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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第1話 護衛 第4章
33/247

01 仰る通りに

 身体が、重い。

 まるで石でも詰め込まれたかのように。

 とても重くて、とてもではないが、起きられない。

(――でも、もう、起きないと)

(ハシンに叱られる)

 リダール少年は夢うつつに、そんなことを考えた。

(ここは、どこだっけ)

 目も開けられぬままぼんやりと、彼は考えた。

(ぼくの部屋じゃない。カル・ディアの別邸だっけっか)

(今日は、登城の予定があったかしら? きちんとしないと父上にも怒られ――)

 そこまで考えて、何か違うとリダールは思った。

(ぼくは……)

 不意に、右腕を掴まれる感覚が蘇った。見知らぬ痩せ男の、にやにや笑いも一緒に。

(それじゃ、ぼくはさらわれたんだ)

(タイオスの姿を見たように思ったけれど)

(急だったもの。きっと間に合わなかったんだな)

 少年は公正にそう評した。

(間に合わなかっただけならいいけれど。怪我をしたりしていないかしら)

(彼はすごい戦士なんだから、ぼくの心配なんか要らないだろうけど)

 当のタイオスが聞けばいろいろな意味で頭痛を覚えそうなことをぼんやりと考えて、リダール少年は辺りの様子を探ろうとした。

 ここは、どこなのか。誘拐犯たちは近くにいるのか。

 しかし身体は重いまま、少年はまぶたすら開けることができなかった。

(薬)

(甘い匂いがした。あれで眠らされた)

(ほかにさらわれた人たちも、同じだったのかな)

(眠っていて何も見聞きしていないということだけれど……)

 自分はどうやら目を覚ました。否、完全に覚ましたとは言い難いが、少なくとも音は聞こえる。

(近くで話してくれれば、話の中身も判る)

 リダールは耳を澄ませた。誰かいる。声がする。かすかに何かが聞こえる。それとも、聞こえるような気がするだけだろうか。

(いいや、確かに話してる)

 少年は集中した。

(……なに?)

(ライ……サイ?)

「ええ、もちろん全て、ライサイ様の仰る通りにいたします」

 高い声が真剣な様子で言うのが聞こえた。女の声だ、とリダールにも判断できた。

「でもよ、ミヴェル。俺はカル・ディアルから出たことなんてないんだ」

 対照的に、男のものと確実に判る低めの声が、嫌そうに言う。

「初めての体験か。悪くないだろう。その年になると、なかなか初体験なんてないだろうから」

 高い声はそう返した。

「それじゃ、そこまで俺が……俺たちがやるのか?」

「嫌なら嫌でいいとも。その代わり、報酬はなしだ。ライサイ様のお怒りを買って、逃げ隠れることができると思うなら、そうするといい」

「――……ない」

 くぐもった声がした。リダールは必死で聞こうとした。

 リダールが薄目でも開けられなかったのは、幸いなことだった。

 目と口鼻の部分だけが開けられた、金属製らしき仮面などで覆われた顔を見れば、少年はこらえきれずに悲鳴を上げただろうからだ。

 その部屋は、四方が五ラクトあるかどうかという程度の狭い部屋だった。

 そこには三人、いや、横たわっている少年も含めるとすれば、四人の人物がいた。

 リダール、ミヴェル、ジョード、そして仮面の男だ。

「なあ、仮面さんよ」

 じろじろと計るような目つきで、ジョードは名前を知らない相手をそう呼んだ。

 最初こそ、ジョードもこの仮面姿に驚いた。だが幾度か繰り返し見れば「そういう顔なのだ」とばかりに慣れてしまう。

 そうなれば、彼の内に湧いてくるのは恐怖よりもむしろ腹立たしさだった。こちとら顔も名前もさらしてるのに、そっちは隠す気なのか、と。

 よって痩せ男は、ミヴェルのように頭を下げたりはしなかった。

「今回は、これまでと違うな。いいさ、俺ぁあんたやライサイ様の手足だ。言われるままに動くだけ」

「ジョード」

 反抗的な口調と従順な台詞に、ミヴェルは叱責するべきか迷った。彼女が決断するより早く、男は続ける。

「だが、今回はこれまで以上にやばい。何しろ、ガキは返さないんだからな。俺はあの護衛戦士に見られた。あんたらが安全なところにいる間にだ」

「何が言いたい?」

 仮面の動かない口の向こうから声がした。

「簡単さ」

 ジョードはにやっと笑うと仮面の男に指を突きつけた。

「報酬は倍額でよろしく頼むぜ」

「ばっ、何を馬鹿なことを!」

 ミヴェルは顔を青くした。

殿(セラス)、どうか平にお許しを」

 彼女は名を知らぬ相手にも呼びかけられる丁重な敬称を用いた。

「俺は真っ当な交渉をしてるんだ、ミヴェル」

 不満そうにジョードは首を振った。

「危険が大きけりゃ、手にするもんもおっきくて当然。だいたい、こいつらはお貴族様がたからいくらぶんどって(・・・・・)るんだ? 俺に回ってきてるのはその三分の一もないだろ。いいや、もしかしたら十分の一もないかも」

 ジョードはまくしたて、ミヴェルは男の弁舌をとめようと躍起になった。女が男のよく回る口を押さえようとし、男がそれを避けるさまはまるで喜劇のようだったが、仮面は――その変わり得ぬ表情の裏でも――にこりともしなかった。

「倍か」

「おうよ」

「この仕事を最後に? それとも今後もライサイ様に従うか」

「そいつぁ、次の仕事内容次第――」

「し、従います、従わせます、セラス、どうか」

「おい、勝手に人の」

 ジョードが抗議をしようとしたときだった。

 威勢のよいところを見せていた盗賊が、不意に顔をひきつらせた。ミヴェルに至っては、そのまま卒倒するのではないかというほどに顔を白くした。

「レダク一匹、抑えられぬか。恥を知るのだな、ミヴェル」

 これまでしなかった声がした。

 そのときまで、部屋の人数は確かに四人。

 その人物は、不意に現れたのだ。

 瞳を閉ざしたままのリダールには、そのことは判らなかった。彼には、その人物がこれまで黙っていたのだとしか取れなかった。

 だが、聞いていることを気づかれぬようにじっとしていたリダール少年は、このとき、ぴくりとした。

「も、申し訳、ございません」

 ミヴェルは床に膝までつき、深々と頭を下げた。

「おいおい、そこまでやらなくても――」

「お前もひざまずくんだ、ジョード」

「何で俺まで」

 盗賊は不満げに言ったが、ミヴェルはその手首を掴むとぐいっと引っ張った。所詮は女の力である、ジョードは無視しようと思えば容易だったが、ここは仕方がないとばかりにミヴェルに従った。

「なあ、レダクって何だ?」

 そうした上で彼は、聞き慣れない言葉を彼女にそっと尋ねた。

「うるさい」

 女はすげなかった。

「何だよ。説明くらい、してくれても」

「ミヴェル」

 新たな声が再び彼女を呼んだ。ミヴェルはまた頭を垂れる。

「やるべきことは、判ったな」

「は、はい、それはもう、何もかも仰る通りに」

 ミヴェルの声はうわずったが、リダールはもうそれを聞いていなかった。

「明日の朝、一番で。夜明けとともに、北に向けてカル・ディアを出ます」

 顔を上げぬまま、ミヴェルは仮面の男の話を復唱した。

「それから、半月以内に、カヌハへ」

 ジョードが、嫌そうに続けた。

「文字通り『お荷物』を抱えながら、って訳だ。いいよなあ、命令する方は楽で」

 ひざまずいたままではあったが、せめてもの抗議とばかりにジョードはそうつけ加えた。ミヴェルは慌てる。

「お前、何と失礼な口を」

 彼女は蒼白な表情で顔を上げると、ぐいっとジョードの首筋を押さえて、再び自らも頭を下げた。男はむっとしたが、幸いにしてと言うのか、頭を下げていては誰にもその顔は見えなかった。

「月岩の御子にして、騎士たるお方に、お詫び申し上げるんだ!」


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