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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第2話 再会 第1章
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04 解決したとは言い難い

 どうやらリダール少年は、タイオスに泣きついたことで安心したらしい。

 と言うのも、実の父親に対しては、彼は抱きついたりしなかったからだ。

「リダール」

 ナイシェイア・キルヴン伯爵は心から安堵した表情を浮かべた。

「よく無事で」

 父親も息子を抱きしめるまではしなかったが、肩に手を置いて頭を撫でた。それだって充分すぎるほど子供扱いだな、と見物しながら戦士は思った。

「有難う、タイオス」

 喜びの再会を終えると、伯爵は彼を向いた。

「一回しくじってるんだからなあ。礼を言われることじゃないんだが」

 救出するくらいは当然だと一蹴され、改めて罵られても仕方ないのだ。

「だいたい、解決したとは言い難い」

 エククシア。仮面の男。ジョード。ミヴェル。

「閣下。これはただの、金目当ての誘拐事件じゃないぞ」

「ロスムのことを言っているのか」

「いや……それも含まれるが、それだけじゃなさそうだ」

 彼はちらりとリダールを見た。

「意識は、ずっとなかったか。何か見たり、聞いたりしたことは」

「少しだけ」

 リダールはこくりとうなずいた。

「何の話か、よく判らなかった。ただ、明日の早朝にぼくを北へ連れて行くとか……」

「早朝」

「北」

 戦士と伯爵は顔を見合わせた。

「目的は判らんが、やばいところだったんだな」

 カル・ディアを出られれば、探すのは困難だっただろう。魔術師であっても、そう広範囲に渡っては。

「……と」

 タイオスはぺちりと額を叩いた。

「しまった。大損だ」

「何?」

「実は、リダールの居場所を探そうと魔術師を雇ったんだが」

 結局、サングの助力はないままで、リダール発見と相成った。

「三百がぱあ(・・)だ」

 彼はうなった。

「閣下、俺が勝手にやったことだから俺の分はいいが、ハシンに出させた分がある。そこだけは、悪いが工面してやってくれないか」

「無論だ。いや、お前の分も出そう。リダールのためにやってくれたのだからな」

「だから、俺がしくじったからなんだが」

「身代金より、高くない」

 鷹揚に伯爵閣下は言った。タイオスは、素直に感謝の仕草をすることにした。

「せっつくようで悪いが、それならすぐにもらえるか。実は」

 当の魔術師にも借りたんだ、と戦士は話した。

「何だと? その魔術師は、雇われるために金を払ったのか?」

 タイオスが妙だと思ったことは、やはりキルヴンも妙だと思った。

「魔術師などというのは、おかしな連中だな」

「まあ、大筋では俺もそう思う」

 彼は偏見が少ない方だが、そう思わざるを得ない。

「判った。すぐに用意しよう」

「有難い」

「協会へ、行くんですか?」

 リダールが尋ねた。タイオスはうなずいた。

「わあ、すごい。ぼくも行ってもいいですか」

「おいおい」

 戦士は顔をしかめた。

「さらわれてから、飲まず食わずだろう。薬の影響もあるかもしれんが、帰ってくるにも、ふらふらだったじゃないか」

 帰途につく間、タイオスは何度、リダールをジョードがやっていたように抱え上げてしまおうかと考えたことか。

「お前は、休めよ。ハシンにも顔を見せろ。心配してる」

「……判りました」

 渋々といった風情で少年はうなずいた。

(あんなに泣いてたのに、もうけろっとしてやがる)

(本当に、ガキなんだな)

 十八の男であれば、あんなふうに涙を見せて恥ずかしいと思いそうなものだ、とタイオスの感覚からすればそうだ。だが、子供が泣きじゃくることを気にしないように、リダールはちっとも気にしていないようだった。

 それからタイオスは館の厨房を訪れ、休憩中だった料理人に頼むと簡単な飯を作ってもらった。その間に伯爵から銀貨の袋が届けられ、彼はサングを探しに再び魔術師協会へと出向いた。

 サングがまだリダールを探しているようなら、もういいと言ってやらなくてはならない。放っておいても契約は一日だけなのだが、無駄なことをさせるのも悪い。

 協会を訪れてサング術師への連絡を請えば、奥の部屋へ案内されるが早いが魔術師はすぐに姿を見せた。

「見つかった」

 簡潔に、タイオスは告げた。

「こっちとしちゃ丸損だが、そっちは仕事をしていた訳だ。金を返せとは言わん。それどころか、俺が返さなけりゃならんのだな」

「これはまた、律儀に有難うございます」

 サングはそう言って差額を受け取ったが、表情に変化がないので、本当に有難く思っているものか判りづらかった。

「役に立たなかったのだから金は払わない、と言われてもおかしくないのですが」

「それで納得するのかい?」

「しません」

「だろうな。協会を敵に回す気はないよ」

 タイオスはひらひらと手を振った。

「ともあれ、ご苦労さん」

 銀貨を必要なだけ卓上に置くと、彼はさっさと立ち上がった。

「お待ちください」

 踵を返したタイオスに、しかしサングは声をかけた。

「まだ、あります」

「何? きちんと払っただろう」

 タイオスは顔をしかめた。そうではない、とサングは首を振る。

「あなたは私を一日、雇ったのです。ですから、時間はまだあります、と」

「だが、目的は果たされちまった」

「全て解決したのですか?」

 そう問われると、答えに詰まった。

「いや、ちっとも」

 少しの()のあとで、タイオスは正直に答えた。

「リダールは助けたが……いったい、何がどうなってるのか」

 エククシアはいったい、何を考えているのか。

 タイオスは知らず、腰の袋に手を当てた。サングはじっと、それを見ていた。

「――護符」

「何?」

「先ほど、特殊な力が発現しましたでしょう」

「は?」

「カル・ディア中の魔術師が気づいたと思います。もしかしたら、もっと遠くまで」

「……何を言ってる?」

「ですから、特殊な力です」

 サングは繰り返した。

「非常に興味を覚えました。私はその護符を見ていますからあなたが発生元だと特定できましたが、ほかの魔術師には判らなかったと思います。狙われるというようなご心配は不要です」

「狙われる?」

 さっぱり判らなくてタイオスは眉をひそめた。

「何の話だ」

「変わった力に興味を持つ魔術師も多いですが、特定できなかったはずですから大丈夫でしょうと言っています」

「いや、それは何となく判ったが、狙うってのは」

 彼はうなった。

「まさか盗賊みたいに、人のもんを奪おうって意味合いか」

「力ずくでそこまでやる魔術師は、まずいません。ただ、交渉を持ちかけることはあるでしょう」

「売らんぞ」

「私が交渉を持ちかけてる訳ではありません」

 サングは肩をすくめた。

「売る気なしと、今度は躊躇なく言われるようですから、私が忠告する必要はないかもしれません。ですが、念のためにもう一度。その護符は、手放しませんよう」

「ああ、まあな。そのつもりだ」

 少し戸惑いながら、タイオスはうなずいた。

(妙なことを言う奴だな)

(興味を持ってるようなことを言ってるのに、自分がほしいと言わないどころか、ほかにも渡すなとは)

 どういう意図でサングが「忠告」をしてくるものか、タイオスにはよく判らなかった。

(まあ、魔術師ってのには変な奴が多いもんだ)

 彼はそう結論づけることにした。

「では、その件は置きまして」

 サングはこくりとうなずいた。

「次にはソディ一族のことをお話ししますか。それともリダール殿に会わせていただいて、誘拐犯特定のお手伝いをしましょうか」

「何だそれは」

 タイオスは顔をしかめた。

「お忘れですか? アル・フェイドで起きた誘拐事件の――」

「忘れちゃいないさ」

 タイオスは手を振った。

「俺が言うのは、何でまた、首を突っ込むのかと」

「契約ですから」

 サングは、タイオスが聞き分けのない子供であるかのように、諭す口調で続けた。

「『リダール殿を見つける』との契約でしたら、役には立ちませんでしたが、仰る通り終了と言わざるを得ません。しかし、そうではない」

 タイオスが協会に銀貨三百枚を支払ったその瞬間からきっかり十二刻、サングはタイオスに協力をする。そういう契約だと魔術師は主張した。戦士は笑った。

「先払いで報酬を受け取っておきながら、早く終わった仕事に文句言う奴なんか知らないぞ」

「では知っておいてください」

 サングはしたり顔でうなずいた。

「魔術師との契約。これは騎士の誓いと同じか、ことと次第によってはそれ以上強い力を持つものです」

 つまり、これ以上支払いをせずとも、まだ助力が受けられるということらしい。それならばそれで話をしてもらおうじゃないかと、タイオスはソディやらライサイやらについて尋ねることにした。


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