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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第2話 再会 第1章
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08 不可能を可能に

「――エククシア殿のこと、タイオスに言わないといけないな」

「エククシア殿がどうなさったのですか」

「うん。それがね……」

 監禁中、〈青竜の騎士〉の声を聞いた。その話を戦士にする暇がなかった。タイオスは忙しく協会へ行ってしまったし、彼は休めと言われた。

「ぼく」

「望むのであれば連れよう。カル・ディアの外へでも、墓参でも」

 リダールはびっくりして目を丸くした。ハシンも目を見開き、そこにいなかったはずの人物を眺めた。

「エ、エククシア殿!」

「どうやって、ここに」

 ハシンは慌てて、どうしていいか判らないようだった。

「リダール。迎えにきた」

「え……え? ど、どうして」

 少年は寝台の上に後ずさりをした。

「夜明け前に出立だと言ったが、早めることにした」

 騎士は彼らの動揺にかまうことなく、寝台に足を進めた。

「エ、エククシア殿でいらっしゃいますか」

 彼の顔を知らぬハシンは、しかしリダールが言うのであればそうなのだろうと額をぬぐった。

「あの、失礼ですが、リダール様はただいまお休み中でして」

 尋常でない現状に尋常に対処しようと、使用人は来訪者に向かった。

「お約束もないことですし、どうか外で」

 しばらくお待ちを――というようなことを真っ当な感性を持つ初老の男は言おうとした。しかし状況は、少しも真っ当ではなかった。

 使用人を振り向きもしない騎士に、焦ったハシンが追いついてその腕を取った次の瞬間、彼は部屋の反対側まで吹き飛ばされていた。

「うぐっ」

「ハ、ハシン!」

 少年は叫んだ。初老の使用人は頭でも打ったか、その場にぐったりと崩れ落ちた。

「邪魔をしなければ、これ以上は何もしない」

 囁くような声音で淡々と、エククシアは言った。

「リダール。お前もだ」

「ぼ、ぼくは」

 少年は寝台の上に座り込んだままで後退するという、あまり役に立たないことをしていた。

「どういうことですか、やっぱりあなたは、あの悪人たちと一緒にいたんですか」

「聞いていたのか」

「少しだけ……」

 彼は認めざるを得なかった。

「でも、意味が判りませんでした。ライサイとか、北とか」

 ごくり、と少年は生唾を飲み込んだ。

「――フェルナーが戻る、とか」

 慎重に彼が言えば、騎士の口の端が引っ張られた。笑ったのだろうか、とリダールは判断に迷った。

「それを聞いたか」

 エククシアの手が伸びた。リダールは身を縮ませたが、やはり役に立たなかった。

「タイオスには、話したか」

「ええ?」

 思いがけず戦士の名を耳にして、少年は目をしばたたいた。

「いえ、何も……」

「そうか」

 男はただうなずいた。

「そう。フェルナー・ロスムは戻るとも。リダールよ、友に会いたいか?」

「で、でも」

 リダールはその手を振り払おうとした。もちろん、無駄だった。エククシアは剣を握る強さで、少年の手首をしっかりと捕まえていた。

「フェルナーは、亡くなりました」

「そうだな」

 エククシアはうなずいた。

「死者の戻るはずはない、と」

「も、もちろんです」

「だが、時に世界は、神秘を見せる」

 騎士は続けた。

「ライサイには力がある。お前の友を冥界から呼び戻してやることができる」

「まさか、そんなこと」

「嘘だと思うか? 口から出任せと?」

「だって、有り得ません」

 死者は帰らない。いくらリダールが幼く見えようと、それくらいのことは判っている。

「いったい、何を言っているんですか」

「ライサイの力は、不可能を可能にするということ」

 エククシアは不意に、力を強めてリダールを引っ張った。

「あっ」

 少年はやわらかい布団の上に前方から倒れ込むと、そのまま引きずられた。

「やめて、やめてください!」

「友に会いたくはないのか」

「フェルナー……」

 記憶が蘇る。たった十二歳で。いや、十二歳の誕生日を迎える前に、不幸な死を迎えた友人。

 会いたくないはずがない。

 だが、会えるはずも、ないのだ。

「お前が私と一緒にやってくるなら、フェルナーは戻ってくるだろう」

「そんな馬鹿な……」

 少年にはとても信じられなかった。信じられなくて当たり前だと思った。

「リダール・キルヴン」

 〈青竜の騎士〉が彼の名を呼ぶ。

「私とともに、フェルナーをこの世に戻す手伝いを」

「手伝い……?」

 思いがけない言いように、少年は戸惑った。

その通りだ(アレイス)

 騎士はうなずいた。

「お前が必要だ」

「え……」

 少年はどきりとした。

 いまだかつて、言われたことのない言葉。

「私を」

 エククシアは再びリダールの手を引くと、引き寄せた。

「信じろ」

 黄色と青の瞳が、おどおどした濃茶の瞳と合わさった。

 くらり、と少年は目眩を覚えた。

(怖い――)

(でも)

 必要だと。

 除け者にばかりされてきた少年にとって、それは強い誘惑だった。

 リダールの身体から、逆らう力が抜けた。エククシアが再び、かすかな笑みらしきものを浮かべた。

 少年はふらふらと、その手を取った。

 〈青竜の騎士〉の口の端が上がる。

 それは笑ったものと、今度は少年にも判った。

「ぼ、坊ちゃま……」

 そのときだった。使用人が弱々しく、主の息子を呼んだ。そこでリダールは、はっとなる。

(ぼくは)

(何を)

 この男は、彼の使用人を暴力的に扱った。騎士などという呼び名に惑わされていたのだと、そう確信したのはたったいまのことなのに。

「駄目です、ぼくは行かない」

 リダールは手を放した。

「誰か! 誰かきて!」

 少年は叫んだ。

「聞き分けのない」

 子供に言うような調子で、エククシアは眉をひそめた。

「そのようにお前が意地を張れば、害を被る者があると知れ」

「何を」

 尋ね終えるまでにも至らなかった。男の手は腰へ伸びたかと思うと、そこから引き抜かれた小刀が矢のように飛び出した。

 トスッ、と不気味に軽快な音がして、ふらふらと壁に手をつきながら立ち上がったハシンの左手と壁が、小刀でつなぎとめられた。

 使用人は一(リア)動きをとめて、それから絶叫した。

「余計な真似は、するな」

「ハシン、ハシン!」

 リダールもまた悲鳴を上げた。これだけ大きな声に、誰も気づかないはずはなかった。すぐに、護衛兵がやってくるはず。

「これ以上、私に無駄な時間を送らせる気であるならば、怪我人が増えることになろう」

 凄むでもなく、エククシアは静かに言った。

「もっと怪我人を出したいか、リダール。それとも死人を」

「死」

 自分が親しい者は、みな死んでしまうように思ったことが。

 少年の顔は強張り、騎士はそれを見落とさなかった。

「リダール。ここにいても、お前によいことはない。王宮では除け者、親友ももういない。だが」

 エククシアは優美に手を動かすと、リダールのあごに指をかけて上向かせた。

「私とやってくれば誰も傷つかず、友も戻ってくる」

「フェルナー……」

そうだ(アレイス)、フェルナー・ロスム」

 黄色と青の瞳が再び、少年の濃茶のそれを捕らえる。リダールは目眩を覚えた。

「彼を取り戻したくはないか」

(フェルナー)

(ぼくが)

(ぼくが必要だと)


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