11 俺は思わん
「でも……フェルナーは亡くなり、ぼくは生きています」
「ですから、星辰が全てではないのです」
「フェルナーってのは、ロスムの息子のことだったな」
タイオスは、ハシンの話を思い出して言った。リダールの友人で、同じ誕辰の。
「ってことは……あの親父、つまりは自分の子供を取り戻したくてリダールを狙ったと、そういうことか」
話がつながった、とタイオスは思った。
「普通はそうした話を持ちかけられても胡乱だと思うものですが。伯爵閣下はよほど息子を溺愛していたか、それとも、信じるに値する魔術でも見せられたか」
考えるようにサングは言った。タイオスは顔をしかめた。
「たとえ巧くいかなくても、キルヴン閣下に自分と同じ苦しみを味わわせてやれる、と思ったのかもしれんぞ」
「有り得ます」
「あの」
リダールは、ロスム閣下はいい人です、などと言うことはせず、自らの疑問を追及した。
「それじゃやっぱり、できるんですか。そんなことが」
「ですから」
可能性があるとしてもごくごく僅少だ、ということをサングは繰り返した。
「考えられるのは……実験的なものでしょう」
「何だそりゃ」
タイオスは胡乱げに言った。
「死人を甦らす実験?〈蘇り人〉みたいなもんを作ろうとでも?」
伝説に言う「動く死体」。実際にいるものかどうか、幸いにしてタイオスは見たことがないが、不気味な話だ。
「ライサイが何を望むかなんて知るものですか。ただ、蘇り人というのは死体が動くだけですから、死者の帰還伝承とは一線を画するべきです」
講義でもしているかのように、サングはタイオスとリダールを順にのぞき込んでは、彼らが理解できたか確かめるようにした。
タイオスは思わず苦笑する。魔術師の博識には舌を巻くし、明日の朝まで魔術そのもの以外にサングの知識、知恵が有用なことは判っているが、リダールと一緒に生徒扱いとは。
「〈蘇り人〉であろうと伝承に近いものであろうと、あまり真っ当な魔術師が考えることではないです。ライサイは黒の左手を持っているということ」
「何だ、その左手ってのは」
「〈黒の左手〉。魔術師が倫理的な禁忌を取り払い、自らの術、欲望のためならどんなことでも……たとえや誇張ではなく、本当にどんなことでも躊躇わなくなる。そうした状態を『黒の左手に捕まる』などと言います」
「――殺しに快感を覚えちまった戦士みたいなもんか」
「非常に近い」
サングはうなずいた。
「ただ、『覚えた』だけなら、まだ逃れる余地がありますね。その快感のために戦士業を続けたとしても、業務内であればそれほど問題はない訳です」
「必要以上の防衛、依頼以外の殺し、果ては、街なかでの」
タイオスはそこまで言うと、顔をしかめて息を吐いた。
「何か思い出すことでも?」
「まあな」
彼は呟いた。
「いたよ、そういう奴が。昔な」
ふっと浮かんだ追憶を振り払うように、中年戦士は頭を振った。
「あれの魔術師版ねえ」
タイオスは肩をすくめた。
「それも、単独じゃなくて複数つるんでる。全部が魔術師ではないにしても、最低ふたり、最大で一族中か?」
言ってから彼は首を振った。
「いや、リダールさえ諦めさせればいいんだからな。何も一族を全部敵に回さなくても、どうにかなるだろう」
「失礼ながら」
サングは首をかしげた。
「リダール殿以外であれば、何があってもかまわないと?」
「そりゃあ、『以外』を守る理由がないからな」
簡単に戦士は答えた。
「俺はラ・ザインの使徒じゃないんだ」
「愚問でした」
サングも特にタイオスを糾弾することなく、ただ肩をすくめた。
「あなたという護衛が存在することを理解した上で、彼らが繰り返しリダール殿を狙うのかどうか。それが問題点です」
「繰り返し、狙ってるじゃないか」
「失礼ながら、初戦は向こうの勝利でしたでしょう。リダール殿はさらわれた。奪還して、タイオス殿の一勝。この時点では引き分けです。もう一度エククシア殿が戦いを挑んで、あなたが勝った。これを彼らがどう取るか」
「『ヴォース・タイオスは手強いからもうやめておこう』と考えてくれりゃいいんだが」
「それなら確かに話は早い」
しかし、とサングは続けた。
「ロスム閣下に諦めさせる、という選択肢は採らないのですか」
「そりゃ、無理だからだ」
タイオスは肩をすくめた。
「フェルナーとやらが死んで、どれだけ経つって?」
「だいたい、六年です」
リダールが答えた。
「だろ。これが、死んだばかりで取り乱しているとでも言うなら、もしかしたら説得の余地もある。だが六年。長い」
「ずっとそれを望んでいたにせよ、〈青竜の騎士〉やライサイとの関わりによって決意したにせよ、覆されないと?」
「俺はそう思うね」
苦い顔をしてタイオスは言った。
「誕辰が同じ人間を連れて何をするにせよ、死んだ人間が生き返るとは俺は思わん。だが、可能であると仮定して話を進めれば、ロスムには『リダールである』必要がある。しかし実験であるなら、ライサイとかには絶対リダールでなくちゃならん理由はないはずだ」
「確かに、そうと言えます」
サングはうなずいた。
「ロスム閣下の目は余所に向けられないが、ライサイならば可能」
「そういうこった」
「ですが、難しいのではないかと思います」
魔術師は息を吐いた。
「彼らがどのような契約をしているのかは判らない。ですがいまや、タイオス殿という護衛がいることは知れている。タイオス殿にはエククシア殿のことも、さらった盗賊のことも知れているのに、彼らはリダール殿にこだわる。その理由は?」
「知るかよ」
タイオスは一蹴した。
「俺だって知りたいわ」
「ぼく……」
リダールが口ごもる。
「ぼくが、必要だって」
小さな声は、男たちに届かなかった。
「うん?」
戦士は片眉を上げた。
「何か言ったか。思い出したことでもあるのか」
タイオスが焦げ茶の目でのぞき込むと、少年は気弱な瞳をぱちぱちとさせた。
「……何でもない」
彼は、そう言った。何もないと。
「そうか」
何だか奇妙だなと、タイオスはそう思ったものの、何でもないと言うのならば何でもないだろうと、それ以上少年を追及しなかった。
リダールは、ああだこうだと話を続けるタイオスとサングから目を逸らし、どこか遠くを見た。
あのとき。
『――ライサイ!』
エククシアがそう叫んだとき。騎士は姿を消す前に、リダールを見た。青と黄色の瞳に目を奪われた少年は、そのとき、声に出されなかった言葉を聞いたと、思った。
(……フェルナー)
その視線は、遥か北方を向いていた。