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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第2話 再会 第1章
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01 これまで巧くやってきた

 いつもであれば、極力足音を立てぬようにする。それは盗賊として生きてきた彼の癖になっていた。

 だがそのときのジョードは、ばたばたと慌しい足音を立てて階段を駆け下りた。こけつまろびつ、半地下室の扉を開ける。

「ミヴェル!」

 叫んで部屋に飛び込んだ彼は、心臓が口から飛び出すかと思った。

「何だ。ジョードか」

 黒髪の女は鼻を鳴らして、彼に突きつけた短剣を引いた。

「脅かすなよ」

 男は息を吐く。

「お前が決まりも守らずに飛び込んでくるからだろう」

 女は冷静に指摘した。

「驚いたのは私だ。何者かに嗅ぎつけられて……ライサイ様にご迷惑をかけるかと」

「それだ」

 ぱちん、とジョードは指を弾いた。

「詳しい話はあと。ガキを連れて、早くここを出よう」

 男が言えば、女は片眉を上げた。

「お前は、いったい何を」

「道すがら話す。いいから、ガキをいつものでかい袋に入れて、ここを出る。裏で、見られた」

 ジョードとしては簡潔に説明を混ぜ込んだつもりだったが、ミヴェルには支離滅裂に聞こえた。

「見られた」

 彼女はそこを繰り返し、かっと顔を赤くした。

「見つかったと言うのか! 誰に。町憲兵? それとも」

「リダールの護衛戦士さ。〈青竜の騎士〉が逃がしちゃくれたが、どういう流れになるか判らん。とりあえずここを出て、明日の朝のことはまた考えるんだ」

 言いながらもジョードは、リダールを引っ張りあげた。

「ん……なに……」

「やべえ。起きそうだ。ミヴェル、もっと、薬」

「落ち着け、みっともない」

 顔をしかめながら、女は鞄から薬瓶を取り出した。

「まずはこっち」

 ミヴェルが軽く投げたそれをジョードは上手に受け止めた。細い瓶に黄色い液体が入っていることを確認すると、盗賊は素早く栓を開けて中身を飲み干した。

「次」

「ほら」

 続けてミヴェルが緑色のふたつ目を放る。同じように開けたジョードは、中身をリダールの顔に塗った。

「ミヴェルも予防したか」

「ああ」

 女は顔をしかめながらうなずいた。

「北へ向かうとなると、いつまでも薬で眠らせておく訳にもいかないだろうが……その辺りは何かご指示があるのか、われわれで考えなくてはならないのか」

「そんなことを考えるのもあと、あとだ」

 男は手を振り、寝台の足下に畳んであった大きな袋を取り出すと、えっちらおっちらと少年をそのなかに入れた。

「くそ、せっかくいろいろ買い物したのにな。あんまり持ってけねえや。運がよけりゃ取りに戻れるだろうが」

「戻らないつもりなのか? 明日、仮面殿が迎えにくると」

「その前に町憲兵隊がくる。少なくとも、エククシアが裏であいつをぶっ殺してない限り、あの戦士は絶対にくる」

 言いながらジョードは、リダールを背負い上げた。

「逃げなくちゃ」

「どこへ」

 ミヴェルは渋面を作った。

「明日の朝には……」

「北だろ。判ってる。だが、こういう事情で発っちまうってことは、ライサイ様や仮面野郎やエククシアには判るんだろうさ。とにかくすぐにここから」

「発つだって? もう出るつもりなのか」

「とりあえず潜伏でも何でもいい!」

 ジョードは怒鳴った。

「見つかったんだよ! 俺のせいだ、文句でも何でもあとで聞くさ。いいから」

 男はミヴェルを促した。その必死さはようやく女に伝わり、彼女は急いで持てるだけ荷物を持った。

「いくらか目立つが、裏には奴がいるからな、表からだ」

「判った」

 ミヴェルももう「明日の朝」云々について続けることはせず、素直にうなずいた。

 「大荷物」を抱えて〈幻夜の鏡〉を出ると、彼の危惧したようにどうにも目立った。

 港近くででもあれば、もっと大きなものを抱えて船と倉庫の間を行き来する人間も多い。だがここは中心街区(クェントル)で、店舗への納品などは裏口から行うのが常だ。

 加えて太陽(リィキア)の真下であれば、彼の「荷物」が人間のようだ、或いは人間だと気づく者もいるかもしれない。

 ジョードは、何も不審なことなどないとばかりに平然とした表情を保ったが、歩調は不自然に速かった。ミヴェルは小走りでついていかねばならなかった。

「どこへ行く」

「そうだな……北街区に、知り合いの宿がある。そこでひと晩過ごして、早朝、こっちに様子を見に戻るってのはどうだ」

「見張られていたらどうするんだ」

「それもそうだな」

 うーむ、とジョードは考えた。

「ミヴェル、あんたから仮面に連絡は取れないのか」

「私は、お言葉を待つだけだ」

「状況は騎士様が知ってるから、どうにかしてくれんじゃないかと思うが……」

 彼は他力本願なことを呟いた。

「ライサイ様からお言葉があるとは思えない」

 ミヴェルは呟いた。

「エククシア様か、仮面殿に……ご迷惑をおかけすることに、なってしまう」

「そんなにへりくだるなよ」

 自らが尾行されたことは棚に上げて、痩せ男は慰めるように言った。

「なるようになる」

「いい加減だな」

「くよくよ悩んでも、仕方あるまい?」

「お前は楽天的だな」

 ミヴェルは息を吐いた。

「あんたは考えすぎなんだよ」

 ジョードは一蹴した。

「仕事を請け負う。途中で問題が起きたら、全力で対処する。最終的に果たせりゃ、それでいいんだ」

「――果たせれば、な」

「訂正、『悲観的』と言い直そう」

 男は笑った。

「俺と組んで、これまで巧くやってきたじゃないか。今回だって同じさ」

「組む?」

 女は片眉を上げた。

「私は、お前と組んだ覚えなどない」

「冷たいことを言ってくれる」

 ジョードは唇を歪めた。

「ふたりで一緒に仕事をする、これを組んでると言わなくて何と言うんだ?」

「お前は、雇われているだけだ」

「そりゃあな。でも、あんたに雇われてる訳じゃない。金は、あんたじゃなくてライサイから」

()

「ライサイ様から出てるんだろうに」

 仕方なく言い直しながら、ジョードは指摘した。ミヴェルは黙る。


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