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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第5話 記憶 第1章
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01 「自分」そのもの

 現状、最も戦士の気にかかっていたことは、「満月」のことだった。

(――今夜、なんだよな)

(もしかしたらそれはもう、意味のないことになってるのかもしれんが)

 それを過ぎればリダールが戻らないと言われた。

 だがリダールは戻っている。但し、フェルナーを内包して。

なか(・・)にいる訳じゃないのかもしれん)

(その辺のことはサングかイズラン、或いは両者に見てもらわなけりゃならんだろう)

 ひとつの身体にひとつの魂、それは正常だと言ったのはイズランだった。リダールの波動を見て取れるのはサングだ。

(やってくるとしたら、サングだろうな)

(イズランがなかなか顔を出さなかった理由はいくつか考えられるが、最大はあれだ)

(アル・フェイルの宮廷魔術師が、カル・ディアルの首都で騒ぎを起こす訳にはいかんと)

 そういうことではないかとタイオスは推測した。

 シリンドルではずいぶん自由にやっていたイズランだが、かの小国には魔術師協会もなく、彼の魔力を知るほかの魔術師もいなかったという事実がある。つまり、魔術による殺人などによって協会の調査が入りでもしない限り、彼の正体が見抜かれることはなかった。

 しかしカル・ディアではそうもいかない。協会が調べれば――或いは調べずとも――イズラン・シャエンの身元は判ることであり、何らかの流れで王城から正式な依頼でもあれば、それはカル・ディアル王に知れる。

 キルヴン邸でルー=フィンを連れ戻したときは「宮廷魔術師の弟弟子」という言い訳を作っていたが、いまはそうではない。

 だからイズランはカル・ディアでの「観察」をサングに託したのだ。 おそらくは、このたびも。

「とりあえず、お前は帰れ」

 タイオスが言ったのは、リダールに対してだった。

「嫌です」

 少年は即答した。戦士は目をしばたたいた。

「何?……ああ、判ったよ、送ってってやるから」

「お断りします」

「何だと?」

 次には彼は、呆然とした。

「あの。タイオス。ぼくはまだ、きちんと話を聞いていないんです」

「……何を聞きたい」

「『反撃』の理由。彼らが誘拐犯の一味であるという話は聞きましたが、あなたが彼らと戦う理由が判らない」

「それはな」

 タイオスは両腕を組んだ。

「いちいち俺が説明してやらなくてもいいことのはずなんだ」

「と、言いますと?」

「思い出せ」

「は?」

「俺に言えるのは、お前は連中に『忘れさせられてる』ってことだけだ。俺の知る限りで本当にあったことをみんな話してやってもいいが、ひとから聞かされて判ることでもない。お前が自分で思い出すしかないんだ」

「……忘れさせられている」

「家出をしてから帰ってくるまでの記憶が曖昧だと言ったな? だが、家出前の部分にも、いくらか齟齬がある。俺の記憶違いと言うような問題じゃない」

 エククシアと話したことがないと言い切ったリダール。嘘をついているのではあるまい。〈青竜の騎士〉と少年が話していた場に戦士が乗り込んだのである。目撃者たるタイオスをごまかすことなどできないし、ごまかす意味もないだろう。

「そう……なんですか」

「記憶をいじるなんて、とんでもねえ野郎どもだ」

「――怖ろしいことだな」

 ルー=フィンがそっと言った。

「記憶と言うのは……言い換えれば『自分』そのものだ。過去に何をし、何と出会い、何を思い、何を得て、何を失ったか……それらの記憶が自分を形作る。それを操作されるなど」

 怖ろしい、と若者は呟くように言った。

(確かにな)

 タイオスは小さくうなずいた。

(全くもってその通りだ。そりゃあ俺くらいの年になれば忘れちまうこともたくさんあるが、それはまあ、仕方のないことであって)

(誰かの都合のいいように忘れさせられることとは、根本的に話が違う)

「正直に言えば、ぼくにはぴんときませんが」

 リダールは考えながら言った。

「そのお話が事実ならば、なおさらです。ぼくにも関係のある件だということ」

「でも、駄目だ」

 戦士は首を振った。

「お前には武器がない」

「武器? 剣と言うようなことですか?」

「ああ、そうだ」

 彼はうなずいた。

 たとえ話でも何でもなかった。武器を持たない人間を戦いの場に連れて行くことはできない。それだけのことだ。

「でもぼくは、武器を取って戦う必要はないと思います」

 リダールは――驚くべきことに――引かなかった。

「彼らはぼくを送ってくれた」

「いい人たちだ、とでも? お前、俺の話を聞いてなかったのか。まあ、詳しく話した訳でもないが」

「聞いていましたよ、ちゃんと。ですから」

 リダールは片手を胸に当てた。

「彼らにとってぼくは、送り届けるだけの理由がある存在なんでしょう? つまり彼らは、キルヴンのひとり息子か、次期キルヴン伯爵か、どちらにせよ取り入っておこうとしている」

 その発言に、タイオスは驚いた。

「お前、言うようになったな」

「どうも」

 少年はにこっとした。

「とにかく、ぼくが危ない目に遭うとは思えません」

「ううむ」

 タイオスはうなった。一理ある。連中がリダールに怪我を負わせたり、ましてや殺したりなどは、しないように思う。

 しかし気にかかることもある。

(――過去への無意味な悔恨を捨てたリダール、か)

(悪かない。悪かないんだが)

(奴らの干渉があると思えば、素直に「成長したな」と言ってやれんなあ)

 どうにかしてリダールがこれまでのことを思い出せば、彼はフェルナーに身体を譲ってしまうのではないか。ふとタイオスの内にそうした疑念が浮かんだ。

(そんなのは困る)

(ん?)

(困るのは俺だけじゃない、ということか?)

 フェルナーによるリダールの完全な乗っ取りが成功しては困るのは――奴らも同様なのではないか。だからこそ、リダールの記憶をいじって、フェルナーへの懐慕を忘れさせたのでは。

(リダールとフェルナー、奴らには両方が必要なのかもしれん)

 タイオスはううんとうなって頭をかき、それからよしと言った。

「いいだろう。お前もこい、リダール。ただし、俺が何か言えば疑問を挟まずに従え」

「了解です」

 少年は敬礼の真似事をした。それからくすくすと笑う。

「……何が可笑しい?」

「ごめんなさい、でも」

 笑いをこらえきれない様子で、リダールは続けた。

「将軍閣下、なんて感じの呼称をつけ加えたくなっちゃって」

「騎士と同じくらい、ご免だ」

 タイオスは顔をしかめ、ルー=フィンの非難の視線をやり過ごした。


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