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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第1話 護衛 第4章
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04 ある場合もあります

 タイオスは結局、わずかな小銭を除いてほぼ全財産を魔術師協会に奪われたということになった。数十ラルという程度だが、サングに借金もできた。

 もっとも、キルヴンから経費としてもらえるだろう、という見込みはある。

 あくまでも成功につながれば、ではあるが。

「ふむ。成程」

 協会を出て、近場の軽食処に腰を落ち着けた彼らは、改めて話をした。

「そのような誘拐事件が横行しているのですか」

 タイオスからあらましを聞いたサングは、由々しきことだと言うように顔をしかめた。

「知らなかったか? 一般にはあまり話は出回ってないようだが、てっきり、協会は掴んでいるかと」

「『協会』は掴んでいるかもしれませんが。協会の知ることを全ての魔術師が知っているはずもありません」

「それもそうだ」

 成程、と今度はタイオスが言った。

「世の人々と言うのは、どうにも『魔術師』という存在をひと括りにしたがりますが、われわれは地下茎植物でもありません。根っこでつながって情報を共有している訳ではないのです」

「判った判った」

 悪かったよ、とタイオスは謝っておいた。

「とにかく、これまでの事件では、金さえ払えば子供は帰った訳だ。しかし、リダールの件は事情が違う」

 タイオスは、キルヴンとロスムの確執などという話はしないでおき、ただ、身代金の要求がこないのだということを伝えた。

「リダール・キルヴンを探してほしい。いますぐ。――可能か」

 そうつけ加えたのは、昨夜の相談にはなかったことだからだ。

 昨夜の時点では、こうした形で魔術師に頼ることは考えなかった。あのときタイオスは、エククシアが誘拐犯と絡む可能性を愚かにも切り捨て、リダールの誘拐もこれまでのものと同じ展開をたどると予測した。

 そのため、身代金を指定の場所に持っていく役割を引き受けることで、犯人側の魔術師と接触できるかもしれないと考えた。欲したのはあくまでも魔術からの守りだった。

 ただリダールを助けるだけではなく、捕縛につながる可能性も考えた。「金を払えばリダールは戻る」という前提に置いては、そうすることで彼自身の報酬の確保のみならず、キルヴンの名誉を守ることができると思った。

 だがいまや、話は元通り。キルヴンの推測通り。

 タイオスだって、どこかでエククシアに嫌な感じを覚えていたのだ。だから妙な夢を見たし、話があると言って呼び出しながらちっとも話をしない騎士に苛立ちもした。

 なのに結局、騙された。誘拐魔を追うような様子を信じた自分が馬鹿だった。

 腹の立つことだ。

 エククシアにもだが、自分にも腹が立つ。

 「騎士」と言ったところで、〈シリンディンの騎士〉たちのような男がそうそういるはずもないのだ。名誉を重んじるという彼らの物語を最初に聞いたとき、そんなのは絵空事だと笑い飛ばした、その感性を忘れてしまっていた。

 〈青竜の騎士〉。

 何が騎士だ。

「魔術で人を探すことは、不可能ではありません」

「消極的な言い方だな」

 「可能です」ではないことに、タイオスは片眉を上げた。

「協会にはしばしば、そうした依頼もやってきます。成功することもありますが、いかないこともある」

「その差は、何だ」

「まずは捜索範囲があまりにも広い場合。『大陸のどこにいるのか判らない』と言われては、いかな魔術でも」

「そこまで広くしてもらわなくていい」

 タイオスは手を振った。

「カル・ディアのなかと限定すればどうだ」

「たとえ近く、範囲が狭くとも、探される側が強く『見つかりたくない』と思えば、術を弾きます」

「弾く? 魔術師じゃなくても、そんなことが可能なのか」

「ええ。無意識の力、というのは存外に強いものです。われわれは依頼人から話を聞いたり、失せ人の私物の力を借りるなどして対象を探しますが、伝聞というのはどうしたって印象が曖昧です。われわれが直接知る人物を探すのであれば容易ですが」

「まあ、待て。リダールは探されたくないなんて思ってはいないはずだ」

 魔術の講義は要らない、とタイオスはサングを制止した。

「しかしお話の通りであれば、リダール殿は薬で眠らされていると」

「それだと、(まず)いか」

「われわれが追うのは、生き物が発する特殊な『気』……『波動』などと呼ばれるものです。眠っていても人はそれを発していますが、弱くなる」

「つまり、早い話が、できんと」

「難しい、という辺りです」

 できないとはサングは言わなかった。タイオスは唇を歪めた。

「自尊心もけっこうだがな。できないならできないと、はっきり言え。俺はいま、のらりくらりとかわされると、普段よりも腹が立つ」

「できないかどうかは、やってみなくては判りません」

 サングは肩をすくめた。

「何か、リダール殿の持ち物……いつも身につけているだとか、大事に長年使い続けているだのというものはありますか」

「いや、俺は持っていない」

 そうしたものが必要などとは、戦士には思いもよらぬことだった。

「館に戻ればあるかもしれんが、リダールはカル・ディア在住じゃないからな」

 少年の所有物の多くは、キルヴンの町にあるはずだ。

「では記憶と印象から彼の波動を探り出すしかありません。ご両親やご友人、彼について長い使用人などがいれば」

「閣下は城だが、ハシンがいる」

 タイオスはぱちんと指を弾いた。

「まさしく、リダール専属の使用人だ」

「呼べますか。私が向かいますか」

「そうだな」

 戦士は両腕を組んだ。

 サングとともにキルヴン邸へ向かう方が時間の短縮にはなる。だがもしエククシアやロスムの手の者がキルヴン邸を見張ってでもいれば、タイオスが魔術師を雇ったことが知れる。

(と、まずったな)

(俺に尾行がついていれば、既にばれてることになる)

(まあ、そういう気配は感じなかったが)

 油断大敵、とタイオスは気を引き締めた。

「それとも、まずはタイオス殿が挑戦しますか」

「挑戦だと?」

「ええ。リダール殿とつき合いは短くとも、知ってはいる訳です。彼がさらわれる前、いちばん最後に出会っている相手でもある」

「そんなことが関係あるのか」

「ある場合もあります」

 あくまでも確答を避ける様子で、サングはゆっくりと答えた。「魔術師」という人種が言葉に気を遣うことを知るタイオスは、特に胡乱な気持ちなどは抱かなかったが、その代わり、根っこでつながっているがごとくひと括りに「これだから魔術師って奴は」と思った。

「つまり、やってみなけりゃ判らんということだな」

 先ほどの魔術師の台詞を繰り返せば、サングは知った顔でうなずいた。

仰る通り(アレイス)

「どうすればいい」

「手を」

 サングは掌を上に向けて自らの手を差し出し、そこにタイオスの手を載せるように促した。戦士は何となく服の裾で手を拭いて、従った。

「目を閉じて、リダール・キルヴンのことを考えてください。容姿、声、言動、性格」

「おう」

 リダール少年の印象ならば、たった二日ほどのつき合いでもしっかり固まっている。

 十八歳に見えない十八歳。いい年をして人見知りをするのかと思えば、戦士の訓練を目にした途端に気を許すという、人懐っこいところもある。警戒心はなさそうだ。

 伯爵になるという将来に不安を覚えている。貧弱な身体にはおそらく劣等感を持っているが、それを表に出す代わりにタイオスや〈青竜の騎士〉を褒め称える。

(いくらか苛つくところもあるが)

(気の毒っちゃあ、気の毒なところもある)

 タイオスがリダールに思うのはそんなところだった。

『――けて』

『助けてください、タイオス』

 夢で聞いた声。現実に聞いた声。

 彼は少年の信頼を裏切った。

 無事でいてほしい。

『守ってくれると、言った』

『言ったのに。タイオス』

『タイオス、タイオス、タイオス……』

 ばしん、と殴られたような感触があった。タイオスは驚いて目を開け、手を引っ込める。

「な、何だ」

 見れば、魔術師が彼の手の甲を軽くはたいただけだと判った。


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