10 気休めでも本気でも
「サング。今後のことだが」
タイオスは切り出した。
懸念通りにエククシアがまだリダールを狙っているのであれば、引き続きタイオスは雇われることになる。となれば魔術師の助力はやはり必要だ。
「キルヴン閣下とご相談を。と言いたいところですが」
魔術師は片手を上げた。
「契約ですので、明日の朝まではおつき合いします。申し上げた通り、三百ラルの枠を越え、私の力の限り、協力をいたしましょう」
ですが、と魔術師は息を吐いた。
「明日までです」
「次の契約は結ばない、という意味か?」
タイオスは片眉を上げた。
「何でだ」
「ライサイです」
サングは答えた。
「この件にライサイが絡んでいることは、確実になるばかり。協会は、ライサイとことをかまえる気はないんです。先ほど、協会の導師と連絡を取りましたが」
いつそんな時間があったのだ、という愚問を発しそうになったタイオスだったが、すんでのところで口をつぐんだ。
魔術師同士は、遠く離れていようと実際に声を出さなかろうと、魔術で意志を伝え合えるのだ。たとえば、いまこうしてタイオスに話している瞬間だって、サングがほかの魔術師と言葉を交わしていないとは限らない。
「やはり介入はならず、ということになりました。申し訳ありませんが、明日の朝までです」
サングは繰り返した。タイオスはうなった。
「判った」
そう言わざるを得なかった。
「魔術師抜きで魔術師に向かうのは、心細いがね。仕方ない」
気軽に応じてみせたものの、難問発生である。協会全体が彼の依頼を拒否すると、サングはそう言ったのだ。
ここでサングに凄んでみせても無意味だ。サング自身は興味のありそうなことを口にしているが、それでも組織に従うと答えたのである。
サングに問題があるのではなく、ほかの魔術師を雇うこともできないということになった。難問だ。
「タイオス殿には、〈峠〉の神のご加護がありますから、大丈夫でしょう」
魔術師は魔術師らしからぬことを言った。
「助け手が必要になれば、現れます」
「それは予言かい?」
少し茶化して、タイオスは尋ねた。
「私に未来を見る力はありませんが、それでも判ることはあります」
今度は魔術師らしい返答だった。深遠なようだが、中身が感じられない。タイオスは乾いた笑いを浮かべる。
「まあ、気休めでも本気でもかまわん。いまは貴重な残り時間でお前さんを使わせてもらうことを考えるだけだ」
リダール、と戦士は少年を呼んだ。
「話の続きを」
こくり、とうなずいてリダールは、ふとサングを見た。
「あの……」
「ああ、こいつはサングと言って俺が雇った魔術師だ。もっとも、金はお前の親父から出てるがね」
「初めまして、リダール殿」
魔術師は改めて、丁寧に礼をした。
「は、初めまして」
リダールは挨拶を返し、それから目をぱちぱちとさせた。
「魔術師。本物?」
「もちろんです」
タイオスは苦笑したが、サングは真顔で返した。
「へえ! ぼく、芸人一座でしか見たことなかった。本当に、いっつも黒いローブを着ているんですね!」
「着なくてはならないという訳ではありませんが、一種の制服のようなものです」
「あの、どんなことができるんですか」
「それは、いろいろと」
「おいおい」
こほん、とタイオスは咳払いした。
「リダール」
「あ、はい」
少年は気まずそうに笑みを浮かべた。
「すみません。そんな場合じゃなかった」
「泣かれるよりは、余裕があっていいがな」
タイオスは手を振った。
「で? 青竜野郎は何を言ったんだ?」
「その……おかしなことを」
「それはさっきも聞いた」
すげなく、彼は首を振った。
「具体的にこい」
「それは……」
リダールは口ごもった。
「その」
視線はまたしても、魔術師を向く。サングは肩をすくめた。
「私がいると話しづらいことなのですか?」
「いえ、そうじゃないんですけど」
「はっきりしろよ」
タイオスは顔をしかめた。
「お前が話さないんじゃ、ハシンに訊くしかない。怪我人に根ほり葉ほり、訊かせたいのか?」
「ハシンも、全部聞いてた訳じゃないです」
リダールは息を吐き、少しうつむいた。
「あの、サング術師」
「何でしょう」
「死んだ人が帰ってくることはありますか」
その質問に、タイオスとサングは顔を見合わせた。
「たとえば魔術は、そんなことを可能にするんでしょうか」
「しません」
すぐにサングは答えた。
「神話、伝説の類では、聞かれます。死んだ恋人を求めてラ・ムール河に行き着いた男の話、冥界神コズディムに会って妻を取り戻した吟遊詩人の話。街の物語師に声をかければ、死 神 に戦いを挑んで少女を取り戻す戦士の話なども聞けるかと思います」
「やっぱり、そういう感じですか」
リダールはうつむいたままで呟いた。
「本当には、起こりませんよね」
「魔術師たちの間では『どのような可能性も存在し得る』と考えるものです。ですが、『死んだとされていたが実は死んでいなかった』というような場合でもない限り、まず有り得ませんでしょうね」
慎重に魔術師は答えた。そうですよね、とリダールはうつむくばかりだ。
「ぼくも、信じた訳じゃないんです。でも……」
「誰か、亡くなった方を呼び戻すと、そうした話をされたのですか」
確認するようにサングが問えば、少年は小さくうなずいた。
「そうしたことは不可能である、というのが協会の見解ですが、同時に可能性は何にでもあるというのが基本姿勢。いくらか矛盾をはらむことになりますが」
魔術師は考えた。
「具体的には、誰が帰ってくると?」
「ぼくの……」
リダールは躊躇い、続けた。
「友だち、です」
「もしや同い年でしたか?」
「ええ。誕辰も同じでした」
「成程」
サングはうなずいた。
「ではそこに『リダール殿が要る』意味がある」
「どういうことですか」
少年は尋ね、魔術師は説明した。
星辰は全てではないが、多くの事象に影響を持つ。同じ年、同じ月、同じ日に生まれた赤子には、顕れ方こそ違えども、似た形の運命がもたらされると言う。