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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第2話 再会 第2章
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02 しるし持つ者

「話を聞きたいんだ」

 不機嫌そうなミヴェルを前に、とジョードはまた言った。

「これまでは、じっくりと何か聞く時間も、機会もなかったしな」

 標的の行動を確認したり、首尾よくさらえばずっと見張っていたり。獲物を親元に帰すために仮面の男に預けたあとは軽く祝杯などをあげることもあったが、そんなときでもミヴェルはろくに喋らないのでジョードが一方的に話していたのだ。

「不公平だろ?」

 にやりと笑って盗賊は言う。

「あんたばっか俺のことを知ってて、俺はあんたのことを何も知らないなんてよ」

「それは、お前が勝手に喋っていたから」

「ああ、そうですとも。みんな俺が悪いんだよ」

 ひらひらとジョードが手を振れば、ミヴェルは少し困った顔をした。

「そこまでは、言っていない」

 どうも、とジョードは笑った。

「だが、話を聞きたいというのは判るよな? ほら、これまで一緒にやってきた俺が何も知らないのはやっぱ変だろ」

 必ずしも本気でそう思うのでもない。仕事がやばければ、深い話は耳にしないのが定石だ。ただの駒であれば、使い捨てられたとしても、わざわざ殺す手間もかけない。駒に頭は必要ないこと、使う側と使われる側がよく判っていれば問題は生じにくい。

 今回など、本来ならその典型。何も聞かずに金だけもらう。失敗したのがやばかったと判っているのだから、とっとと逃げるべき。

 実際に誘拐をしていたジョードが町憲兵隊に駆け込むはずもなく、駆け込んだところで何も材料を持っていない。いまならば逃げてもライサイらはいちいち彼を探さない。町憲兵隊からだけ逃げればいい。その可能性が高い。

 だがジョードは、尋ねた。

 知りたかったから。

「……何を知りたいんだ」

 仕方なさそうにミヴェルは応じてきた。

「まずは、そうだなあ」

 ジョードは考えた。

「あんた、独り?」

 そこから確認することにした。ミヴェルは顔をしかめる。

「……ふたりも三人もいないが」

「阿呆」

 思わずジョードはミヴェルのこめかみの辺りを指で弾いていた。

「何をする!」

「阿呆なことを言うからだ。俺は、独り身かと訊いたの」

 普通の女が相手なら話題をかわそうとして冗談で言っていると思うところだが、ミヴェルの場合は本気のようだからきちんと訂正を入れないとならない。

「結婚ということか。していない」

「んじゃ、恋人は」

「いない」

「よっしゃ」

「『よっしゃ』?」

 何を言っているんだ、とやはりしかめ面でミヴェルは彼を見た。ジョードはすっと左手を伸ばすと、うつむき気味のミヴェルの長い黒髪をすくい、彼女の耳にかけた。

「何を」

 するんだとミヴェルは問いきれなかった。素早くジョードの顔がせまってきて、彼女の唇をふさいだからである。

「なっ、何をする!」

 今度は言い切ると、慌ててミヴェルは身を引いた。

「何って」

 ジョードは苦笑した。

「恋人の有無を確認した上でこれだけ直接的な行動を取って、何をするもナニも」

「無知が伝染る!」

「……そりゃ、酷すぎんか」

 ジョードは脱力した。

「ああ、そうじゃない」

 ミヴェルは手を振った。

「お前がどうだと言ったんじゃない。レダクと、淫らな真似をしてはならないんだ」

 次にやってきた台詞はそれで、次にはジョードはぽかんとした。

「淫ら……」

 唇を合わせたくらいで、淫らもないものである。少なくともジョードの感覚では。

「うん? レダク?」

 彼は呟いた。

「また出たな、その言葉」

 エククシアの言っていた言葉だと思い出した。あのときはジョードのことを指していたようだった。

「今度は説明してくれるか。レダクってのは」

「――ソディ一族ではない者のことだ」

 渋々、といった体でミヴェルは告げた。

「ソディ? 一族? じゃ、あんたやエククシアは」

「ああ。私もエククシア様も、ソディ一族だ」

 女はうなずいた。

「ライサイ様は、我らが宗主」

「それなら、まあ、王様みたいなもんだわな」

 ジョードは少しだけ納得した。

「しかし、何なんだ、その差別は。ソディ一族以外は、人間じゃないみたいに」

 レダクだのと違う呼び方をしたり、淫らな――。

「一族以外とは、ヤッちゃならんってか」

「下世話な言い方をするな」

「じゃあどう言えばいいんだ」

 ジョードは肩をすくめた。

「だがな、近親婚はまずいって聞く」

「何を言ってる」

「だから。血の近いもんばっかでヤッ……暁星(ロウィル)を見てたら、一族、いまに衰退しかねんぞ」

 仕方なく遠回しな言い方を使いながら、ジョードは肩をすくめた。

「俺の母親の一族がな。南の方で集落を作ってるんだが、かつては血が近すぎて、いろいろと問題があったらしい。まあ、母親の母親がこっちの方まできて、俺はその集落のこととか全然知らないんだけどな」

 聞きかじりだが、とジョードは話した。

「そうではない。一族以外の婚姻が認められないのではない」

 ミヴェルは手を振った。

「……私には、しるしがあるから」

しるし(・・・)だって?」

 今度は何だ、とジョードは顔をしかめた。

「これだ」

 ミヴェルは躊躇いがちに、手を首筋にかけた。それからそっと衣服を引っ張り、右肩の一部を露わにする。ジョードはぎくりとした。

「そ、そりゃ……」

 女の肌には、直径数ファインほどの、鈍い銀色に光る丸い部分があった。それはまるで――鱗のように見えた。

「そりゃ、何だ」

「不気味だと思うだろう。だから、レダクは無知だ」

 ふん、と鼻を鳴らしてミヴェルは衣服を戻した。

「ぶ、不気味と言うか」

 ジョードは知らず、額をぬぐった。

「病気か何かなんじゃ」

違う(デレス)

 女は否定した。

「病ではない。しるしだ」

 ミヴェルは繰り返した。それは堂々とした宣言で、ジョードは困惑した。

「しるしがあると、偉いのか?」

 彼は端的に尋ねた。女は返事に迷った。

「偉いと言うか……選ばれし者のしるしなんだ」

 ソディの女は告げた。

「しるしはライサイ様の血脈の顕れとされ、それを持って生まれた者は、カヌハの〈月岩〉に選ばれた存在だ」

「月岩?」

「我らの大切な、聖なる象徴だ」

 ミヴェルは判るような判らないようなことを言った。はあ、とジョードは曖昧に相槌を打つ。

「〈しるし持つ者〉は選ばれし者であり、何かしらの能力に秀でている。数々の優遇を受け、敬意が払われる。普通は、だが」

「普通は?」

 ジョードは聞き咎めた。ミヴェルは唇を噛んだ。

「私のしるしは、あまりに小さい。大きさだけが全てではないが、しるしの大きな者は様々な技能に秀でてもいる。つまり、これっぽっちのしるしがあるだけで何の能力も持たない落ちこぼれに敬意を払いたい者もいない、ということ」

 その口調は苦々しかった。

(――成程)

(本来なら尊敬され、優遇されるはずが、巧いこと才能を発揮できなかった。普通なら自分の能力に応じたことをすりゃいいだけだが、それが許されずに無能と迫害されたってことか)

 変わった一族だなとジョードは思った。

 しるしとやらを持って生まれれば、「選ばれし者」。その感性は神秘主義、いささか行き過ぎた信仰を思わせるのに、それは絶対ではない。能力がなければ、選ばれたはずの者でも蹴落とされる。

(いや、少し違うな)

(しるしとやらがある以上、優遇はされるんだろう。だが、その層のなかで下位におかれる。見下される。もしかしたらしるしがない者よりも粗雑に扱われる)

(――下僕以下だ、と言っていたのは、そんな意味なのか)

 役立たず、と罵ったミヴェルのことを思い出した。

 ジョードは自分のことを言われたと考えたが、彼女はそうではないと言った。あのときは意味が判らなかったが、この話を聞けば判る。ミヴェルは彼女自身を糾弾したのだ。

(もしかしたら、そんなふうに罵られることがしょっちゅうなのかもしれないな)

 実際のところは判らない。ただ少なくとも、ミヴェル自身は激しい劣等感を覚えている。しるしがあるのだからもっとソディの、ライサイのために尽くせるはずなのだ、と。


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