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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第2話 再会 第1章
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06 推測は合っているかと

「キルヴン閣下にでも確かめられるといい。五年前のその日というのは、ジュトン殿が亡くなった日です。護符は力を発揮し、ジュトン殿の主を守った。生憎と当の本人は、命を落としましたが」

「何? そうか、五年前ってのはそういうことか。むきになるな、悪かった」

 タイオスは素直に謝罪の仕草をした。護符がどんな力を発揮したものかは判らないが、〈白鷲〉自身、或いはその主人の危機に神様が手助けする、それは不思議なことではないような気がした。

 しかし、タイオス自身で考えたとき、彼にその実感はない。

 サナースやハルディールに神が助けを寄越すのは自然だと思うが、まさか自分に、と思っているところがあった。

 先ほどのあれには度肝を抜かれたし、そんなことがまたあるとも思っていなかった。

 二十年超の「常識」は、なかなか完全には抜けないのである。

「だがそれでも、今日は一度だ」

「あなたが気づいていないだけです」

「あんな妙ちきりんなことが起きて気づかないはずがあるか。一度だったら一度だ」

 戦士と魔術師はしばし言い合ったが、互いに相手が間違っていると考えたまま、その論争を適当に切り上げた。

「そんなことより、ライサイだ。奴ら、リダールを北へ連れて行こうとしていたらしい」

「北。つまり、ソディ一族の村カヌハですか」

「判らんが、たぶんそうだろう」

「それは、初めての展開です」

 アル・フェイルではなかったことだ、と魔術師は呟いた。

「リダール殿は何を聞いたのですか」

「詳細は訊いていない。ずっと眠らされていて飲まず食わずだったからな、ふらふらだ。いまは休ませてる」

「そうですか。話をお聞きしたいものですが」

「お前が?」

 タイオスは片眉を上げた。

「俺が依頼してもいないのにか」

「ライサイについて知りたいというのは、この誘拐にどのような裏があったか知りたいということでしょう。リダール殿から何か聞けば判ることもあるやもしれませんと、そういうことを言っています」

 何か不審ですかと魔術師は尋ねた。

「いや、別に」

 不審じゃないとタイオスは答えた。

「まあ、俺が伝書鳩(ルワク)の真似をするより、直接聞いてもらった方がいいことは確かだろう。ただ」

 こほん、と彼は咳払いした。

「一日で済まなかったとしても、これ以上は払えんという事情もある」

「キルヴン閣下は、そう仰らないと思います」

「……引き延ばして、金をむしり取るつもりじゃなかろうな」

 「そうだ」という答えのあるはずもないが、ついタイオスは尋ねた。

「言っておきますが、引き延ばしたところで、私の懐に金が入る訳ではありません。多額で雇われますと『儲けているくせに』というようなことを言われますが、いくらで何日雇われようと私に入る金額は一定です。支払われた銀貨は協会の維持費に」

「判った判った」

 協会が魔術師にどのような形態で「給金」を支払っているものか知らないが、むしろ組織にむしり取られるのだと、少なくともサングがそう主張していることは判った。

「あなたと違って、受け取った金額全てが自分の報酬になるのではありません」

「判ったと言ってるだろう」

 タイオスは降参した。

「ただ、俺も閣下に金を使わせたくはない。自分の失敗分があるからな。だが本腰入れて連中とことをかまえる羽目になるなら、確かに本気で助力が要る。明日以降のことはもう一度閣下と話してからでいいか」

「判りました」

 今度はサングがそう言った。

「では、今日中にできますことは、ほかに」

「エククシア」

 彼は即答した。

「〈青竜の騎士〉」

 すぐさま、サングは反応した。

「知ってるのか」

「噂くらいは」

「どんな噂だ」

「『謎の騎士』」

「は。大変、明瞭だ」

 タイオスは乾いた笑いを洩らした。

「彼の素性を調べろと?」

「生まれ育ちなんかはどうでもいいが、ロスムに飼われた経緯と、ライサイとのつながりを頼む。それから、仮面の男」

「何ですか、それは」

「魔術師だ」

 戦士は、路地裏で騎士の傍らにあった男のことを説明した。

「明日以降の展開によっちゃ、お前さんの相手ってことになる」

「それは重要です」

 サングはうなずいた。

「興味深い」

「面白がってるのか?」

「しばらく魔術合戦などはやっていませんので。血が騒ぎます」

「そりゃ頼もしい、とでも言うのかね」

 久しぶりであるのなら頼もしいという感じはしないし、どうにも「血が騒いでいる」という様子もないのだが、少なくとも怖れている様子はない。

「盗賊ジョードについては、町憲兵隊に言った方がいいんだろう。一緒にいたミヴェルとかって女は……」

 タイオスは考えた。

「我ら、と言っていた」

 彼は呟く。

「ライサイと我らのために……リダールが要るというような」

「リダール殿が、要ると」

 魔術師は目を細くした。

「リダール・キルヴン殿の、誕辰は?」

 突然、サングは尋ねた。

「何?」

 思いも寄らない質問に、戦士は目をしばたたいた。魔術師は真面目な顔をしている。

「誕辰の日によっては、何らかの力ある媒体とされることもあります。判りやすいものは年明けの初日ですとか、祭りの日でありますとか、そうした日に生まれた赤子。特殊例ですが、年をまたいで産まれた双子などは、魔術的にたいそう意味がある」

「いや、待て」

 さっぱり判りやすくない、とタイオスは正直に言った。

「だいたい、リダールが生まれたのは十八年前だということしか知らん」

「そうですか」

「……何だか気味の悪いことを考えていないか」

 胡乱そうにタイオスは尋ねた。

「私が考えているのではありません」

 魔術師はそう答えた。

「ただ、推測は合っているかと。つまり、儀式の生け贄として必要というような」

「平然と言うな、平然と」

 タイオスはうなった。

「ソディってのは、やっぱりそういう連中なのか」

「謎に包まれていますが、調査に行った魔術師が帰ってこなかったという報告例もあるようです」

「平然と……」

 またしても戦士はうなった。

「しかしタイオス殿。そうなると、リダール殿が心配です。彼がさらわれたのは、偶然ではない」

「そりゃ、偶然じゃないが」

 ロスムの画策だったのだ。

 だがタイオスは首を振った。サングが言っているのは、そのことではない。

「金以外に目当てがあったとなると」

「――リダールそのものが目当てだってか」

 タイオスはがたんと椅子を蹴った。

「正直、俺にはさっぱり判らん。同意するかと言われれば、保留だ。だが、警戒しとくに越したことはない」

 彼は魔術師を手招いた。

「俺とこい、サング。話の続きは、キルヴン邸でする」

「致し方ありません」

 サングは肩をすくめた。

「……あまり深入りはしたくありませんが」

「ん? 何か言ったか」

「いえ。契約ですからきちんとおつき合いします、と」

 魔術師は答え、戦士は首をかしげたが、それならこいと手招くにとどめた。


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