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墨色の満月―シリンディンの白鷲―  作者: 一枝 唯
第4話 混沌 第3章
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10 本気で言ってるのか

 闇雲に街を走り回るつもりは、なかった。そんなことには、意味がない。

 リダールの行く先に、当てはなかった。

 だが、少し考えれば、判る。

 フェルナーの行く先であれば。

(閣下がフェルナーに騙されたとも、考えづらいんだが)

(本当にリダールがリダールとして帰ってきたなんて、そんな都合のいい話もないはずだ)

 何らかの魔術が働いているのではないかと考えたことを思い出した。曖昧な考えであり、既に「何らかの魔術」が少年――たち――に働いていることは間違いないのだが。

(判らないことはみんな魔術のせい、ってのは、頭の悪い言い方だけどなあ)

(仕方ない。俺はあんまり、賢くないんだ)

 ロスム邸までの道のりは長くなかった。貴族たちの別邸は、近い街区に集中しているからである。

 キルヴンやハシンには、何も言わないでおいた。「リダール」がロスム邸を訪れる理由などない。ただ、少し探してみる、暗くなる前には戻るとだけ言って、キルヴン邸を出てきていた。

(さて、しかし、どうしたもんか)

(「ロスムに会わせろ」も「フェルナーに会わせろ」も)

(それぞれ違う意味で一蹴されるに決まってる)

 キルヴンからの使いだとでも騙るか。それとも、不審な男女のふたり組を探していて、ここに入るのを見たとでも。

 考えながら歩いたタイオスだが、彼はロスム邸に入り込む方法を決める必要がなくなった。

「タイオス!」

 その館のすぐ近くで、探していた顔を見つけたからである。

「お前」

 彼は迷った。

 どちらの名で、呼べばいいのか?

「よかった。元気そうですね。また会えて嬉しいです」

 満面の笑みで言う様子は、久しぶりの、顔つきをしていた。

「――リダール」

 彼はほうっと息を吐く。

「リダールか」

「もちろんです」

 少年は笑った。

「いやだなあ、ぼくのことを忘れてしまったんですか。……あ」

 彼は笑いを納め、口に手を当てた。

「ぼく、失礼なことをしましたものね。タイオスが怒っても、当たり前なのに」

「あー……いや、その、何だ」

 何の話だ、と戦士は瞬時、本気で判らなかった。もちろん少年が彼を騙すように逃げ出したことを忘れてしまった訳ではないが、現状それはもはや些細なことすぎて。

「お前……」

 何を言おう。訊くことがたくさんありすぎて、タイオスは言葉に詰まった。

「ひとりか」

「はい?」

「連れがいると、聞いたが」

「ああ、もしかして父上に会ったのですね」

 リダールはぽんと手を叩いた。

「はい、ぼくを助けてくれた方々です」

「助けた」

「はい」

「本気で言ってるのか? つまり……」

 こほん、とタイオスは咳払いをして、声をひそめた。

「連中が、その、お前を連れ戻して、ここまで送ってきたって意味じゃないだろう?」

「そのままですけど」

 リダールは目をぱちくりとさせた。

「彼らがぼくをここまで連れ戻してくれたんです」

「そうか」

 とタイオスはうなずいたが、納得した訳ではなかった。

(リダールを騙すのなんざ、簡単だからなあ)

 とんでもない出鱈目を真面目な顔で、いや、ふざけた調子でも「信じてくれ」と付け加えたら笑顔で「もちろんです」などと答えそうである。

(ん)

(とんでもない話と言やあ)

「なあ、リダール」

「はい、何でしょう」

「お前……フェルナーのことは?」

 尋ね難いが尋ねない訳にもいかない。タイオスはゆっくりと言い、リダールの様子をうかがった。少年はやはり、目をぱちくりとさせた。

「どうしてタイオスがその名を?」

「あのな。お前が逃げた理由を俺が判らんままだったと思うのか」

「え?」

 リダールは、下手くそな人形師が操るからくり人形のように、ぱちぱちとまばたきを繰り返した。

「判るんですか?」

「聞いた話から判断した。そんときは推測だったが、結果的に間違っちゃいなかったようで」

 タイオスはそこで、リダール少年の胸ぐらを掴むと、軽々引っ張り上げた。

「あっ」

「この、悪ガキがっ」

 ぱちん、と彼はリダールの頬を軽く――本気でやる訳にもいかない――平手で叩いた。少年はびっくりした顔で、やはり目をしばたたいた。

「ああ、ようやく叶った。お前に再会したら、絶対に一発殴ってやると決めてたんだ」

「すみません」

 頬を押さえて、リダールはうつむいた。

「タイオスに、迷惑を……」

「迷惑。確かに、迷惑もかかったさ。だがここで、より正しいのは『心配』だ、馬鹿ガキが」

「え?」

「お前は親父さんやハシンだけじゃない、館じゅうの人間も、故郷のおっかさんも、俺も、みんな哀しませることをしようとしたんだぞ」

「す、すみません」

「謝って済むことじゃ……いや、帰ってきたんだからかまわんが、いやいや、何で」

 タイオスは白髪混じりの頭をかいた。

「何で、帰ってこれた?」

「あの、ですから、親切なおふたりが」

 話は最初に戻った。

「ミヴェルとアトラフだったな。どこにいるんだ」

「判りません」

「何ぃ?」

「その、案内をしていたんですが、恥ずかしながらはぐれてしまいまして。仕方なく、ぼくはひとりで、館に帰ろうとしています」

「はぐれるって、こんな、閑散とした街区でか?」

 賑わう市場のなかだとか、祭りの騒ぎの最中などではなく、それも若い親と幼子などではなく、警備の行き届く静かな上流街区で、二十歳半ばの男女と十八の若者がはぐれる?

(リダールらしいと言えば、らしいが)

(奴らの側では、どうなんだ?)

(向こうの考えでリダールを放流(・・)したのか)

(だが、それなら何のために)

 タイオスと会わせるためだろうか。しかしそれはむしろ彼らの目的に適わないような気がする。何しろわざわざ拉致したのだ。

 ライサイは、三日の間必死にあがけと言った。いまやその内の二日が、過ぎようとしている。

 だが、こうしてリダールが戻ったのであれば、三日後も一日後も何もない――。

(さっぱり判らん)

「まあ、あれだ。戻るか」

「はい。……一緒にきてくれるんですか?」

「俺ぁ、閣下から解雇も契約満了も言い渡されてない訳よ」

 つまり、と戦士は言った。

「俺は相変わらず、お前の護衛なんだ」


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