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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第5話 記憶 第1章
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04 適性を認めよう

 くっ――と、左右色の違う瞳を持つ男は笑った。

「それは、面白い」

「お受けになるのですか」

 アトラフは尋ねた。

「あのような乱暴な男の言うこと、エククシア様が真に受ける必要など、ないものと思いますが」

「これまでは、私が仕掛けて仕方なく応じるという風情であった。〈白鷲〉の方でやる気になったのならば、私が断る理由はないな」

「ですが……」

「異論があるのか?」

「い、いえ、決して」

 慌ててアトラフは頭を下げた。〈青竜の騎士〉に異論を唱えるなど、彼には考えられないことである。

「峠の土地神シリンディン。その力、どれほどのものか。私はまだ、その一端しか目にしておらぬ。〈白鷲〉自身、何も判っていないようだが」

その通り(アレイス)

 同意したのは、宗主であった。

「シリンディンなど、所詮、土地神。上位精霊ほどの力も持たぬ、と見てよいだろう」

「だが、条件には適う」

 エククシアは肩をすくめた。

「〈ドーレンの輪〉を抱いた男、年子の双生児、血の爪を持った娘、あれらよりも強い『神秘』だ」

「それもまた、その通りと言えような」

 ライサイはうなずいた。

「よかろう、我が騎士。〈シリンディンの白鷲〉ヴォース・タイオスに適性を認めよう。次なる『幻夜』に合わせ、彼奴を――〈月岩〉に」

「承知した」

「あの男の最期も近い、ということですか」

 アトラフはタイオスに掴まれた腕を何となくさすりながら言った。

「それにしても身の程知らずな戦士です。エククシア様に少しでも敵うと思っているのだろうか。いったい何を考えているのか」

「簡単だ」

 騎士は肩をすくめた。

「彼の目的は、リダール・キルヴンを完全に取り戻すことにほかならない。私が負ければその方法を教えろとでも言ってくるつもりだろう」

「勝つつもりでいるのですか。愚かすぎる」

「それほど貶めたものでもない」

 騎士は言った。

「ただ力任せに剣を振り回すだけでは、あの年齢まで生き延びることはできない。実力のある戦士だ」

「運もある」

 ライサイが声を出した。

「先ほど、我の前に現れたのが〈白鷲〉であれば、我はシリンディンを試そうと、瀕死まで痛めつけてやるつもりでいた。だがやってきたのは、彼ではなかった」

「実力と運。それから、力頼みの直情戦士でもないということ。引くことを知る。それがあの戦士を生かしている。任務には忠実であるが、ただひたすら攻めるだけの単純な戦士ではない。騎士の誠実さと、戦士の目を持つ。そこが、面白い」

「その点は、銀の鳥にも共通するようだ」

 宗主は言った。

「仮面の道化師には、ない、な」

「そのことですが」

 アトラフは渋面を作った。

「差し出がましいようですが、あの男は我らの仲間に相応しくないかと。私やミヴェルにも雑言を吐き、エククシア様のご指示に逆らおうとしたばかりか、襲撃の際にはひとりで身の安全を図りました」

「だが、少しは、恥を知るようだ」

 ふ、とエククシアは笑った。

「お前たちが襲われたと報告をしてきた。自分だけ逃げた、とは言わなかったが」

「無駄吠えをする(テュラス)にはしつけが必要だな」

 ライサイが言えば、エククシアがうなずく。

「そう、アトラフよ。あれは巧く使えばよいだけのこと。仲間と考える必要はない」

「左様でありましたか」

 ほっとしたようにアトラフは表情を緩めた。

「〈魔術師の腕〉の成功例なら、こうして私がおります故、もはや彼に価値はない。そういうことでよろしいですか」

「いや、そうは言わぬ」

 答えたのはエククシアだった。

「と仰いますと……?」

「ふふ」

 ライサイが笑った。

「エククシアよ。お前はずいぶん、興味を持っているようだな。〈白鷲〉、シリンドル、〈峠〉のシリンディン」

「ああ、持っている」

 騎士はうなずいた。

「カル・ディアを制するような影響力はない。そうした意味で宗主の興味が薄いのは致し方なかろうな」

「確かに。無い。しかし面白かろうとは思っている。ルー=フィン・シリンドラス。ああした魂の持ち主を生み出す土地柄。――の対極たるものと言ってもいい」

 ライサイの言葉の一部は、アトラフには聞き取れなかった。何か、彼には聞き覚えのない言葉だった。だがそれだけではない。奇妙なことに、音そのものが聞き取れなかった。

 宗主が何か言った、そのことは確かであるのに、音は彼の耳に届かなかった。

 しかしアトラフは、特に不思議には思わなかった。

 ライサイとエククシアの間にだけ通じる言葉がある、彼はそのことを知っており、それだけ知っていれば、充分だった。

「対極か。言い得て妙だ」

 エククシアは呟いた。

「では〈峠〉には、何らかの境界が存在するのか?」

「いや」

 ライサイは首を振った。

「そうではない。境や異界は、あちらにはない」

「では対極と言うのは、属するものにすぎぬと」

「その辺りだ」

 宗主と騎士の言葉は、やはり彼らにしか判らなかった。アトラフは黙っていた。彼が口を挟むことではないと知っているからだ。

「ミヴェルはどうしている」

 そこでエククシアは、再びアトラフを向いた。彼は頭を下げた。

「神女ムタのところに行っております」

「様子は」

「変わりません。よく頭痛を覚えているようです。しかし、面識のあるはずのタイオスを見ても、思い出す様子はありません」

「我が術は問題なく働いている」

 ライサイがうなずいた。

「気に病むな。数日で固定される」

「は、有難きお言葉」

 アトラフは深く、頭を下げた。

「――月が満ちる」

 エククシアが囁いた。

「今宵は、よい舞台が、調いそうだ」

「主役を張る柄じゃ、ないがねえ」

 中年戦士はあごをさすって、苦い顔をした。

「やるっきゃないんだよな、あいつとは、いずれ。それなら早い方がいい」

 〈青薔薇の蕾〉に戻った彼らは、再び部屋を借りた。火事の騒ぎはほとんど収まっていたが、その代わりと言おうか、〈幻夜の鏡〉はちょっとした騒ぎになっていた。騒音を聞きつけた店の者が何ごとかとのぞきにきたのを彼らが強行突破して出てきたからである。

 脱出は容易で追っ手の気配もなかったが、さすがに四度目の「素知らぬ顔」は通用しないだろうなとタイオスは思った。

「決闘には、手続きが要りますよ」

 真剣な顔でリダールが言った。

「立ち合い人も」

「お貴族様の、名誉が傷つけられたの何のという決闘とは違うんだ。誰の許可も要らんよ」

「でも決闘は決闘でしょう」

「じゃあ、一対一の喧嘩と言い直すさ」

「言葉を換えたって駄目です、タイオス」

「それじゃ改めて果たし状を書き、神殿に奉納して、神の御前で正々堂々たることを誓い、城の広場で試合をしろとでも言うのか」

「そういうことを言ってるんじゃないです」

 リダールは顔をしかめた。

「決闘なんて。危ないじゃないですか」

 がくり、と戦士は肩を落とした。

「では、あれがお前の目的だったんだな、タイオス」

 ルー=フィンは確認するように尋ねた。

「まあ、な」

 戦士は認めた。

「エククシアの野郎を引っ張り出さなくちゃならん」

「私はしくじったが、お前が成功させたのであれば、けっこうなことだ」

「そう言うなよ」

 タイオスは苦笑した。


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