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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第1話 護衛 第4章
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06 望み薄

「生憎と。しかし、ライサイの仕業だということは判っています」

「何だって」

 タイオスは目を見開いた。

「それはどういうことだ。いや、どういうことでもいい。判っているなら」

「捕縛に至る証拠がありません。国としては対処できなかったようです。協会は確信していますが、協会は国の組織ではない」

 魔術師協会というのもまた、一種の独立国だ。税金を納め、法には原則として従うものの、どの王にも忠誠を誓うことなく独自の規則で動く。

「確信の根拠は」

「魔術のお話をしても、タイオス殿には判りますまい」

「そりゃ、判らんな」

 判らないだろうから話さない、とはずいぶんと馬鹿にされた気分だ。実際に判らないだろうが、最初から決めつけられればいささかむっとする。

「簡単に言えば、行われた魔術の痕跡を探ると、術師の癖とでも言えるものがある程度見つかるのです。筆跡のようなものと考えていただければ判りやすいでしょう」

「有難うよ」

 判りやすくしてくれて、と戦士は言った。どういたしましてと、サングは皮肉に気づかぬふりで返した。

(書かれた文字を見たって、該当する人物の筆跡を知らなけりゃ判断のしようがない)

(つまり協会は、ソディ一族の魔術師を知っている)

 魔術師は協会に登録することを義務づけられているという話だ。国の組織でない以上、無視しても牢屋に入れられる訳ではないが、魔力の発生を覚えた人間が頼れる場所は魔術師協会しかない。自然、彼らは協会へ行く。

 なかには隠そうと試みる者もいる。協会もしばらくは当人の自由意志に任せようとするが、あまりに長きに渡って自発的な訪問がなければ迎えに行くのだとか。ただし、放っておくと危険なほど強い魔力の持ち主であれば、早急に対処することもあると言う。

 当人でも気づかぬほどの微々たる魔力の持ち主もいる。建前上はそうした者にも義務があるし協会が迎えに行くということになっているが、実際のところは放置する事例も多い、などという裏話も含めて、タイオスは知人の魔術師から聞いたことがあった。

 ともあれ、痕跡が残るほどの魔術――というものがどういうものであるのか戦士にはさっぱりだが――を意図的に行う人間であれば、協会への登録が成されているはずだ。

 ソディの魔術師だと特定できるだけの情報を持っている魔術師協会だが、それをアル・フェイルに渡すことはしなかった。サングが言っているのはそういう話だ。もちろん、タイオスになど渡すはずがない。

「北の国ウラーズに住む、ソディ一族の、ライサイ」

 彼は呟いた。

「何のために二大国の首都で……いや、そんなことはどうでもいい」

 リダールだ、と彼は少年のことを思った。

「俺は、リダールさえ無事なら、ライサイが何を考えていようとどうでもいい」

 キルヴンの依頼の基本はそこだ。あわよくば誘拐団も引きずり出して、という話だったが、余録のようなもの。

 彼の任は、かの少年を守ること。その段で、タイオスは失敗をした。

 だが依頼は続いている。いまの任務は、かの少年を救うこと。

「サング。リダールを探すことに集中してくれ。判ったら即、俺に知らせるんだ」

「どんな状況であってもわきまえず、あなたのもとへ魔術で飛んでいってよろしいと?」

「当たり前だ。最優先事項」

 ぱしん、とタイオスは片手の拳をもう片方の掌に打ちつけた。

「ん、待てよ」

 戦士ははたとなった。

「その……聞くところによると護符ってのは、持ち主の居場所を魔術師から隠すとか」

 過去を思い出しながら、彼は曖昧に言った。〈白鷲〉の護符は、ハルディール王子を魔術師イズランの目から隠した功績がある。

「有り得ます」

 魔術師はうなずいた。

「もっとも、私はあなたを知り、護符を知った。あなたが拒絶しない限り、居場所くらいは掴めます」

「そういうもんなのか」

 どうにもぴんとこない、だが、できると言うならできるのだろう。つまらない見栄も張るまい。

「それに加えて、あなたの護符は、都合をご存知ですから」

「何だそれは」

 また意味の判らないことを言い出した、とタイオスは顔をしかめた。

「都合は、都合です。協会で売るような通り一遍の護符であれば、何でもかんでも防ごうとします。可能かどうかは別ですが」

 サングは肩をすくめた。

「力ある魔除けになればなるほど、言うなれば臨機応変です」

「は」

 思わずタイオスは笑った。

「そりゃいい」

「ただし、それは持ち主の都合と一致するとは限らない。ここが難点です」

 サングは笑みひとつ浮かべなかった。

「神様のご都合って訳だ」

 〈白鷲〉はひらひらと手を振った。

「けっこう。かまわんよ。神秘の気まぐれには、慣れてる」

 いささか言い過ぎであり、ちっとも慣れていないが、経験があることは本当だ。

「それじゃ、お前さんが俺を見つけることについては問題がないとして」

 彼は考えた。

「あとは、ライサイとやら。それについても知りたい」

「リダール殿の捜索とタイオス殿へのご教示、両方を同時にはできません」

 真顔で魔術師は答えた。

「お前じゃなくてもいい、俺に教えられる誰かを紹介しろ」

ただ(・・)で?」

「まだぼったくる気なのか?」

 戦士は顔をしかめた。

「失礼なことを。私が金を要求したのではありません」

「だが俺の払った金はお前の懐に行くんだろう」

「全部がくる訳でもありません」

「一部だろうと同じだ」

 判っていて言っているのか、とタイオスは苛々した。

「俺はお前を雇うために無一文になったんだぞ」

「そうでした」

 サングは肩をすくめた。

「ですが、私が何がしかの人物に接触して、これこれこうしてくださいとお願いする間にも時間は過ぎていきますが」

 冷静な指摘にタイオスはうなった。

「判った、判ったよ。とにかくリダールだ」

 敵を知ることも重要だが、少年が無事に戻れば、知らなくても済む訳である。

「仕事はどこでやるんだ。協会か」

「でしたら、こうして外へ出てくる意味はありません」

 サングは首を振った。

「魔術師協会というのは、魔術師が魔術を使うのに適する作りをしているものですが、私にそうした補助は必要ありません」

「そうだろうな。何しろ、普通なら三百ラルじゃとても雇えない魔術師様だそうだから」

「ええ、そうです」

 皮肉たっぷりの台詞は当然のように認められた。

「タイオス殿は、運がよろしい」

「その調子で、ちゃっちゃと頼むぜ」

 自信なのか自慢なのか判り難い台詞ににやりとして、戦士は立ち上がった。

「俺は一旦、キルヴン邸に戻る。何か判ったことがあるかもしれないからな」

 脅迫状が届いていればいい、と思うのは何だかおかしな話だった。だがこの場合、それが前進につながる。

 もっとも、望み薄だ。

 此度の事件は、これまでの誘拐を一線を画する。

 ロスムのこともあれば、何より――。

(エククシア)

 〈青竜の騎士〉は何を考えているのか。

 面と向かって尋ねたところでまともな答えの返ってこないこと、魔術師以上だろう。

 だが、だからと言って対話を諦める訳にもいかない。「人間誰しも話せば解り合える」などと考えているのではなく、吐かせてやらなくてはならない、というところだ。

 エククシアはどこにいるか。いちばん簡単な予測は、ロスム伯爵の館である。

 しかし、戦士タイオスの評判は芳しくない。ただいま、限界近くまで、地に落ちているところである。

 訪れたところでエククシアは彼との面会を断るだろう。全く、よい口実を作られたものだ。

 いまやタイオスが表沙汰に何をやっても、胡乱な目で見られることは間違いない。自分だけなら裏でどう言われようとかまわないのだが、キルヴン伯爵と、それから〈白鷲〉、シリンドルの評判までは下げたくないものだ。

 となるとタイオスに可能なのは、やはりキルヴン邸へ戻って、ハシンに新情報がないか尋ね、伯爵の帰還を待つことくらい。もどかしいが、カル・ディアを縦横無尽に走り回ってみたところで、疲れるだけなのである。

 サングの戦績を待ちながらキルヴンの話を聞こう、などとタイオスは計画とも言えない計画を立てて館へ足を向けた。

 だがその前に、ひとつだけ考えがあった。

 益があるかは判らないが、やれることは何でもやっておいた方がいい。


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