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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第5話 記憶 第1章
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06 好きにはさせん

「確かに、消えてはいない」

 タイオスは呟いた。ルー=フィンは片眉を上げた。

「と、言うのは?」

「あー、会ったんだよ」

 仕方なくタイオスは、リダールと話していたところに突然フェルナーが現れた話をした。

「ええ? それじゃ……」

 リダールは更に口を開けた。

「あれはやっぱり、夢じゃなかったんですね」

「何か覚えてるのか」

 タイオスは驚いて尋ねた。

「フェルナーのことか」

「いえ……何て言ったらいいのか」

 少年は両手を組み合わせた。

「不意に、意識がとぎれた。そんな感じがしたんです。急に深い眠りに落ちたみたいな。でも、よく考えたら、タイオスと喋っていたのにそんなのは変ですよね」

「よく考えなくても変だ」

 戦士はうなった。

「夢、と言ったな」

 ルー=フィンが口を挟んだ。

「何か見たのか」

「見たと言いますか……見なかったと言いますか」

「どっちだ」

「何もない、暗いところにいたような気がします。ずいぶん、寒く感じた」

「そいつぁ」

 タイオスははっとした。

「フェルナーの言ってた場所と、似てるな」

「え?」

「――あのガキも言ってたんだ。何もない、暗くて寒いところにいて……もうあんな場所に閉じ込められるのはご免だと」

「では、あれは、冥界なのでしょうか?」

「お前は死んでないだろう」

「そうですけど。でも」

 リダールは困惑していた。タイオスも同様だ。

(やっぱりいまのリダールは、フェルナーが死んだことに納得してる)

(哀惜の気持ちはあるんだろうが、そこまでだ。俺たちがフェルナーと話したと言っても、頭で理解しようとしている様子で……食いついてこない)

 おかしな反応ではない。何も。

 だからこそ、違和感を覚える。

「思い出してもらえりゃ早いんだが、お前の意志でどうにかなることでもないんだろうな、たぶん」

「タイオス。ほかにも気になったことがあるが、いいか」

「何だ」

 言ってみろ、と戦士はルー=フィンを促した。

「ミヴェルのことだ」

「うん?」

「ずいぶん、腹を立てていたようだったろう」

「そうだな」

 タイオスはうなずいた。

「初めて顔を合わせたときと同じように、人を仇みたいに睨みやがった。……それだけ、一族が大事なんだろう」

「彼女は、お前に命を預けるつもりでいた」

「何?」

 思いがけない言葉に、タイオスは目をぱちくりとさせた。

「お前の言葉に従うことが、自分の生きる道だと考えたのだろう。深い語らいをした訳ではないが、彼女がお前の指示に従うことに決めていたのは確実だ」

「それはつまり、裏切り者として処罰されるよりは俺についた方が得策だと考えた、ってことだろ。だから、アトラフが罰しにじゃない、助けにきた時点で、ミヴェルには一族を捨てる理由がなくなったと」

 彼は顔をしかめた。

「アトラフは、ミヴェルを我が妻だとか言いやがった。ジョードには気の毒だが、あの女のことは」

「――お前は何故、リダールとフェルナーを襲った記憶の消失や変遷を彼女の変化に結びつけない?」

「ああ?」

 戦士は顔をしかめた。

「それじゃあいつも、忘れてるってのか? 俺のことはともかく……もしかしたら、ジョードのことも」

「考えられることだと思うが」

「あの。ジョードと言うのは、誰ですか」

「……思い出せ」

 うなるように言ってから、戦士は卓を叩いた。ドン、と力強く。リダールはびくりとした。

「あ、あの、すみません、ぼく……」

「あいつら、胡散臭え、勝手なことばかり、しやがって」

 無論タイオスは、リダールを叱ったのではなかった。

「俺は、誓う。エククシアを負かし、この混乱を戻させる。青竜野郎にできなけりゃ、あいつを人質にでも何でもして、ライサイを脅してもいい。どうあろうと」

 掌に爪が食い込むほどの力で、戦士は拳を握り締めていた。

「これ以上、あいつらの好きにはさせん」

「正直、私は、とても面白いことだと思うね。……なんて言ったら、タイオス殿に殴られそうだが」

 イズランは肩をすくめた。

「考えられることだった。ああして、フェルナー少年の記憶と意志を操って見せたのだからな。もともとソディの教義に染まっているミヴェルであれば、かなり大きな修正を加えても、当人はフェルナーが感じたよりも違和感を覚えないだろう」

「私もそう思う」

 サングはうなずいた。

「ああ、これがアル・フェイル国内だったらなあ」

 イズランは天を仰いだ。

「陛下のご許可があるいま、たいていのことはやりたい放題なのに」

「気の毒だったな、とでも言ってほしいのか?」

「要らないとも」

 灰色の髪の魔術師は首を振った。

「これもまた、試練と言うもの」

「安い試練もあったものだ」

 サングは肩をすくめた。

「安いとは聞き捨てならないな、ラドー」

「ふん。また言うのか? 魔術師が問題にしない『国境』がお前には重要で、そのためにやりたいこともできないと」

「言いたいね。だがあんたもまた言うんだろう。選んだのは私であり、それによる利得も充分すぎるほどあるはずだ、と」

「言おう」

「まあ、その通りであるから、例によって反論の余地はない」

 イズランは降参するように両手を上げた。

「それにしてもタイオス殿は親切だ。役者をみんな、集めてくれようと言うんだから」

「お前のためではあるまいよ」

「そりゃあね。判っているさ。ただ、結果的に私が考えていた布陣に近いものができる」

「――ライサイは、どうする」

「奴さんは、出てこない」

 きっぱりとイズランは言った。サングは片眉を上げる。

「言い切る理由は?」

「簡単だ。〈第二十二境界〉。彼は、ああした場所の付近から離れないんだ。離れられない訳じゃないだろう。ほかの連中は、堂々と闊歩しているのだからね」

「成程。宗主は〈月岩〉より出でて、時に〈月岩〉の向こうへ帰り、あちらを通って、境界に姿を見せる。離れることを好まないという判断か」

「おそらく。ただ、エククシアは違う。ライサイから受け取った力の利点を巧いこと活かして、あちらこちらだ。ついには私の思い人から逢い引き(ラウン)の誘いを引き出した」

「では、どうする? 逢い引きを滅茶苦茶にしてやりに行くか?」

「まさか」

 イズランは肩をすくめた。

「最初から言っている通り。私は、彼を見ているだけでいいんだ」

「私に嘘をついても意味はない、イズラン」

「判ってるさ、ラドー。確かに私は、思い切りちょっかいを出すつもりでいるよ。だが同時に、傍観者なのさ」

「いいだろう」

 サングはうなずいた。

「では、助力はここまでだ。材料は全てお前に渡した。好きに料理をするといい」

「有難う、ラドー。いろいろ助かったよ」

「礼など不要。貸しは返してもらうのだから」

「はいはい。……怖いね、いつもながら」

 魔術師が魔術師らしくなく魔除けの印など切ったときだった。

「ん」

 イズランは目をしばたたいた。

「やれやれ。陛下がお呼びだ。すまないがラドー」

「代行には、更に貸しがつくが?」

「仕方ないな。先日の、〈クーヴィの五色卵〉を協会に提供する。……まだ充分には遊べていないんだがねえ」

「よかろう」

 弟弟子の愚痴は無視して、兄弟子は了承した。

「それじゃ陛下のお()りは頼んだ。私はこれから」

 イズランは軽く礼をすると、黒いローブを翻した。

「舞台観賞だ」


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