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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第1話 護衛 第2章
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08 昨日、済んだろ

「嫌な夢を見た」

「えっ、す、すみません」

「何でお前が謝るんだ」

 苦笑して彼は尋ねた。

「えっと、それなら、もう少し早く起こしにくればよかったかな、と」

 少年はそう返答した。

「嫌な夢なんて、嫌でしょう」

 真面目な顔でリダールは言い、ますます、タイオスは苦笑いを浮かべる。

「まあな。だが所詮、夢だ。嫌な感じは残るが、ガキみたいに泣き喚く訳でも、母さん(ラン)の慰めがほしくなる訳でもない」

 それにしても妙な夢を見たものだ、と彼は思った。

 途中までは、判る。ハルディール少年と比較しているところがあるから、ハルディールがリダールになったりするのだろう。リダールが倒れるのも、彼を守るという仕事への緊張感が見せたものに違いない。眠りの神パイ・ザレンは人の心を覗き見て、不安や期待を夢に表すものだ。

 しかし、エククシア。あれではまるで化け物だ。自分は〈青竜の騎士〉を何だと思っているのか。

(こう……劣等感みたいなもんでも覚えてるのか)

 外見に、若さに、〈白鷲〉よりも強そうな称号に。

 だから化け物のように考えて、貶めようとするのだろうか。そうだとすれば、いささか情けない話だ。またしても彼は苦笑した。

「何でわざわざ起こしにきた?」

 少年を見やって、タイオスは尋ねた。

「俺はそんなに、寝こけて(・・・・)たかね?」

「いえ、そんなことないです」

 すみません、とリダールはまた謝った。

「朝食をご一緒したくて」

「あ、そう」

 タイオスは伸びをすると、大きく欠伸をした。

 どうやらすっかり懐かれたようである。ハルディールよりも顕著だ。

「……すごいですね」

「何が」

「それらの、傷痕です」

「ああ」

 何も羽織らずに眠っていた彼が飛び起きれば、上半身があらわになる。歴戦の戦士に相応しく、彼の身体には多くの傷痕があった。なかでも、背中と脇腹のそれは派手だ。いちばん新しい、左肩のものもまだ目立つ。

「い、痛いですか」

「まさか。いまは痛くもかゆくもない」

 斬られたり刺されたりしたときはもちろん、痛かった。だがそれは答えなくてもいいだろう。

「しかし、俺を起こすのなら、使用人にでもやらせればよかったのに」

「すみません」

「いや、謝らんでもいいが」

 調子の狂う坊ちゃんだ、とタイオスは思った。もっと堂々としていたって誰も文句を言わない立場だろうに。

「朝食が済んだら、支度を手伝ってくれませんか」

「何の支度だ」

 寝台から下りながらタイオスは尋ねた。その途端、リダールはぱっと視線を逸らす。

「ん?」

「タイオスはいつもそうやって寝るんですか」

「そうって」

 何の話だ、と尋ねかけたタイオスは、身につけているのが下着一枚であることを思い出した。

「いつもって訳じゃない。コミンの定宿は隙間風が酷いから冬場はこんなじゃ風邪を引くが、この館なら快適だからな。それに警戒の必要があれば胸当ても外さないで眠るが、ここには専門の護衛兵がいるんだし」

 そこで戦士は顔をしかめた。

「お前さん、小娘じゃあるまいし。親父の半裸に驚くなよ」

「いえ、上だけかと思ったので」

 リダールは答えにならない答えをよこした。

「それで、何の支度だ」

 衣服を身につけながら、もう一度タイオスは尋ねた。

「ああ、そうでした」

 視線を逸らしたままで――礼儀正しいことだ――少年はぽんと手を叩いた。

「エククシア殿をおもてなししようと」

「は?」

 タイオスは着替えの手をとめて、ぽかんと口を開けた。

「だって、昼前にやってくるんでしょう」

「くるもんか」

「え? でも、約束を」

「そりゃ、俺との顔合わせって意味だ。それなら昨日、済んだろ」

 着替えを再開しながら、戦士は――彼としては――当然のことを告げた。リダールは目をぱちぱちとさせている。

「でも」

「だいたい、もてなすような相手じゃなかろ」

「でも、お話が、できるかと」

 がっくりと少年は肩を落とした。

「ぼくの護衛をしてくださるということになって、すごく嬉しかったんですけれど。囮という性質上、隣を歩いてくださる訳じゃなくて、話もできなけれがお姿も見られないことを残念に思ってたんです」

 何だか少しずつ判ってきた、とタイオスは思った。

(この坊っちゃん、自分がひよわだという自覚はある訳だ)

(で、俺やあの野郎みたいな、自分にはなれそうにない存在を「格好いい」と思うんだろう)

 憧れ、という辺りだ。そうと判ると、痛々しいような気持ちが湧いた。

(自分も強くなりたいと思うんであれば、協力してやれることもあるが)

(諦めてるんだな)

(まあ、実際には難しいと思うが、最初から諦めんでも)

 無駄な努力をして無駄な時間を送らない、と言えば効率的でもあるだろうが、身につかなくても学べることはあるはずだ。戦士は年嵩の人間らしくそんなことを考えたが、やはり彼がどうこう言うことでもない。

「こないんですか……」

「そんなことで落ち込むな」

 タイオスはひらひらと手を振った。

「『騎士』の話が聞きたいなら、マールギアヌで一番の騎士たちの話をしてやる。昨日、中断したきりだったな」

「シリンドルのことですね!」

 判りやすくもリダールの表情はぱっと明るくなった。

「わあ、ぜひお願いします、タイオス」

「いいとも。ただし、二度とエククシアを格好いいだの、奴とお話をしたいだのと言うなよ」

 これだけあからさまに憧れを見せる少年を無視するような男だ。外見ばかり洗練されていたって、ろくでもないに決まっている。彼はそう決めつけた。

 戦士の要請に少年はやはり目をぱちくりとさせたが、一(リア)ののちににこっと笑って、判りましたと答えた。

「格好いいと言うのはタイオスだけにします!」

「……いや。そういうことじゃなくてな」

 またしてもタイオスは、脱力させられた。


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