。彼は少し気になった。

「手短にな」

「うん、あのね」

 女は真剣な顔をした。

「ついさっき、お客さんがあったの」

「娼館にか」

「もちろん、そうよ」

「それが、どうした」

 朝方に客というのは珍しいかもしれないが、明け方まで飲んでいた酔っ払いが、さあ次は女だと考えることも皆無ではないだろう。タイオスは春女が何を言い出したものか判らなかった。

「私が、呼ばれた訳」

「よかったな」

 たいていの娼館では、指名料のようなものが春女に入ると聞く。〈青薔薇の蕾〉も似たようなものだろう。

「あんまり、よくないわ。だって、病気持ちっぽかったんだもん」

「何?」

「はずんでくれるって言うから、話を受けたけど」

「おいおい」

 タイオスは顔をしかめた。

「まじで、伝染るような病気持ちだったらどうするんだ」

 そんな話をしている場合でもないのだが、つい彼は言っていた。

「大丈夫。うちの店は健康美が売りなのよ。お医者様の手配はちゃんとやってくれるんだから」

「いや、そういう問題じゃないだろう」

 こほん、とタイオスは咳払いをした。リーラリーはやっぱり笑う。

「心配しないで。ヤらなかったから」

「何だ、そうか」

 それならば、とりあえずリーラリーの心配は要らない。ついでに、そんなことを考えている場合でもないが、自分も。

「ん? だが、それじゃそいつは娼館に何しにきたんだ」

「話を聞きたかったみたいよ。――タイオスの」

「俺の?」

 思いがけない話に、戦士は目をしばたたいた。

「ええ、だからあたしが呼ばれたみたい。タイオスを客にしてるからって」

 リーラリーは肩をすくめた。

「何で……また」

 彼は呟いたが、リーラリーはまた肩をすくめる。

「タイオスはきたか。いつきたか。様子は。どんなことを話したか。エククシアって誰?」

「何だって?」

 全く思いもよらないところに話が飛んだ。戦士は馬鹿みたいに尋ね返してばかりだった。

「知り合いなのね? その人物のことを話したか。どんな話をしたか。そんなことを訊かれたけど、あたしは知らないから知らないって答えたわ」

「いったい、誰が」

 戦士はうなった。

「名乗らなかった」

「それじゃ、特徴は。病気を持ってそうだと言ったな。顔色が悪かったとか頬がこけてたとか、そういう感じだったか」

「ううん」

 リーラリーは首を振った。

「顔は、判らなかったの」

「判らない?」

 応でも否でもない奇妙な答えがやってきたことに、タイオスは片眉を上げた。

「うん。あんなふうに仮面をつけたままなんて、病気か何かだろうって話に――」

「仮面だと」

 タイオスは驚いた。


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