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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第2話 再会 第2章
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05 守られてばかりで

 かちゃん、という音に戦士ははっと目を覚まし、素早く剣を握って立ち上がった。

 窓辺で驚いた顔をしているのは、リダール少年だ。

「……どうした」

 タイオスは剣を下ろした。

「ごめんなさい。起こしちゃったね」

「いや、物音に起きないと警護役の意味はないんだが」

 どうした、と彼は繰り返した。

「蒸し暑かったから、窓を開けようと思って」

「そうか」

 あれから、話はあまり進まなかったと言える。

 リダールを守ることは引き続きタイオスの仕事であったが、それは当初の話とは全く変わってきていた。

 「誘拐から守る」という意味では同じなのだが、少年を囮として誘拐団をおびき出す意味は、もはやない。エククシア、それともライサイはリダールを北へ連れて行こうと狙っており、タイオスはそれを防がなくてはならない。

 サングは、隣に張り付いていなくても少年を守れるという話だ。魔術師は、戦士には判らない守りの魔術をリダールの部屋に施し、協会かだかどこかだかに向かった。ライサイやエククシアのことを調べてくれというタイオスの依頼を並行してこなすためだ。

 仮面の魔術師がちょっかいを出してくればすぐに魔術で飛んでくるとサングが言うのを信用したタイオスだが、かと言って任せきりにもできない。

 リダール少年の寝台の脇で、夜営をしているときのように、横になることなく休んでいたという訳だった

 少年が窓を少し開けて風を入れるのを見守ったタイオスは、そのままリダールが寝台に戻るのまで見守ろうとしたが、当の相手はまごまごしていた。

「どうした」

 彼は三度(みたび)問うた。

「あの、ちょっと」

 リダールはちらりと扉の外を見た。

「ああ」

 判った、と戦士はうなずいた。少年が歩き出す。と、タイオスは続いた。振り返ってリダールは、困った顔をする。

「あの」

「何だ?」

「『判った』って言ったのに」

「言ったが」

 タイオスは軽く伸びをした。

「厠だろ?」

「ええ、まあ」

 こくり、とリダールはうなずいた。タイオスは肩をすくめる。

「本気の護衛ってのは、風呂場だろうと厠だろうと睦ごとの最中だろうと、傍らを離れんもんなんだよ」

「え、ええっ!?」

 リダールは素っ頓狂な声を上げ、まだ夜明け前だったと自分の口を自分で押さえた。

「何だよ。昨日だって連れションしたろ。風呂も一緒に入ったじゃないか」

「た、たまたま時間が合ったからかと」

 少年は慌てたようだった。

「でも、平気だよ、いまは、ひとりでも」

「のぞきやせんよ。気にするな」

 あくびをしてタイオスは言った。

「妙なことを恥ずかしがるんじゃない。連中が魔術を使うのはお前だって判ってるだろ。目を離した一(リア)に何があるか……」

「でも、サング術師によると、嫌がる人物を無理に連れるのは難しいんでしょう?」

 だからエククシアはリダールを置いていくしかなかったのだと、サングはそんなことを言っていた。

「まあ、そうらしいが、油断はできん」

 タイオスは、戸惑うリダールの先に立って、姫君に対する騎士よろしく、部屋の戸を開けた。行けよ、という訳だ。

「うん……」

 リダールはタイオスを信じ、好意を持っているが、どうしようもなく幼く見えても幼子ではない。怖くてひとりでは厠に行けないということもなければ、見られていると思えばどうしたって恥じらいもある。戦士はその辺りも十二分に判ったが、ここで離れて護衛対象をかっさらわれるなどご免なのだ。

 連中がリダール・キルヴンを諦めるか、或いはキルヴン伯爵がタイオスを解雇するまで、彼は少年を守る。

 もっとも、現状、最初の話からは既に破綻が生じている。

 契約内容の見直しは必須、その時点で彼は、契約終了を告げてもよい。

 金額次第である、とタイオス自身は考えているものの、こちらから余程とんでもない数字を出さない限りキルヴンが断るとは思っていなかった。つまり、彼はことの解決を見るまで少年を護衛する。そう、寝所でも風呂でも厠でも。

 さすが伯爵家、きれいで広い厠だ。扉の前でリダールは、まさかタイオスはすぐ隣までやってきて見ている気だろうかと心配そうに見上げた。

「本当なら、俺は常に、お前に手の届く距離にいるべきだが」

 戦士は苦笑した。

「そんなに嫌なら、外にいてやるよ。ただし、扉は開けておけ」

「う、うん」

 その折衷案にどうにかほっとして、少年は用事(・・)に向かった。

「ねえ……タイオス」

「あん?」

「誰にでも、ここまでするの?」

「そりゃまあ、まじで命を狙われてるだとか、そういう相手を守れと言われたらつきっきりになるわなあ」

「女の人でも?」

「たぶんな。幸か不幸か、そこまでの依頼をされたことはないがね」

「女の人を守る仕事の方が多いかと」

「俺は騎士じゃないんだよ」

 〈白鷲〉云々はさておいて、タイオスは答えた。

 この場合の「騎士」は、王や神から拝命するものではなく、特定の女性に剣を捧げて「貴女を守ります」と誓う類のことだ。通常、そうした「騎士」が義務を負うのは誓った相手にだけだが、そこには神官並みの清廉さが求められる。最優先するのは自分の姫でも、場面によってとにかく女性を立てたり、手助けたりするものだと思われていた。

「女の護衛もあったが、ふた晩ばかり部屋の外で見張れ、という程度のもんだったな。風呂や厠までは」

 幸か不幸か、と戦士は肩をすくめた。リダールは笑う。

「ぼくは」

 声がくぐもった。

「ぼくは、いつも守られてばかりで」

「何?」

 少年の声は小さく、タイオスにはよく聞こえなかった。

「ううん、何でもない」

 リダールはそう返すと、扉の外に戻ってきた。

「何だか、目が覚めちゃった」

 彼は呟いた。


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