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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第1話 護衛 第3章
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11 祈っているといい

 ライサイ。それは、マールギアヌの北方に住まうソディ一族の宗主だと言う。

 詳しいことは、ロスムは何も知らなかった。ただ、かつて――遠い遠い昔、マールギアヌの地で起きた知られざる魔術戦争に打ち勝ち、ケイスト一族を他大陸へ追いやった魔術師の末裔だと聞いた。

 ケイスト一族のことは、歴史書にも載っていた。西のリル・ウェン大陸で、やはり遠い昔に、魔術によって大陸全土を支配したという怖ろしい一族である。

 彼らはやがて大戦争の果てに滅亡したが、ケイスト一族の城砦であったという〈失われた魔術師たちの砦〉の伝承は広大な海を越えてラスカルト大陸にも伝わり、いまでも語られることがある。

 その力ある一族を追い払ったという、ライサイの祖先。事実なのかどうか、それをロスムに知る術はない。ただ、箔をつけるための出鱈目にしては、いささか胡乱すぎる感があった。魔術師相手ならばともかく、普通の人間はケイスト一族の名など知らないからである。ロスム自身、調べてみて初めて知ったことだ。

 それはあまりにも遠い話であったが、ソディ一族については、もう少し彼らに近い話もある。カル・ディアルやアル・フェイルといった大国の誕生にも、その暗躍が関わっていると言うのだ。

 普段は隠者(スアル)のようになりをひそめ、北からマールギアヌを見守っている。彼らの求めるものが顕現したときだけ、使いを送ってそれを手に入れる。

 ライサイが求めるものについては、ロスムはやはり判らなかった。エククシアからいくらか話は聞いたが、伯爵には判らない――興味のない分野の話だった。

 魔術。神秘。

 そんなものは彼には必要なかった。

 利用できるのならば、利用することもある。〈青竜の騎士〉を連れ歩くのは、それに近い。謎の騎士。話題性がある。

 だがエククシアの方では、何をどう考えているものか。

 そして、ライサイは。

 判らないこともあれば、判った上で、いささか怖ろしく感じる部分もある。しかしそれでも、ロスムはライサイの提案に乗った。

 彼の望みを叶えてくれるのであれば。

「ことは、都合よく進んでいる」

 声を発したのは仮面の男だった。

「リダールを連れ去るは、ロスム閣下の意向。だがあの様子であれば」

 わずかに、仮面の男はうつむいた。

「〈白鷲〉は、追ってくる」

 くぐもった声が言った。

「追ってくることが、好都合なのか?」

 ロスムは不思議に思って尋ねた。〈白鷲〉タイオスがろくでもない騎士であろうと、追われれば面倒ではないのかと思ったのだ。

「サナース・ジュトンを覚えておいでだな、閣下」

 今度はエククシアが言った。

「あ、ああ」

 伯爵は視線をうろつかせた。

「キルヴンの、護衛戦士であった」

その通り(アレイス)。キルヴン伯爵を守って死んだ、忠義の騎士」

「騎士? いや、あやつは」

 そのような称号を持っていなかった、とロスムは言おうとした。

「知らぬであろう。だが、ジュトンは騎士の称号を得ていた。タイオスと同じ場所からな」

「何と」

 驚いて、ロスムは呟いた。

「シリンドルとか言ったな。ジュトンに、タイオス。ではキルヴンは」

 そこで伯爵は渋面を作った。

「内密に、他国と並々ならぬ(えにし)を育てているということになる」

「そうとも言えよう」

「――叛意有り、と取られても致し方あるまいな」

「その辺りは、好きにするといい」

 興味なさそうに騎士は応じ、伯爵は戸惑った。

「だが……この先も、お前にはいろいろと」

「協力はそこまで、と言ったはずだ」

 すげなくエククシアは返した。

「お前はリダールを提供する。ライサイはフェルナーを返す。等価交換ならばそれだけでよいのに、キルヴンの評価を落とす手伝いまでしてやった」

 黄色と青の両眼が、じっとロスムを見た。ロスムには、部屋の温度がすうっと下がったかのように感じられた。

「これ以上を望むのか?」

「いや……」

 ロスムはごくりと生唾を飲み込んだ。

「すまなかった」

 それから彼は、取り繕うように続けた。

「こちらのことは、全て任せよ。誘拐事件がこれ以上発生せぬのであれば、リダールのことは、最初で最後の気の毒な犠牲者という話で終わらせることができる。タイオスというあの騎士が何を言おうと、キルヴンがそれを信じようと、もはやどうでもいいことだ」

「宮廷の風潮は、ロスム閣下に傾いているか」

 厳しい視線を向けたことなどなかったように、エククシアは穏やかに問うた。ロスムは安堵して、こくりとうなずいた。

「殿下は御自らが発端ということでリダールをいくらか案じていらっしゃるが、大方の者にとっては、功を焦って余計な手を出したキルヴン父子の不徳と思われている。私やお前は不幸にも巻き込まれたという印象だ」

「どうでもよい」

 エククシアは手を振った。

「閣下は既に狐を射られたということ。その狐が兎をくわえていることを祈っているといい」

 騎士は〈兎を仕留めた狐を捕まえる〉――少ない労力で多くを得ることのたとえを使って肩をすくめた。

「兎を得られるのであれば、狐のことはさして重要ではない」

 息を吐いてロスムは言った。

「――頼む」

 それから、彼は頭を下げた。カル・ディアの伯爵たる人物が、素性も知れぬ一騎士に。

「どうかフェルナーを……我が子を再び、この手に抱かせてくれ」

「ライサイに全て任せよ、閣下」

 エククシアは静かに言って、遠く北方を見やった。

 その黄色と青の瞳は何を映すものか。目的の判らぬ謎の騎士とその主に、ロスムは少しだけ畏怖めいたものを覚えた。

(私は、何と愚かしい頼みごとをしているのか)

 一(リア)。その思いはほんの一瞬だけレフリープ・ロスムの内を駆け抜けた。

(いいや。愚かなどではない。もしも本当に、息子が戻るのであれば)

 キルヴンの息子と引き換えに、冥界神(コズディム)が彼の息子を返すのであれば、それは素晴らしい出来事だ。

 ロスムは疑念と、それからかすかに覚えた怖れを振り払うように頭を振って、全て任せると繰り返した。


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