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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第2話 再会 第1章
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11 俺は思わん

「でも……フェルナーは亡くなり、ぼくは生きています」

「ですから、星辰が全てではないのです」

「フェルナーってのは、ロスムの息子のことだったな」

 タイオスは、ハシンの話を思い出して言った。リダールの友人で、同じ誕辰の。

「ってことは……あの親父、つまりは自分の子供を取り戻したくてリダールを狙ったと、そういうことか」

 話がつながった、とタイオスは思った。

「普通はそうした話を持ちかけられても胡乱だと思うものですが。伯爵閣下はよほど息子を溺愛していたか、それとも、信じるに値する魔術でも見せられたか」

 考えるようにサングは言った。タイオスは顔をしかめた。

「たとえ巧くいかなくても、キルヴン閣下に自分と同じ苦しみを味わわせてやれる、と思ったのかもしれんぞ」

「有り得ます」

「あの」

 リダールは、ロスム閣下はいい人です、などと言うことはせず、自らの疑問を追及した。

「それじゃやっぱり、できるんですか。そんなことが」

「ですから」

 可能性があるとしてもごくごく僅少だ、ということをサングは繰り返した。

「考えられるのは……実験的なものでしょう」

「何だそりゃ」

 タイオスは胡乱げに言った。

「死人を甦らす実験?〈蘇り人〉みたいなもんを作ろうとでも?」

 伝説に言う「動く死体」。実際にいるものかどうか、幸いにしてタイオスは見たことがないが、不気味な話だ。

「ライサイが何を望むかなんて知るものですか。ただ、蘇り人というのは死体が動くだけですから、死者の帰還伝承とは一線を画するべきです」

 講義でもしているかのように、サングはタイオスとリダールを順にのぞき込んでは、彼らが理解できたか確かめるようにした。

 タイオスは思わず苦笑する。魔術師の博識には舌を巻くし、明日の朝まで魔術そのもの以外にサングの知識、知恵が有用なことは判っているが、リダールと一緒に生徒扱いとは。

「〈蘇り人〉であろうと伝承に近いものであろうと、あまり真っ当な魔術師が考えることではないです。ライサイは黒の左手を持っているということ」

「何だ、その左手ってのは」

「〈黒の左手〉。魔術師が倫理的な禁忌を取り払い、自らの術、欲望のためならどんなことでも……たとえや誇張ではなく、本当にどんなことでも躊躇わなくなる。そうした状態を『黒の左手に捕まる』などと言います」

「――殺しに快感を覚えちまった戦士みたいなもんか」

「非常に近い」

 サングはうなずいた。

「ただ、『覚えた』だけなら、まだ逃れる余地がありますね。その快感のために戦士業を続けたとしても、業務内であればそれほど問題はない訳です」

「必要以上の防衛、依頼以外の殺し、果ては、街なかでの」

 タイオスはそこまで言うと、顔をしかめて息を吐いた。

「何か思い出すことでも?」

「まあな」

 彼は呟いた。

「いたよ、そういう奴が。昔な」

 ふっと浮かんだ追憶を振り払うように、中年戦士は頭を振った。

「あれの魔術師版ねえ」

 タイオスは肩をすくめた。

「それも、単独じゃなくて複数つるんでる。全部が魔術師ではないにしても、最低ふたり、最大で一族中か?」

 言ってから彼は首を振った。

「いや、リダールさえ諦めさせればいいんだからな。何も一族を全部敵に回さなくても、どうにかなるだろう」

「失礼ながら」

 サングは首をかしげた。

「リダール殿以外であれば、何があってもかまわないと?」

「そりゃあ、『以外』を守る理由がないからな」

 簡単に戦士は答えた。

「俺はラ・ザインの使徒じゃないんだ」

「愚問でした」

 サングも特にタイオスを糾弾することなく、ただ肩をすくめた。

「あなたという護衛が存在することを理解した上で、彼らが繰り返しリダール殿を狙うのかどうか。それが問題点です」

「繰り返し、狙ってるじゃないか」

「失礼ながら、初戦は向こうの勝利でしたでしょう。リダール殿はさらわれた。奪還して、タイオス殿の一勝。この時点では引き分けです。もう一度エククシア殿が戦いを挑んで、あなたが勝った。これを彼らがどう取るか」

「『ヴォース・タイオスは手強いからもうやめておこう』と考えてくれりゃいいんだが」

「それなら確かに話は早い」

 しかし、とサングは続けた。

「ロスム閣下に諦めさせる、という選択肢は採らないのですか」

「そりゃ、無理だからだ」

 タイオスは肩をすくめた。

「フェルナーとやらが死んで、どれだけ経つって?」

「だいたい、六年です」

 リダールが答えた。

「だろ。これが、死んだばかりで取り乱しているとでも言うなら、もしかしたら説得の余地もある。だが六年。長い」

「ずっとそれを望んでいたにせよ、〈青竜の騎士〉やライサイとの関わりによって決意したにせよ、覆されないと?」

「俺はそう思うね」

 苦い顔をしてタイオスは言った。

「誕辰が同じ人間を連れて何をするにせよ、死んだ人間が生き返るとは俺は思わん。だが、可能であると仮定して話を進めれば、ロスムには『リダールである』必要がある。しかし実験であるなら、ライサイとかには絶対リダールでなくちゃならん理由はないはずだ」

「確かに、そうと言えます」

 サングはうなずいた。

「ロスム閣下の目は余所に向けられないが、ライサイならば可能」

「そういうこった」

「ですが、難しいのではないかと思います」

 魔術師は息を吐いた。

「彼らがどのような契約をしているのかは判らない。ですがいまや、タイオス殿という護衛がいることは知れている。タイオス殿にはエククシア殿のことも、さらった盗賊のことも知れているのに、彼らはリダール殿にこだわる。その理由は?」

「知るかよ」

 タイオスは一蹴した。

「俺だって知りたいわ」

「ぼく……」

 リダールが口ごもる。

「ぼくが、必要だって」

 小さな声は、男たちに届かなかった。

「うん?」

 戦士は片眉を上げた。

「何か言ったか。思い出したことでもあるのか」

 タイオスが焦げ茶の目でのぞき込むと、少年は気弱な瞳をぱちぱちとさせた。

「……何でもない」

 彼は、そう言った。何もないと。

「そうか」

 何だか奇妙だなと、タイオスはそう思ったものの、何でもないと言うのならば何でもないだろうと、それ以上少年を追及しなかった。

 リダールは、ああだこうだと話を続けるタイオスとサングから目を逸らし、どこか遠くを見た。

 あのとき。

『――ライサイ!』

 エククシアがそう叫んだとき。騎士は姿を消す前に、リダールを見た。青と黄色の瞳に目を奪われた少年は、そのとき、声に出されなかった言葉を聞いたと、思った。

(……フェルナー)

 その視線は、遥か北方を向いていた。


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