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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第2話 再会 第1章
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03 そういう問題じゃない

 追いついた、とヴォース・タイオスは呟いた。

「いやがったな、こんちくしょうども」

「な、何で」

 濃い色の肌をした痩せ男は目を白黒させている。

「何でも何もあるか! 俺には目も口も耳もあるんだ。〈幻夜の鏡〉で訊きゃあ、お前らが『大荷物』抱えて表から出たことくらい、判るわ!」

 タイオスはぎろりと、主にジョードを睨んだ。

「逃げ回ってくれたがな、ここで終わりだ。リダールを下ろせ」

 きっぱりと彼は言った。彼は、盗賊の抱えている「荷物」の中身を確信していた。人間であることを疑って見れば人間以外の何ものでもないのだし、違う人物が入っていると考えるのは難しい。

「くそ、まずい」

 ジョードはあちこちを見回した。彼にとっては、先ほどよりもまずい状況だ。彼だけが逃げればよいというものではないからである。

「逃げろ、ミヴェル」

 男は女に言った。

「だが」

「俺は大丈夫だ」

 いささか顔を引きつらせながら、ジョードは言った。

「お前の心配などしていない」

 きっぱりとミヴェルは返した。

「はいはい。これね」

 心配なのは彼の――彼らの荷物、ということであろう。

「それも含めて、大丈夫だ」

「根拠がない。信じられるか」

「ええい、ごちゃごちゃ言ってないで下ろせ」

 苛ついてタイオスはは一喝した。

「そうすれば、見逃してやる。さもなきゃ斬るぞ」

 芸のない脅し文句だ。だが戦士の言うこととなれば、迫力は出る。

「何とかしてくれ、神様でもライサイ様でも」

 途方に暮れた顔でジョードは天を仰いだ。

「下ろす気がないなら」

 戦士はずかずかと、彼らに近寄った。

「力ずくということで、いいんだな」

 リダール少年を軽々と運ぶ盗賊は、細身の割に力持ちと言える。だが正面切って戦って、本職戦士が敗れるはずもない。荷物を抱えていては短剣も取り出せなかろうし、タイオスがジョードを警戒する理由はなかった。

「判った、判った!」

 盗賊は悲鳴のような声を上げた。

「下ろす、下ろせばいいんだろ」

 ゆっくりとジョードは、大荷物を地面に下ろした。ここで乱暴にして相手の怒りを買うのも得策でない。

「ジョード! 貴様」

 女が咎めるような声を出した。

「待てって、俺に考えが」

「何が考えだ、このクソ盗賊」

 タイオスはジョードの囁きを聞き逃さなかった。

「妙な小細工する気なら、ただじゃおかんぞ」

「はいはい、はいはい!」

 荷物を持ち続ければタイオスに斬られ、下ろせばミヴェルに叱られる訳だ。ジョードは情けない声を出した。

「ああ、もう。か弱い盗賊くん相手に戦士がまじでかかってくるなんて、恥を知ってほしいもんだ」

「誘拐魔が言うな、誘拐魔が」

「盗賊、だよ」

 ジョードは繰り返した。

「お宝だろうと人間だろうと、盗んで金に換えるというのが俺様の」

「盗賊の定義なんざ、教わる気はない」

 不機嫌な声で戦士は言った。

「お前が盗賊でも誘拐魔でも少年趣味の変態でも、俺はそいつを助けるためならお前をぶっ殺しでも何でもするのが仕事だ」

 物騒な台詞に盗賊は怯んだようだった。だが負けじとばかりににやりとする。

「脅してるつもりかい、おっさんよお。忘れたのか、こっちには騎士サンやら魔術師サンやらが大量にいるんだぜ」

「何人いようと、いまは見当たらんようだが」

 タイオスはふんと鼻を鳴らした。はったりだ、と判る。確かに〈青竜の騎士〉や仮面の男はこの連中に味方している様子だが、ほかにも「大量に」いるとは思えず、口にした通り、いまはいない。

「言っとくが」

 盗賊は口の端を上げた。

「これ以上は、やめた方がいいぜ、おっさん」

「おっさんおっさん言うな」

 タイオスは顔をしかめた。

「優位な立場にいるのは、俺の方だと思ったがね?」

 つい、タイオスはそう言った。

「何を言ってるのか知らんが、ここは俺の勝ちだ。尻尾巻いて逃げな」

「ふざけ……」

「よせ、ミヴェル。ここまでだ。いまは引くんだ」

「何を馬鹿なことを」

「お前が馬鹿だ」

 男は女の手をひっ掴むと強く引いた。

「やり合って勝ち目はないんだから。まじで」

「臆病者」

「そういう問題じゃない」

「放せ、お前は逃げたらいい、だが私は」

「あんたも逃げるの」

 やれやれとジョードは、今度はミヴェルをひょいと肩に抱え上げた。

「どうせ担ぐならこっちの方がいいわ」

 呟くと男は、わめく女に顔をしかめながらどうにかという風情でその場をあとにした。

「やれやれ」

 タイオスは呟いた。ジョードの撤退が見せかけでないことを確認すべく、数(トーア)ほど彼らの消えた角を見ていた。どうやら彼を騙して不意打ちなどするつもりではない、と判断すると地面に膝をつく。

「うん……どうなってんだ、こりゃ」

「なに、なにが、どうなってるんですか、タイオス、ですよねぇ……?」

 袋のなかから聞こえる少年の涙声に苦笑いが浮かぶ。

「もう大丈夫だ。ちょっと待て」

 扱い慣れない大袋の開け口を捜し、結わえてあった紐をえいやと解いた。少年の顔が、そこからのぞく。

 戦士は少し、ぎくっとした。顔色は酷く白い。細かい巻き毛はぼさぼさ、泣きそうな顔は恨めしそうな顔にも見える。はっきりと瞳が開いて彼を見ていなかったら、一(リア)、死体だと思ってしまいそうだ。

「タ、タイ、タイオス」

「ああ、泣くな泣くな。俺が悪かった。だがもう大丈夫」

「よかった、ぼく……」

 ようよう起き上がった少年は、涙目で戦士にしっかと抱きついた。

「お、おいおい」

 本当に十八か、と繰り返し思ったことをまた思い、タイオスはどうしようかと迷ったが、押しのけるのも気の毒である気がした。

「怪我はないか」

「だ、大丈夫です」

 涙声でリダールは言った。

「ちょ、ちょっと背中が痛いけど、ちょっとです」

「そうか」

 少なくとも痛みで泣いているのではないようだ。

 怖かったのだろう。当然ではある。

「すまなかったな」

 お姫様みたいなもんなんだ、と彼はやはり繰り返し、自分に言い聞かせた。いや、こんな目に遭ったら涙のひとつも浮かんだところで軟弱だとは言えないだろう。第一、拐かしを防げなかった自分が悪い。

 まるで親とはぐれた子供がついに親を見つけて泣きじゃくるかのようにリダールは嗚咽を漏らし、仕方なくタイオスはそれを慰めた。


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