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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第2話 再会 第1章
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05 嫌なことを

「アル・フェイドでの事件ってのはどんなもんなんだ。どうやって解決を見た」

「概要はカル・ディアでのものと変わりません。良家の子女が拐かされ、金を要求され、言うなりになって金貨を積めば無事に子供が帰ってくる。そうしたことが繰り返されました」

 そこを聞けば、誘拐の裏にロスム伯爵ありということにはならなさそうだった。いくら何でもアル・フェイドまでは手を伸ばすまい。

「どうやって捕まえた」

「関係者をみな捕縛したという訳でもないのです、生憎なことに」

 魔術師は肩をすくめた。

「アル・フェイルの宮廷には、王陛下にお仕えする宮廷魔術師がいます」

「ああ、聞いたことがある」

 シリンドルで関わった魔術師イズランはアル・フェイル宮廷魔術師の弟弟子だとタイオスは聞いていた。

 王宮に魔術師が詰めるというのは、皆無ではないが珍しい。

 魔術師に相対すれば「全て知られるのでは」などと根拠のない怖れを覚えるものであり、地位身分が高くなればなるほど抱える秘密は薄暗くなる。一部の礼儀知らずを除き、魔術師とて許可もなく他人の心を読んだりしないものだが、魔術師ではなく、なおかつ秘密の露見に怖れを持つ人間にそのような説明をしても信じないだろう。

 宮廷魔術師のいる宮廷というのは、反論を許さぬほど王の権力が強いか、或いは反論を全て打ち砕くほど魔術師の力が強いか、はたまたもしかしたら、清廉潔白なま人間で構成されているか、というところだ。

 タイオスはアル・フェイル宮廷を知らないが、三つ目ということはないだろうと思っていた。あのシリンドルですら、水面下ではけっこうどろどろしたものを眠らせていたのである。

「強力な魔術師サマが、ちょちょいのちょいとやっつけちまった、とでも?」

 彼はそんな風に尋ねた。何も馬鹿にしたものではない。イズランの兄弟子ならばけっこうな能力の持ち主ではなかろうかと思ったのだ。

 「兄弟子」と言われれば、「弟」よりも能力が上だろうと感じるところがある。

 もちろんこの「兄弟」は入門の順序によるだけのことであり、先輩たる兄弟子が、入門したての弟弟子より上達しているのはどの世界においても当たり前のことだ。数年もすればその能力、立場は逆転することも十二分に有り得る。

 だがタイオスは、「兄弟子」という言葉を耳にすると、自分自身の兄弟子を思い出すのだ。

 同じ師匠についた先輩弟子のアースダル。タイオスは久しく彼に会っていないが、分かれるそのときまで、一度も兄弟子に勝つことはなかった。それからタイオスも成長し、経験をしてきたのだが、彼は想像上ですらアースダルに勝ったことがなかった。

 そんなことから、「兄弟子」というものは弟弟子よりもずっと上だと、とっさにそう考えてしまうのである。

「そう簡単ではなかったようですが、大筋ではそんなところです」

 サングは認めた。

「実際に拐かしを実行していた者を捕らえ、裏にライサイありと突き止めました。ですが彼にできたのはそこまででした。と言うのも、彼は『アル・フェイルの』宮廷魔術師であるが故に、ウラーズ国の民であるライサイを罰するのは困難だったのです」

 これが「魔術師協会」のやることであれば、話は違っていた。魔術師には国境がない。協会は王家に敬意を払い、税も納めるが、政治不干渉を貫くことで国にも干渉されないだけの力を持つ。もしもライサイが協会の決まりごとを破ったために協会に追われたのであれば、アル・フェイルもウラーズも関係なかった。サングはそんな説明をした。

「要するに、続く誘拐はとめたが、ライサイは逃した」

「話を早くすればそういうことです」

 サングはうなずいた。

「それで、ソディってのは何なんだ」

「大まかには、ライサイという名の存在を崇める一族、と言えます。ただ、『ライサイ』そのものがどういう人物であるのか、それは私の知るところではない。調査をと言うのでしたら、善処いたしますが」

「どんな人物であれ、金目当てと言うんなら判るんだ」

 タイオスは渋面を作った。

「よりによってマールギアヌ二大国の首都で貴族を敵に回すような阿呆な真似も、一種の自己顕示と考えればそれほど不思議じゃない。北にライサイありと、言うなればアル・フェイル宮廷魔術師は思い知った訳だろう?」

「そうでしょう。それまで、彼もソディ一族やライサイのことはほとんど知らなかったようですから」

「うん?」

 タイオスは首をひねった。

「お前さん、宮廷魔術師を直接知ってるのか?」

「いえ、直接には」

 彼は首を振った。

「ただ『宮廷魔術師』にまでなった魔術師は、有名なものです」

 サングはそう回答した。

「われわれ魔術師には、あまり権力欲はありません。それでも『宮廷魔術師』となれば魔術師にとって一種の頂点だ。その地位を望む者はあまりおらずとも、知られていることは確かです」

「そんなもんか」

 戦士にはぴんとこなかったが、少し考えてみた。

 言うなればそれは、戦士が宮廷に召し抱えられることと似ているのかもしれなかったが、宮仕えなんて面倒臭いことの代名詞のようなものだ。流れ戦士のなかには固定給に憧れ、(あるじ)を持ちたがる者もいるが、タイオスの仲間内には少なかった。友人知人であれば「あいつ、いまごろどうしているかね」と話題になることはあっても、「どこそこの宮廷に抱えられた誰それは有名だ」ということにはならない。

「じゃ、宮廷魔術師の弟弟子なんて知るはずもないか」

 別にイズランの近況が気になる訳でもなかったが、何となくタイオスは呟いた。

「弟弟子?」

 サングは首をかしげた。

「彼に、弟弟子はいないはずです。故ハマス導師の、最後の弟子でしたから」

「あれ?」

 戦士は記憶違いだったろうかと思った。確かに弟弟子と聞いた気がするが、確信は持てなかった。もっとも、あの魔術師が全て真実を言っていたとは限らない。「宮廷に近い、だが、直接には関わらない」位置を捏造したのかもしれないな、と考えた。

 では実際にイズランが何者だったのか――ということになると、タイオスには何の手がかりもなかったが、別にいまさらどうでもいいと思った。

「アル・フェイドにお知り合いが?」

「まあ、顔と名前を見知って、ちょっと話したくらいでお知り合いと言うなら、お知り合いだな」

 その話はもういい、と彼は手を振った。

「ともあれ、自己顕示というタイオス殿の指摘は、合っているのかもしれません」

 考え深げにサングは言った。

「これまでずっと静かにしていたのに、アル・フェイル、カル・ディアルと立て続けだ。金を集めた上で、何か企んでいるのかも」

「何かって何だ」

「さあ、判りません」

 魔術師はもっともなことを答えた。

「一般的な話にすれば、戦――とも言えますが」

「おいおい」

 タイオスは嫌な顔をした。

「物騒だな」

「戦士殿の台詞とは思えませんね」

「そりゃ、俺たちゃ剣を取って戦うことが仕事だがね。自分の命と雇い主の命を守るのが、せいぜいだよ。国を守って、或いは攻めて、戦うなんざ」

「それは〈白鷲〉殿であっても?」

「嫌なことを言いやがる」

 〈シリンディンの白鷲〉は、シリンドルの危機を救う。

 ハルディールが隣大国に戦争を仕掛けるとは思わないし、カル・ディアルもアル・フェイルもかの小国には興味がないだろうと思っている。

 だが、何がどう転ぶかは判らないものだ。

 もし、万一、そのような事態に陥れば――。

「たとえ話に意味はないね」

 タイオスは首を振った。

「俺の在任(・・)中にそうした事態になれば、そのとき考えるさ」

 逃げるように答えてから、タイオスははたとなった。

「おい」

「何でしょう」

「俺は、お前にシリンドルだの〈白鷲〉だのの話なんざ、してないぞ」

「そうでしたか?」

「……おい」

「失敬。確かに、していませんね。ですが、護符を見せてくださったじゃありませんか」

「魔術師は、世界中にに氾濫してる護符という護符の謂われを知ってるってか?」

「そうは言いませんが、カル・ディアには縁の深いものです。十五年に渡ってキルヴン伯爵の護衛剣士ジュトン殿と共にあったそれ」

「そんなことを知ってるのか」

 タイオスはうなった。

「気味が悪いな」

「そのように言われては心外です」

 サングは首を振った。

「協会は、覗き見などはいたしません。ただ、力の発動には敏感だ。記録もまめです。先ほどの二度にわたる発動と、五年前のものと、同じ護符が源だと記録されるのもすぐでしょう」

「やっぱり、気味が……二度? 五年前?」

「何か?」

「二度ってのは、さっきの話だよな。護符が変なことになったのは、一度だけだぞ」

「そうですか?」

 魔術師は首をかしげた。

「私は二度、感じ取りましたが」

「何か違うものを勘違いしたんじゃないか」

「勘違いなど、いたしません。確かに二度」

「だが、一度だ」

 タイオスは主張した。

「何だ。気にすること、ないのかもな。案外、協会ってのは勘違いが多くて、五年前とかいうのも何かの間違い」

「間違いなどでは」

 サングはゆっくりと首を振った。やはり表情は変わらないのだが、どこかむっとした様子がうかがえた。


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