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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第4話 混沌 第4章
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12 他人事ながら

 幸いにしてリダール少年は、その場でおとなしく待っていた。

 拉致されることもなければ逃げ出すこともなかった、という意味である。

 リーラリーは〈青薔薇の蕾〉に帰し、店の人間には、どさくさに紛れた変質者に襲われそうになったと話しておいた。あの店では春女に警護をつけることもあるという話だったから、そうしてもらおうと考えたのだ。リーラリーが再度狙われるという可能性は低そうだったが、念のためだ。

 アトラフの言によると、ヨアティアの行動は独断であり、彼らはそれを認めていない。手を引けなどと言ったのはエククシアらの考えを伝えたのではなく、適当なことを言って隙を狙い、彼らを殺すつもりででもいたのではないか。

 それをアトラフがとめた。となると、とりあえずは、状況が落ち着いたと見てよさそうだ。

 タイオスはそう考え、それから改めて、食事に行くことにした。

 待っている間、どの店がいいか真剣に考えていたと言うリダールは――この辺りの呑気さは変わっていない――先日のような女子供向けの店よりも戦士が好みそうな店にきちんと彼らを案内した。

「こうなると、おそらくだが、火ぃつけたのはヨアティアだな」

 小ぎれいだが上品すぎもしない食事処で、煮豚の蒸飯をかき込みながら、タイオスは考えを話した。

「阿呆らしい話だが、俺をおびき出したかったんだろう」

 ヨアティアはタイオスを恨んでいる。父親の革命が〈白鷲〉タイオスのせいで阻まれたという思いがあるのだろう。何もタイオスの活躍だけによるのではない。タイオスは最終的にヨアフォードの命を奪ったが、タイオスがいなくともあのままヨアフォードは敗北しただろう。

 但し――ルー=フィンがどう出たかは、判らない。

 もしヨアフォードが改めてハルディールの殺害を命じていれば、剣士はそれに従ったかもしれない。そうであればアンエスカでは彼を防ぎきれなかっただろう。〈峠〉の神は正統なる王位継承者を守ろうとしたかもしれないが、判らない。

 ヨアフォードが処刑されれば、どうだったろうか。やはり彼は自害を目論んだかもしれない。もしイズランが救ったとしても、ヨアティアが同様の行動に出ていれば。ミキーナの死に再び世をはかなんだか、すぐさまヨアティアを追ったか。はたまた彼女が死ななかったとしても、おそらく故郷を捨てるという形で、シリンドルを出たのではないか。

 タイオスは、自分がやったのは結局、ルー=フィン・シリンドラスをこの世と、そしてシリンドル国とにとどめたことではないかと思う。神殿長の反乱に、〈白鷲〉が果たした役割はそれだと。

 少年王子を支えたいとは思ったし、彼自身が思っている以上にハルディールはタイオスがいてくれたことを感謝しているが、彼がいなければどうにもならなかった局面はほとんどない。少なくともタイオスはそう思っている。

 確かに、ヨアティアには傷を負わせた。だが彼だって負わされた。彼の方が重傷であったはずだ。迅速で適切な治療のためか、はたまた神のご加護か、幸いなことに肩の傷は引きずっていない。冬場になれば少し痛むことくらいあるかもしれないが、剣を振るうのに支障はないだろう。

 対してヨアティアの顔は、酷いことになっているらしい。ルー=フィンが見たと言う。タイオスのせいと言えばタイオスのせいだが、自業自得という言葉の方が相応しい。

 いや――違うことも、考えられる。

(おかしいんだよな)

(俺だって思うのに、どうして、奴は思わない?)

(そんなに馬鹿なのか。いや、確かに、救いようのない馬鹿ではあるが)

(……自分の損得には敏感な奴だと思うんだがなあ)

「それにしても、よくあんなところに上れましたね」

 感心した声でリダールが言った。

「下からじゃ何が起きているのかほとんど見えなくて。残念だったなあ、ぼく」

 呑気な発言にタイオスは苦笑した。

「あれは、ルー=フィンがな」

 勇猛と言うのか無謀と言うのか、とにかく、力業に出た結果だ。

 彼がああして行動に出たのは、何もリーラリーを救うという義憤のためだけではない。ヨアティアは、若者の怒りに火をつけたのだ。

 ――無関係の女を躊躇なく殺害する。それは、彼の恋人があの男によって遭わされた悲劇であった。

 ルー=フィンはそれを防がねばならなかった。恋人の亡き魂に賭けて。

「それにしても、ヨアティアの野郎は、どこでも役立たずなんだな」

 タイオスはそんな感想を洩らした。

 ヨアティアは、独断で動いたことをアトラフに叱責されたのである。

「あいつが次期神殿長だったかと思うと、他人事ながら怖ろしい」

 もしもヨアフォードがおとなしく神殿長を勤め上げ、息子にあとを譲っていたら。果たしてシリンドルにはどんな未来が待っていたのか。

(……まさかその不安もあって反乱を起こしたんじゃないだろうな、あの親父)

 そんなふうに考えると、タイオスは少しだけ、ヨアフォードに同情した。ほんの少しだけだが。

 もっとも、ヨアフォードの計画ではルー=フィンが王位に就くはずだった。ルー=フィンがハルディールより上手にヨアティアを抑えられたということもないだろう。

「何が他人事か」

 ルー=フィンはその一語に顔をしかめた。

「シリンドルは、お前の国でもある」

「あー……何つうか」

「何だ」

「有難いような。……有難迷惑のような」

「何」

「いやいや、有難い有難い」

 慌ててタイオスは言い繕ったが、本音の一端でもある。

 彼はシリンドルを好いており、ハルディール王を好いている。〈白鷲〉の称号も「何が何でも拒絶する」と言うほどは嫌でもない。

 だがルー=フィンの言ったように、彼の国と思うかと言えば、そうではなかった。シリンドルは友人らの国で、彼は訪問者だ。

 何故かと訊かれても答えられない。ただ、そう思う。

「それで、あの怪人が放火犯なら、町憲兵隊……いいえ、魔術師協会に告げるべきでしょうか」

 真剣な顔でリダールが提案した。

「どうかねえ」

 「怪人」との表現に苦笑しながら、タイオスは両腕を組んで考えた。

「まあ、不要だろうとは思う。何しろ魔術師さん方は、何でもお見通しだからな」

 いくらかは皮肉だが、本心も混じる発言だった。

「だが罰されるかは微妙だな。『魔力を持つ者は協会に所属せねばならない』『協会に所属する者は魔術師である』との流れに沿えば、あいつは魔術師とは違う訳だ。イズランやサングも困ってたからな」

 彼らはヨアティアの処遇に困っていたのではなく、その術の顕れ方に困惑していたのであるが、似非魔術師――協会に所属する魔術師ではない、ということは、協会の規則に縛られないということでもある。

「協会は彼を捕らえない?」

「死人が出れば、捕らえたかもな。アトラフがとめにきたのは、それでじゃないかと俺は踏んでる」

「つまり、彼らは協会を警戒している?」

「敵に回せば、この世でいちばん厄介な組織だろう」


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