表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第5話 記憶 第3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

229/247

15 越したことはない

 窓を開けると、天空では月が煌々と照っていた。

 本物の月。黄金色の。

 思っていた以上のまばゆさにタイオスは思わず目を細め、それから深く息を吐いた。

「あの、阿呆。どこへ行きやがった」

 まさか月夜のお散歩じゃあるまいな、と戦士は不在の若者に悪態をついた。

「おい、イズラン。ルー=フィンはどこだ」

「私を何だと思っているんですか?」

 魔術師は眉をひそめた。

「あなたの下僕じゃないんですよ」

「うるさい。どうせ知ってるんだろうが」

 タイオスは一蹴した。

「お前じゃなけりゃ、サングか。あいつが知ってるのか」

「ラドーはアル・フェイドで陛下のおもりです。あの人、誰かしらがいないとうるさいですから」

 肩をすくめて、イズランは答えた。

「じゃあティージが尾行してでもいるのか。お前らの『知りません』なんざ、俺はいっさい、信じないからな」

「そんなに博識だと思っていただけるのは光栄ですが」

「皮肉だ」

「判ってます」

 さらりとイズランは返した。

「じゃあこうしましょう。ラドーに頼んで、彼とティージに探してもらう」

「馬鹿野郎。知らないふりをするなと、言ってるだろうが」

「だって、知りませんから」

 やはりさらさらと、魔術師は答える。

「だいたい、彼の何を心配する必要があるんです? 剣の腕はタイオス殿よりも上、いまは、あれです。〈白鷲〉の護符まで持ってるじゃありませんか」

「そういう問題じゃないだろうが」

「なら、どういう問題ですか」

「優秀な猟犬なら、放し飼いにしていいってのか?」

「犬扱いですか。酷いですね」

「綱つけとかなきゃどこに飛んでっちまうか判らんと言ってるんだ」

 タイオスはうなった。

 ルー=フィンの「獲物」たるヨアティアは死んだ。彼自身が仕留めたのではないとは言え、神のため、国のためという名分はいまのルー=フィンにはないはずだ。

 館の外でぐだぐだと思い悩んでいるものと踏んでいたのに、どこへ行ったのか。

「まあ、そうですねえ、ルー=フィン殿は」

 イズランは肩をすくめた。

「冷静ですが、必ずしも慎重じゃないですからね」

 知ったような顔でイズランは、サングに語ったことを口にした。

「よく判ってるじゃねえか」

 認めざるを得ず、タイオスは唇を歪めた。

「あの」

 少年が声をかけた。

「ぼくのことはいいですから、彼を探しに行くなら、行ってください」

 戦士は振り向いて、少年を見た。

「今夜はお前をひとりにしたくない」

「ええ?」

「タイオス殿、それ、すごい口説き文句ですね」

「阿呆かっ」

 戦士は魔術師を斬り倒してやろうかと思った。

「エククシアはあんなことを言ったし、お前はそれを信頼できると言うんだろうが、俺にはできないんだよ。当たり前だろう? いきなり、いち(・・)抜けたと言われても」

「ですが、魔族の約束は、強いですよ」

「それはお前の言葉に過ぎない」

「そう言いますがね、満月云々は、ライサイの言葉に過ぎないんじゃないですか」

「まあ……それもそうなんだが」

「あなたはライサイの言葉の呪縛にかかっているとも言える。満月、期限。そうしたことです」

 期限。

 それは、過ぎたようにも思う。

 リダールはフェルナーを拒絶した。それは連中の計画には、なかったことではないか。

 タイオスはそう感じていた。だがイズランに説明はしなかった。リダールにはこっそり、話はあとでと囁き、魔術師に何も知らせないようにした。

 イズランを信じられないこともあるが、単純に、まずはリダールとふたりだけで話したかったのだ。余計な茶々を入れられたくない。

「期限云々は、出鱈目だって言うのか?」

 素知らぬ顔で戦士は尋ねた。

「私が言ったって、信じないんじゃありませんか」

「言うだけは言ってみろよ」

「出鱈目かどうかなんて、知りませんよ。私はライサイじゃないんですから」

「何を拗ねてんだ」

 タイオスは顔をしかめた。

「拗ねてなんかいません。理屈で言えば、警戒をしておくに越したことはないと思います。ただ、それを言ってしまうと、今後一生、しておくに越したことはないということになりますけどね」

 ふん、とイズランは鼻を鳴らした。

 信じられないと言うなら、エククシアやライサイだけではない。イズランだって信じられない。その魔力を信じると言ってみても、タイオスにはそれを計れる知識や技能がなく、結局は勘で行くしかない。

 魔術陣は燃やされ――奇妙なことに、床には焦げあとひとつなかった――、リダールは記憶を取り戻し――魔術師の問いに少年はそのことを認めたが、タイオスの指示に従って、それ以上は何も言わなかった――、エククシアは去った。

 だが、また会おうなどと。

「くそっ」

 彼は疑心暗鬼の塊だった。

(何を信じればいい)

(ルー=フィンだけは信じられるんだが、魔術に関しては俺とどっこいだし)

(だいたい、いまはお出かけときたもんだ)

「まあ、いいでしょう」

 イズランはにんまりとした。

「私はあなたに助力して恩を売るためにここにいるんですし、このままひと晩リダール殿を守れと言うなら、従いますよ」

「サングかティージにルー=フィンを探させろ」

「はいはい、猟犬のご主人様」

「おい」

 タイオスは顔をしかめた。

「あいつを侮辱するな」

「あなたが言ったんじゃありませんか」

「猟犬というたとえは、したとも。だがあいつの主人は」

「ハルディール陛下ですか。それとも〈峠〉の神」

「馬鹿野郎」

 タイオスはまた罵倒した。

「ルー=フィン・シリンドラス自身に決まってるだろう」

「タイオス……」

 リダールが目をぱちぱちとさせた。

「格好いいです」

 がくり、と戦士は脱力する。

「格好つけてる訳じゃない。お前もなんだぞ、リダール。お前の(あるじ)はお前だ。他人の意見を聞くのはいいが、流されるなよ。特に」

 彼は両腕を組んだ。

「イズランみたいなのは要注意だからな。助言をするふりで、自分の陣地に引きずり込もうとする」

「助けているのにその言いよう。……何だか快感になってきましたが」

「お前がとにかく気をつけなけりゃならんのは、いまはフェルナーだ」

 タイオスは無視して続けた。少年はぴくりとした。

「エククシアの言葉は、絶対に信じるな。あいつはお前から手を引くと言ったが」

 戦士は騎士の消えた場所を睨んだ。

「――フェルナーから手を引くとは言わなかった」

「ああ、お気づきでしたか」

 ぽん、とイズランが手を打ち鳴らした。

「私、タイオス殿の、そういう抜け目のないとこ好きですよ。それとも、気づきながら突っ込めなかったんだから、抜けてると言うんでしょうかね。いやいや、どっちにしても好きですから」

「ま、そういう話も、またあとで……な」

 やはり無視して、タイオスは少年にほのめかした。リダールはうなずき、イズランはめげることなくにこにことしていた。

「手を引くなんざ、油断させるための罠とだって、思えるが」

「警戒しすぎです」

「するに越したことはない、ってのはどうしたんだ」

「ですから、それを貫くなら、リダール殿は一生、私なりあなたなりに守ってもらわなければならないことに」

 イズランは指摘した。タイオスはまたしてもうなった。

 繰り返しである。どこかで見切りはつけなければならないだろう。そのことは判っている。よく判っているのだが。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ