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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第4話 混沌 第4章
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11 また出たか

 タイオスが逡巡していた一(リア)に、ルー=フィンが動いた。

 若者は手近な窓に駆け寄ったかと思うと、躊躇なく肘でそれを破った。硝子の割れる音が鳴り渡る。

 かと思うと彼は窓枠を手がかりにして割れた部分に足をかけて伸び上がり、軒先にぶら下がった。そのまま腕の力だけで身体を持ち上げ、屋根に上ろうとする。ここまで、わずか三(トーア)

「な」

 驚愕したのはタイオスとヨアティアの両方だった。

「な、くるな! 女が、どうなっても」

 ヨアティアが動じて同じ脅迫を口にする間には、ルー=フィンは屋根によじ登っていた。

(無茶苦茶しやがる)

(だが、俺も真似するしかないな)

 ルー=フィンのように華麗に素早くとはいかなかったが、中年戦士もどうにか、倍以上の時間をかけて、同じ場所にたどり着いた。その間に若者は細剣を抜いて仮面の男に対峙し、ヨアティアは芸のない同じ脅しを繰り返していた。

「た、助けて」

 若い剣士の頼もしい姿に助かる期待を覚えたか、ようやくリーラリーの声が出た。

「お願い、助けて!」

「助かりたければ、剣を捨てるよう、奴らに言うんだな」

「――ヨアティア」

 タイオスは呟いた。

「お前」

 彼は嘆息した。

「馬鹿だな」

「何だと」

 仮面の男は声に怒りをにじませた。

「またつまらぬ、挑発か」

「挑発も何も、そうだろうが。お前には、あの、訳の判らん似非魔術があるだろうに」

 危険な賭けだ、とタイオスは思った。だが、ここは賭けどきだ、とも。

「確かにさっきまでは、その小刀の脅しも効果があった。俺たちの剣は届かなかったからな。だがいまはどうだ?」

 彼は肩をすくめ、剣の柄に手をかけた。

「いまはそんなもん捨てて、あの派手な魔法をまき散らした方が、俺たちを一度に殺れるだろうと思うんだがね」

「タイオス」

 ルー=フィンは渋面を作った。

「何を馬鹿なことを。せっかく、奴が気づいていないというのに」

「おっと」

 タイオスは首をすくめた。

(乗ってくれたか)

(正直、巧い演技とは言えんが)

 とにかく、リーラリーを解放させること。自分たちの身が危険にさらされるのは、覚悟の上。若い剣士は戦士の言うことを理解して、その賭けに乗ったのだ。

 実際には現状の方が、まずい。リーラリーを殺されて魔術を振るわれる、それが最悪の脚本だ。しかしヨアティアは単純にも、彼らの言葉に躊躇した。

「む……」

(いいぞ)

 タイオスは剣を握った。

(彼女を放せ。術を行使する前に、斬りつけてやる)

(……のは、ルー=フィンの方が早いだろうから任せるが)

「――愚かな真似はそこまでにしてもらう」

「げ」

 屋根の上の人数が、増えた。

「また出たか」

 エククシアか――とも思ったが、幸か不幸か、それは〈青竜の騎士〉ではなかった。

「まだ、いたのか」

 タイオスは言い直した。

「勝手な真似はこれまでだ。仮面殿」

「アトラフか。貴様、俺を誰だと」

「誰であろうと、ライサイ様とエククシア様のお考えに反することはならない」

 自信に満ちた声音で、アトラフは言った。

(ミヴェルをさらった男)

(あの女の、夫だと?)

 タイオスが盗賊のことを考えてどうしたものかと思っていると、視線を感じ取ったかのように、アトラフはタイオスを向いた。

「〈白鷲〉殿。先ほどは失礼した。改めて、お初にお目にかかる」

「こりゃどうも、ご丁寧に」

 皮肉を込めてタイオスは返した。

「おい、アトラフだったな」

 そこで彼は、凄むように男の名を呼んだ。

「俺ぁお前に貸しがあるんだが」

「何だと?」

「ミヴェルだよ、ミヴェル。俺がうかうか喋っちまったから、お前は彼女を連れ戻せたんだろ?」

「まさか、感謝しろ、と?」

 アトラフは肩をすくめた。やはりか、とタイオスは思った。

「してくれてもばちは当たらんだろう」

「それではのちほど、改めてご挨拶にうかがおう」

 涼しい顔で、アトラフは言った。タイオスははっと笑った。

「いまでもいいんだがな。そいつを連れて帰って、お仕置きでもしてくれるとか」

「エククシア様次第だ」

「何を……ふざけるな」

 言ったのはヨアティアだった。

「俺は、お前たちの手下ではない。俺はタイオスを殺るために……」

「そのことはエククシア様から禁じられたはずだ、仮面殿。それを無視してこのように愚かな」

 アトラフの手がヨアティアの腕を掴んだ。

「放せ」

「そうはいかない。春を売る女など汚れた存在だが、人質を取るという手段もいただけないな」

 もう片方の手で、アトラフは何か仕草をした。リーラリーを抱えていたヨアティアの腕が落ちる。刃物がからんと、下に落ちた。

「戻るとしよう、仮面殿」

「この……」

 ヨアティアがどんな罵倒をアトラフに浴びせたのか、タイオスたちは聞けなかった。偽魔術師たちは、例によって忽然と姿を消したからだ。

「くそっ」

 と言ったのは、しかしタイオスではなく、ルー=フィンであった。

三度(みたび)も奴を前に、またしても逃すとは」

「逃げ足だけは上等だからなあ」

 タイオスはそう言ってルー=フィンを慰めた。もっともいまは、ヨアティアが逃げたと言うより、明らかに連れ去られたのであるが。

「無事か、リーラリー」

 戦士は春女に近寄ると、へたり込んだ彼女に手を差し伸べた。

「すまなかったな、妙なことに巻き込んで」

「あ……タイオス」

 女は彼の手を取って、泣きそうな顔をした。

「あたし……びっくりして」

「すまなかった」

 彼は繰り返した。

「お前さんの言った通りだ。あいつは俺を恨んでるんだよ。それでお前さんを俺の女と思い込んで……」

 説明をしながら、説明しても意味がないなと彼は感じていた。

「とにかくすまなかった」

 謝罪を繰り返すしかなかった。

「あの……ありがと」

 リーラリーはおっかなびっくり立ち上がりながら、ルー=フィンを見ていた。

「さっきの。あたし、感動しちゃった」

 あっと言う間に屋根へ上って見せた若者は、ずいぶん格好良く見えたことだろう。

「私は何もしていない」

 若者は肩をすくめ、春女はどこかぼんやりと彼を見ていた。

(やれやれ)

 タイオスは内心で苦笑いをした。

(リーラリーまで取られちまったかね?)

 半ば冗談だが、このクソ天才め、という思いも少し浮かんだ。

「とにかくまず、どうにかしてここから降りよう。リダールのことも心配だ」

 それから、とタイオスは唇を歪めた。

「この家の人間に、窓を割ったことを詫びなけりゃならんな」


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