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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第2話 再会 第1章
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02 逃げようなどとは思うな

 〈幻夜の鏡〉に勤める者たちは、彼らが慌てて出て行こうとするのを遠巻きに眺めていた。

 もとより彼らふたりは、この店の関係者ではない。部屋を借りていただけだ。彼らが金を払って借りていたのでもない。ライサイかエククシアか仮面の男か、直接払ったのが誰にせよ、出どころはそのどれかだ。

 店の者たちは、地下の部屋に子供が寝かされていたことを知っているが、誘拐事件のことは知らない。それらは家出息子や家出娘たちだと聞いている。案じた親たちが捜索を依頼する秘密組織があって見つけた子らを連れ戻しているのだ、という胡乱な話を信じている。ジョードやミヴェルはその一員で、帰りたくないと駄々をこねる子供たちをいささか乱暴な手段でとどめているが目的は親元に帰すことである、という話になっているのだ。

 これまでは、目的についてはその通りだったが、今回は違う。

 しかしそのような様子は見せず、ジョードは何でもないふうを装って、ミヴェルとふたり、それともリダールと三人、何も告げずに娼館を出た。

 なるべく人目を避けようと裏路地を選んだものの、限界がある。巡回中の町憲兵と出くわさないとも限らない。ジョードは緊張していた。

 数街区も歩けば、十八にしては軽いリダール少年だって、充分すぎるほど重く感じてくる。かつて港湾で荷の揚げ下ろしをしていた経験から荷運びのこつはよく知っているジョードだが、目をみはるほどの怪力という訳でもない。

 かと言って、拐かしのときのように馬車の用意もなく、ミヴェルに代わってもらうこともできない。彼が運ぶしかないのだ。

「くそ、貧乏くじだ」

 彼は呟いた。

「巧く行ってるときは、巧く行ってた間と同じようにやるもんなんだ。今回はこれまでと違うとか、そう聞いた時点で何かまずいことになると、予測してなけりゃならなかった」

「何をぶつぶつ言っている」

 ミヴェルが聞き咎めた。

「嫌になったのか。逃げたいのか」

「逃げてるだろ」

「そういうことを言っているのではない。ライサイ様から逃げようなどとは思うな。不可能だからな」

「ライサイ様ライサイ様ライサイ様」

 ジョードは天を仰いだ。

「そんなにすごいなら、何で手を貸してこない!? あいつは、このガキが欲しいんだろ!? なら、もっと――」

「ジョード!」

 ミヴェルの叱責がくる、と彼は思った。女は険しい顔をして、彼を睨んでいた。

(判らんな)

 こっそり、彼は考えた。

(いったいミヴェルは、何でこんなに「ライサイ様」を崇拝してるのか)

 彼女のことも、謎だらけだった。

 ジョードという男は、町憲兵らが笑った通り、置き引きやかっぱらいばかりのケチな盗賊にすぎない。大盗賊テレシエールの仕事に失敗してからは大口の仕事に声がかかる可能性もなく、このまましけた(・・・)一生を送っていくはずだった。

 つまらない仕事でつまらない失敗をして逃げ隠れているとき、ミヴェルに出会った。

 簡単な仕事で大きな儲けを得られる、などという巧い話には必ず裏があるものだ。ジョードは、報酬がずば抜けた高額であると判った瞬間、やばい話だとすぐに悟った。

 それでも応じたのは、金がほしかったこともあるし、ミヴェルが美人だったためもあった。

 話を聞くにつれてますますやばいと思ったが、聞いたからには抜けられない。そのときには仮面の男も同席しており、逃げれば殺されるなと確信した。

 どうして彼だったものか。おそらく、たまたまなのだろう。たまたま、金さえ出せば何でもやりそうな盗賊がいた、彼らにとってはそれだけ。使えないと判断されれば、やはり殺されるかもしれない。いや、仕事が全て片づいたあとは、口封じということも。

 だが逃げる算段はしなかった。仮面の魔法使いを相手に逃げるのは難しいと考えたこともある。しかしそれだけではない。

 確実に使い捨ての駒であるジョード自身よりも仮面の男やエククシアに顔を青くし、平身低頭するミヴェルのことが気になった。

 事情は判らない。訊いても彼女は答えない。

 ただ、気になった。何だか気の毒だなと思い、笑わせてやりたいと思った。

 惚れた――ということになるのかもしれない。

 と言っても、口説いたことはなかった。いまひとつ状況に似つかわしくないと思うこともあれば、単に、好機がなかったこともある。

 ほのめかしてみても、無視されるということも。

「ジョード」

「うん?」

「本当に、大丈夫か」

「あ? ああ」

 男はにやりとした。

「いつも言ってるだろ、少なくともお前よりは力があるって」

 回想を断ち切って、ジョードは答えた。

 正直なところを言えばいささかつらいが、男の意地、見栄という類はなかなか捨てられないものだ。

「力? 力は関係ない」

 しかしミヴェルは、顔をしかめて手を振った。

「本当に、見つからないだろうかと言っている」

「あ、そう」

 ライサイ様一番、エククシア様二番、仮面男三番、の彼女が彼の心配などするはずもなかった。ジョードは乾いた笑いを洩らす。

「素早く行動したからな、単に俺らが逃げるだけなら余裕だが、目立つ荷物があるからなあ」

 よいしょ、と盗賊は宝の源を抱え上げ直した。重くてぐにゃぐにゃして持ちにくいだけではない、壊れもの(・・・・)なのだから厄介。落としたりぶつけたりも厳禁だ。

「だが、なるようになるさ」

 またしてもジョードが、彼としては至極もっともな、ミヴェルにしてみれば呑気で楽天的すぎる台詞を発したときだった。

「ジョード!」

「何だよ!」

 また怒られるのか、だが叫ばれるほどでもないはずだと盗賊は眉をひそめた。

「き」

「き?」

 ミヴェルが顔を青くして振り向いた方向に、ジョードも顔を向け、げっと呟く。

「いやがったな、こんちくしょうども!」

 憎々しいうなり声を上げて、大柄な戦士が背後の角を曲がってきていた。


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