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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第1話 護衛 第4章
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05 ソディ一族

「驚きました、タイオス」

 あまり驚いているとは感じられない声音でサングは言った。

「魔術師でもないのに、これだけ鮮明に他人の波動を伝えられるとは。何か特殊な修行をしましたか」

「はあ?」

「違いますか。では」

 サングは考え深げに、あごを撫でた。

「――〈白鷲〉の護符」

「は?」

「失礼。あなたはそれを使いこなしておいでだ。無意識下であるとしても」

 真剣な顔で魔術師は続けた。

「決して手放さないように。手放せば、悪いことが起きます」

「おいおい」

 戦士は乾いた笑いを浮かべた。

性質(たち)の悪い予言者みたいだな」

「『手放さないと悪いことが起きます』と言って我が物にでもしようとするならば、そういった表現も適切でしょうが」

 サングの口調は変わらなかったが、機嫌を損ねたようにも見えた。

「ああ、判ってる。冗談さ。助言は有難く思うとも」

 タイオスは謝罪と感謝の仕草を続けて行った。

「それで?」

「はい?」

「だから。鮮明な印象とやらでリダールの居場所は掴めたのか」

「そう簡単な話ではありません」

 魔術師はゆっくりと首を振った。

「何でもかんでも呪文ひとつで解決するものではありません」

「だろうな」

 彼はそんなふうに言ってなだめざるを得なかった。

「リダール殿の波動は、大方理解しました。しかし、この街には人が多すぎる」

 大国カル・ディアルの首都である。困難を極める度合いは、魔術に頼らず人を探し出すのと同じなのだと言う。

「そんなのは初めから判ってることだろうが」

 タイオスはじろりとサングを睨んだ。

「できるのか、できないのか!」

「時間をいただく必要があります」

 戦士の怒声に動じることなく、魔術師は言う。

「どれくらいだ。五(ティム)以上は待たんぞ」

「無茶を言わないでください。最低でも半日は必要です」

「馬鹿なことを」

 タイオスは顔をしかめた。

「もう十二分すぎるほど、奴らに時間を与えてるんだ。これ以上……」

 胃の辺りが重くなるようだった。

「お判りでしょう。彼らがリダール殿を殺害するのであれば、もう、とっくにやっている。五分後と半日後の差異は、あなたが思うほど存在しません」

「む」

 タイオスは詰まった。

 殺されるならば既に殺され、いま無事ならば半日後も無事だろう、という意見には納得いく点もある。たとえばキルヴン伯爵が取り乱し、タイオスが説得する立場であれば、彼もそう言うだろう。

 だが、実際には判らない。十分後に殺す予定かも。

「最善を尽くします」

 サングは言った。

「協会の理屈に則れば、私は三百ラル分(・・・・・)の仕事だけをすればよい。ですが、ここは個人的にあなたに協力をしましょう」

「――あんたは本来、三百ラルじゃとても雇えない魔術師だとでも?」

 戦士の口調にはいささか揶揄が混じった。

「そうです」

 しかしサングは実にさらりと、それを認めた。

 どうだか、とタイオスは思った。彼に真偽が判らないと思ってそんなことを言うのではないかと。

 サングはあまりほら(・・)を吹く感じには見えないが、人間、見た目では判らないものだ。

 しかし、仮にほら吹きであったとしても、五分でできるとは言わなかった訳である。またしても「最低でも」半日だ。

「仕方ない」

 戦士は、そう言わざるを得なかった。

「それじゃさっさと取りかかってくれ」

「その前に」

 魔術師は容易にうなずきはしなかった。

「リダール殿の意識を飛ばせたという薬のことが気にかかります」

「薬だって」

 思いがけないところに興味を持つものだ。タイオスは目をしばたたいた。

「どういう薬物なのか、俺はそういうもんに詳しくないから見当もつかんのだが……」

「手袋をしていましたか」

「うん?」

「口を覆うような布は」

「いや、どちらもなかったようだが」

 少なくとも顔には何もなかった、とタイオスは答えた。

「それが薬品であるとすれば、あなたの話に聞く限りでは、たいへん強いものです。うっかりして自ら吸い込んでしまうことはもとより、素手が濡れてしまうようなことがあっても危険なはず」

「それもそうだな。だが」

 タイオスは誘拐犯と、それから女のことを思い出した。

「素手……だったようだ」

 女の手が冷たいと感じたのは液体に濡れていたためだ。彼の頬が撫でられた感触を思えば間違いない、素手だった。手袋をはめた手で触れられれば、必ず気づいたはずである。

「だがそれが、何だ」

「有効範囲を限定的にした魔術薬と考えられます。慎重を期すならば、あらかじめ、対抗呪文のかけられた魔術薬を服用しておけば自らは影響を受けることがない」

「そんなものがあるのか」

 彼は少し驚いたが、とても意外だというほどではなかった。そんなものの存在を考えなかっただけで、向こうに魔術師がいることはもう判っているのだ。

「しかし、それがどうした」

「――ライサイ」

「何?」

「タイオス殿。ソディ一族という名を聞いたことはありますか」

「生憎、ちっとも」

 全く記憶にない音だった。

「北方に隠れるように住む、変わった一族です。魔力を持つ者も存在しますが、魔力というのは遺伝しませんから……」

「待て待て」

 タイオスは片手を上げた。

「何の話だ」

「ですから」

 ソディですとサングは繰り返した。

「マールギアヌの北方に、長いこと居を構えています。ライサイというひとりの魔術師を宗主と呼び、神のように崇めて閉鎖的な暮らしをしている。信仰村と言われるものに似たところがあります」

 時には八大神殿から派遣された、時にはあまり有名でない神を信仰する神の使徒が自主的に、神殿はおろか教会さえもないような小さな村で布教や啓蒙をすることがある。彼らは村人たちから全く相手にされないこともあれば、波長が合って歓迎され、賢者のように敬われて、信仰心の篤い村ができあがってしまうこともある。魔術師はそうしたことを言っているようだった。

 大きな神殿からの派遣であればそれは長続きするが、そうでなければその神官一代限りの「流行」となり、八大神殿もあまり問題視しない。

 タイオスは神殿の事情に詳しくはなかったが、そうした村を訪れたことはある。〈峠〉の神という珍しいものを崇めるシリンドルもそれに似たところがあるものの、「信仰村」はあの国よりももっと小さな規模だ。

 小さいだけに偏執的で、通りすがりの旅人にも礼拝をしきりに勧めてきた。悪気がないことは判るのだが、戦士にはあまり嬉しいことではなかった。

「それは、いい意味合いで言ってるんじゃないよな」

 彼は確認するように尋ねた。概して、魔術師と神官というのは仲がよくない。サングがたとえとして信仰を持ち出すのであれば、よい意味ではないだろうと思った。案の定と言うのか、魔術師はうなずいた。

「歴史が記録され出したような遠い過去から同じ暮らしをしています。ソディ一族の集落カヌハが存在するのはウラーズ国ということになりますが、ウラーズが国としての形を作る前から彼らはそこに暮らしており、小さいながら独立国の様相を呈しています」

「ふうん」

 そこもシリンドルと似ているな、とタイオスは思った。

 シリンドルは間違いなく独立国だが、小さくて独特の宗教があり、周辺国の庇護を受けないという点は共通している気がする。

「で、そのライ何とかが、何だ」

「ここだけの話ですが」

 サングは不意に、声をひそめた。重たい声が、更に重くなる。

「――アル・フェイドでも、それによく似た誘拐事件が多発したんです」

「何だって」

 アル・フェイド。カル・ディアルの東に隣接するアル・フェイル国の首都である。

「本当か。どうしてそんなことを……いや、魔術師協会の情報網については、いまはどうでもいい」

 タイオスは手を振って続けた。

「犯人は。捕まったのか」


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